調合の秘薬
俺はスキル ファタリテートを発動させた。
それは、彼女の目覚める時期を把握するためだった。
同じ戦闘で同様の「薬」を服用したにも関わらず、マリーシェ達と同然の結果とならなかった。その理由は、言うまでも無く自明の理だろうな。
そしてそれに伴う代償もまた、一目瞭然だった。
なんて事は無い、サリシュは……サリシュだけが限界以上の力を振り絞って戦ったからだ。
無論あの時は俺も、マリーシェやカミーラだって死力を尽くして戦った。その結果が今に繋がっているんだからな。
でもその質は、俺たちとサリシュでは随分と違っていた。
俺たちは、肉体的に今の能力を超えた力を引き出した。でもそれは、限界を大きく超える様なものでもなかったんだろう。
限界ギリギリか……それとも、限界を僅かに超える程度か。俺の見立てでは、だいたいそれくらいだったと思う。
どれだけ頭では「限界を超える」と考えていても、体が……本能が無意識にブレーキを掛ける。これが一般的だろう。これを何とかするには、多大な経験と訓練を熟さないとならないだろうなぁ。
俺は前世の経験でそれが出来るから、肉体的に限界を大きく超えた動きが最後に可能だった。だからこそ赤鬼からマリーシェを守れたし、満身創痍の状態でも奴の攻撃を受け止める事が出来たんだ。
でもその代償が、瀕死の重傷を負いマリーシェたちよりも長く眠り込むと言う結果だった。
それでも俺がツイていたのは、俺の受けたダメージが肉体的な方に偏っていたからだろうな。身体の負傷疲労なら時間が経てば回復するし、それこそポーションでどうにかなるしな。
でも、サリシュの方はその限りじゃあない。
驚く事にサリシュはあの時、恐らくは限界以上の力を無理やり引き出していたんだ。何の訓練もなくそれが出来るなんて凄まじい才能だと言うとともに、空恐ろしくも感じてしまう。
とにかく彼女は俺と同じく、自分の能力を遥かに超える力を使用したんだ。……精神的にな。
魔法使いであるサリシュが限界を超えて魔法を使えば、そのダメージは肉体よりも精神に反映されちまう。その結果が、未だ覚めぬ眠りに囚われているって事なんだ。
パーティとしては助けられたという反面、これはとても褒められた事じゃあない。もしも問題なく目を覚ましたなら、これは懇懇と説教する必要がある事案だろうなぁ。
俺は「スキル ファタリテート」を発動させ、サリシュの頭上に浮かんでいる文字の内、緑色に明滅している「確認」に意識を向けた。すると俺の眼前には光り輝く画布の様な物が出現し、映像が浮かび上がって来たんだ。
そこには。
体を起こし、僅かに微笑んでいるサリシュの姿が浮かび上がった。想像通り彼女は、いずれは目を覚まして起き上がるんだろうな。
着ている寝間着は……今と同じに見える。
でもそれは、然して注視すべき事じゃあない。病人として眠り続けていた彼女が同じような衣服を着ているのは、決しておかしな話じゃあないからな。
今問題なのは、サリシュがいつ目を覚ますのかという事なんだ。
更に俺は、その映像を凝視した。
サリシュの様子は……今とそう大差ない。少しやつれた様に見えるが、それも病み上がりだと考えれば当然だろう。
陽の光が優しく窓から射している処から、日中……恐らくは午前中だろうか?
でもそのどれもが、俺の探し求める「サリシュはいつ目覚めるか」と言う答えにはなっていなかったんだ。
そこで注目すべきは……ベッドの横にある小机の花瓶に挿してある花だ。
今もいくつかが花をつけているんだが、その中の数本は未だ蕾の状態のものもあった。この挿してある花が同じ物で、そして蕾の状態がどうなのかで時期が分かるって寸法だ。
「バーバラは、蕾の状態だった花は明日には咲くって言ってたな」
見ると、蕾だった幾つかの花は……。
綺麗に咲き誇っていたんだ!
