桃園の役目
家に着くと、魔理亜は早速食事の準備に取り掛かろうとした。
「あの、ご主人さま、この家にはエプロンはありませんか?」
折角の可愛い白い服を汚したくないのだろう。
「ああ、俺は使わないが、むかし紅が使っていた奴があったはずだ。探してくるから、ちょっと待っててくれ」
俺は物置からかわいらしい花柄のエプロンを取ってきた。
「子供用だから小さいな……。これでは、はねた油を完全に防ぐのは困難だ」
「た、確かに……」
魔理亜の顔が強張る。俺の邪な企みに薄々感付いているようだ。
「つまり、これはもう、裸エプロンしかないな」
「えぇ!? 言うんじゃないかとは思ってましたけど、そんなの、無理ですぅ」
「あのおぞましい悪魔と命懸けで戦うんだぞ。それくらいのサービスがあってもいいだろ!?」
逆ギレ気味に主張してみる。
「あぅ、そ、それは……」
契約、とは言っても、魔理亜は俺を巻き込んだことに罪悪感があるようだ。それこそ、自分のミスで他人を危険に晒しているという罪悪感があるのだろう。俺は最大限、そこに付け込んだ。
「俺は今夜、戦いの果てに死んでしまうかも知れないが、死んだとしても悔いが残らないように、裸エプロンで頼む。魔理亜、これは命令だ」
「は、はぃ……くすん」
説得成功。魔理亜は瞳に涙を溜めながらも、エプロンを持って着替えに行った。
戻ってきた魔理亜は、裸エプロンコンテストなるものがあれば、ワールドチャンピオン間違いなし、というくらい完璧だった。
子供用のエプロンは、魔理亜の大切なところだけを隠すのに、必要にして十分な大きさで、あたかもこのためだけにあつらえたかのようだ。
しかも、小さなエプロンが魔理亜の豊かなバストを寄せて上げて、見事な谷間を強調している。
エプロンの裾は先程までのミニスカートよりも更に短く、膝上30センチほど。大切なところが見えそうで見えないギリギリのラインを保っている。
特筆すべきは、エプロンからはみ出した横乳だ。張りと柔らさを兼ね備えた肌の質感といい、男心をくすぐる完璧な曲線といい、神々しいまでに美乳だった。
後ろ姿もまた素晴らしい。括れた腰から突き出たお尻へのラインは、思わずしゃぶりつきそうになるのを我慢するのに、理性を総動員しなければならないほど扇情的だ。
「あぅ、あんまり見ないで下さい……」
「馬鹿者。これを見ずして何を見ろと言うのだ! 俺はもう、今死んでも悔いがない気分だよ」
「そ、そんな、ご主人さまに死なれたら困ります!」
「安心してくれ、冗談だ。これだけ美味しそうなものを見せられて、味見も出来ないうちは死んでも死にきれないよ」
そう、俺はまだ死ぬわけにはいかない。
魔理亜のためにバアルを封じてやりたいのも勿論だが、それより何より、紅をバアルから解放するまでは俺は死ぬわけにはいかないのだ。
裸エプロンの美少女によるお料理ショーを堪能しているうちに、料理はあっという間にできあがってしまった。
「お待たせしました。鶏の唐揚げ油淋ソースに、中華風コーンスープ、チンゲン菜のあっさり炒めです」
出された料理は、中華料理店に来たのかと錯覚してしまうほど、完璧なものだった。
「はい、ご主人さま、あーんしてください」
裸エプロン姿のままの魔理亜が、料理を口に運んでくれる。
「美味しいですか?」
「ああ、すっごく旨い」
この世に天国というものがあるならば、これこそがそうなのではないか……。
そんな、俺にとっての夢のような時間に、死神のような冷たい声が突然割り込んできた。
「お楽しみのところ済まないが、紅がいなくなった」
血が凍り付いたかと思った。何の気配も感じさせずに、居間のふすまのところには透子さんが立っていた。
「一体どういうことてすか? 責任を持って監視してくれていたんじゃないんですか?」
とりあえず魔理亜に着替えを命じて、俺は透子さんに問い質した。
「ああ、その点については素直に詫びよう。縛りあげた上で倉の中に閉じ込め、鍵もしていたのに、まさかあの状態で抜け出せるとは思わなかったんだ」
逃がしたことより、紅に対するその仕打ちに腹が立ったが、言い争っている時間はない。 下手をすれば、魔理亜を殺せなかったことで、紅は命を奪われるかもしれないのだ。
魔理亜が修道服に着替えるのを待って、俺たちは墓地へと急いだ。半ば駆け足で山道を登る。かなり速いペースだったが、透子さんは勿論、魔理亜も何とか付いてきてくれている。墓地までの道には誰もいなかった。
「ほう、早かったな」
「お兄……」
墓地には二つの人影があった1つは紅。もうひとつは紅の背後にぴたりと寄り添っているためよく見えないが、若い女性の声だ。
背丈は紅と変わらないように見える。そしの、その姿は図書館で見た化け物のそれでは決してない。
「紅を離せ」
「ああ、構わぬぞ」
俺の要求に、女はあっさりと紅を突き飛ばした。女は、マントのようなものを羽織っており、遠いのとフードのせいで顔もよく見えない。訝りながらも、俺は紅に近づこうとした。
「紅、大丈夫か?」
「お兄、来ないで」
紅が剣を抜いて俺が近付くのを拒絶する。
「やめろよ、紅、剣をしまえ」
俺の言葉に、紅は首を横に振る。
「さあ、桃園 紅よ、契約に従い、罪詠 魔理亜を殺せ」
女が命じる。
「お兄、退いて。そうじゃないと、あたし……」
紅の剣に殺気がこもる。紅と本気で斬り合う、そんなこと今まで考えたこともなかった。紅の剣の腕は明らかに俺に劣るが、それはお互いが真剣に勝負をすればの話だ。本気で殺しにくる紅に対して、俺が傷付けないようにと下手に手加減しようものなら、勝負がどうなるか、俺にはわからなかった。
俺の模造刀は刃が落ちているとは言え、殺傷能力は十分だ。このまま斬り合えばどちらかが死ぬ……。そんな確信めいた予感があった。
しかしそれでも、紅に魔理亜を殺させるわけにはいかない。紅を人殺しにするわけにも、魔理亜を死なせるわけにもいかないのだ。
斬ってでも紅をとめなければならないのか……。迷いながら俺が剣の柄に手を掛けたその時、不意に肩を叩かれた。
「紅を逃がした責任は、取らせてもらうさ」
そう言って、気負った風もなく透子さんが俺の前に出た。
「お姉……」
「本気で掛かってきて構わんぞ、紅。そのために、私がいる」
透子さんがそう言った刹那、紅の姿が霞んだ。闇渡りだ。分かっていても見失ってしまうほど、疾い!
しかし、紅が剣を振るうよりも早く、透子さんの膝が紅の腹部に刺さっていた。鈍い呻きと共に、紅の体がくの字に折れる。
「蒼、教えておいてやろう。桃園の役目は鬼哭の巫女を鍛えることだけではない。鬼との戦いの前後で気が触れ、暴走してしまった巫女の処理も、また桃園の役目だ。だからこそ、桃園は鬼哭流を破るための業を身に付け、巫女を鍛える過程でその戦い方の癖まで把握することになっている。紅が私に勝てる道理はないのだよ」
確かに、今の動きも、紅の闇渡りの速さを計算に入れた上でのカウンターだったのだろう。
膝蹴りを貰って地面を転げた紅は素早く一回転して立ち上がると、その勢いを殺さぬまま、大振りに剣を振るった。
喰らえば死ぬ、その死の一撃を前にしても、透子さんの動きは冷静だった。体を捌いて斬撃をかわし、剣が振られた方向へ紅の手を取って、逆関節を決める。そして、いつの間に手にしたのやら、紅の両手に手錠をかけて、背面で繋いでしまった。その上で、透子さんは紅の頸動脈を指で押さえ、紅を気絶させた。
紅を無力化するまでに、ものの数秒。信じられないほどの早業だった。
「これでお終い。待たせたな」
何事もなかったかのように言うと、透子さんは紅を引っ張って、呆気にとられる俺と魔理亜の後ろに連れて行った。