そこから推察すると、サリシュが目覚めるのは大体明日明後日って事か。勿論、俺が彼女に回復するアイテムを与えてやる事が前提なんだろうが。
でも俺は、事実がどうあれサリシュにそのアイテム……実際は「調合薬」になるんだが、それを投与する事を決めている。その結果としての、この「運命」なんだろう。
必要な情報は手に入れた。後は、行動あるのみだな。
「なんだよ? 部屋に何か変なもんでもあったのか?」
そして俺は、「ファタリテート」を解除して自分の身体に戻って来た。動き出した時間は、俺がスキルを発動させた直後から進んでゆく。
部屋の中に意識を向けている俺に対して、セリルが怪訝な声を掛けて来た。サリシュを診ると言って他に気を向けているんだから、その反応も当然だと言えるわな。
「いや、何でも無い。それよりサリシュだけど、この状態なら明日か明後日には目を覚ますだろうな」
「……本当!?」
俺の診断結果に、バーバラは喜色を浮かべて反問して来た。
普段は物静か……と言うよりも近寄り難いぐらいの雰囲気を纏わせている彼女だけど、事がパーティメンバーの容態となるとその感情も昂るみたいだ。
「ああ。でもそれには、俺が作った薬を与えないといけないけどな。手伝ってくれるか?」
「もっちろんだぜ!」
俺の問い掛けにセリルは威勢よく答えて、バーバラも頷いて応じてくれた。
手伝って貰う……なんて言ったけど、実際の処は何かして貰おうって事は殆ど無かった。何せ、必要なアイテムはもうすでに揃っているからなぁ。
俺は一端部屋に戻って「魔法袋」から数個のアイテムを取り出し、それを持って調理場まで来ていた。薬品を煎じ、調合するのには、ここが最適だしな。
「……それは……何?」
俺がテーブルの上に広げたアイテムの中から、バーバラが一つの小瓶を指して問い掛けて来た。
それはこの「調合薬」の肝でもある「マナエキス」だ。
これは希少種でもある「光魔の秘草」と言う魔力を宿した野草を大量に集めて煮詰め、そこから純粋なエキスだけを抽出した極希少品だった。
「これは『マナエキス』って言う薬だな。俺の家にあったんでとりあえず持って来たんだけど、今回はそれが役に立ちそうだ。それとこの『高級薬草』を使ってポーションに混ぜ込みそれを少しずつ与える」
今彼女達にこの「マナエキス」の事を明かした処で、多分その存在さえ初耳だろう。だから俺は、シレッと包み隠さずに答えた訳だが。
それよりも、もっと身近なアイテムにバーバラとセリルの意識は引き寄せられていた。
「こ……『高級薬草』だって!? そんな物、良く持ってたなぁ!」
「……初めて見た」
「高級薬草」なら、ポーションと同じく周辺の道具屋や薬屋でも扱っているからな。何度か見た事があるなら、その値段も知ってて当然だ。
「まぁ、使える時に使っちまわないと、こんなのは宝の持ち腐れだからなぁ。それに、今回はまさに『使うべき時』だと思ったんだ」
これは俺の、嘘偽らざる気持ちってやつだ。
サリシュを一刻も早く回復させる。それを望んでいるのは、マリーシェ達だけじゃあなく俺も同じなんだ。
「これをこれから、合計4回サリシュに与えるから、作り方を確り覚えておいてくれよ。交代でやって貰うからな」
そう言って俺は、まず高級薬草を煮詰めだした。
「おいおい。せっかくの『高級薬草』に何してんだよ?」
その行動を見て、セリルが疑問を口にした。
この高級薬草それ自体を擂り潰したり直接患部に貼ったり口に含むんじゃあなく、こうやって煮てエキスだけを抽出する手法と言うのはこの大陸では珍しいだろう。いや、殆ど知られてないんじゃあないかな?
その問いに俺は答えずに、ただ煮立っていく鍋だけに注視した。
暫くすると水は沸騰し薬草からエキスが滲み出て、何とも顔を顰める様な臭いが立ち込めてきたんだ。
「うえぇっ! 何だよ、この臭いはっ!?」
「……臭い」
鼻を摘まんで、バーバラとセリルは各々感想を口にしていた。
そのまま口にすればそれほど気にならない薬草の香りも、熱を加えれば悪臭を発するんだよ。
「東国には『良薬口に苦し』って諺があるらしいぞ? 体に効く薬ってのは、臭いがきつかったり不味かったりするもんなんだよ」
「ふぁふぃふぁふょぉ」
まぁ必ずしもそうとは言えないんだろうが、それも間違いじゃあないからな。それに、これに耐えて貰わない事には薬なんて作り様がない。
それから1時間ほどかけて薬草から抽出されたエキスは、黒とも緑とも言えないなんとも毒々しい色を作り出していた。
熱が冷めない内に、この液体に「マナエキス」を数滴加えて、完全に冷めるまで待つ。そして冷めたこの液体をポーションに加えて、魔力回復薬「魔力の調剤」の出来上がりだ。
「……これで……サリシュの眼を……覚ます事が出来るの?」
出来上がった薬を見て、バーバラが不思議そうに呟いた。そんな彼女に向けて、俺は自信満々に頷いて答えたんだ。
サリシュの症状は、著しい消費による魔力の枯渇状態が原因だと考えられる。今彼女の体の中では、失われた魔力を回復する為に全ての機能が使われているんだろう。
何せ魔力がただ無くなるってだけじゃあなく、根こそぎ搔き集めて使ったと言う表現が適切だろうからな。それを回復させるには、普通に休息するだけじゃあ全然追いつかないんじゃないだろうか。
そのせいで、未だにサリシュは目覚める事が出来ないって訳だ。
確かに、このまま寝かせておいてもいずれは回復する。でも限界以上に搾り取った魔力を復活させるには、相応の時間を必要とするんだ。
「この薬を、ゆっくりと少しずつ飲み与えてくれ。臭いほど味はきつくない筈だから、多分拒絶反応は無いと思う」
付いて来たバーバラとセリルの前で、俺はスプーンで掬い取った液体をサリシュの口へと運んでやった。
ちょっとずつ与えないと、喉が詰まって息が出来なくなる。それにもしも拒絶反応が出たら、すぐに与える事を中止しないといけないからな。
でも幸いな事に、サリシュにはそんな症状は出なかったみたいだ。
「これを今日は、時間を空けて後3回与えるんだ。上手く行けば、明日か明後日の朝には目覚めると思う」
彼女の口に再びスプーンを運びながら、俺は2人に向けて説明した。
「……おお!」
暫くするとサリシュの身体から淡い紫色の光が点り、それを見たセリルが驚きの声を上げる。これは、その効果が彼女に影響を与えている事を指していた。
俺が満足げに頷くと、2人からは安堵した雰囲気が伝わって来たんだ。
サリシュの方は、これで問題ないだろう。
さて……残るは……。




