第一幕〜帰郷〜
夏も本番に差し掛かってきた八月の初め。
一時間に一本しかバスが停車しない田舎の団地。
唯は運転手の他に誰もいない車内で一人見たことのある穏やかな風景に目をやった。
(久しぶりだな…)
程よく効いていたクーラーの風に、少しうとうとしていた唯は軽く目をこすりながら、バスの外を眺めていた。
唯は叔父と叔母の住む田舎町にやってきていた。
最後に来たのは小学校五年生の夏休み以来だろうか。ちょうどその後から唯は私立中学校の入試勉強を始め、もとい母親にさせられていたため去年は夏休みも冬休みも勉強漬けだった。
(まったくもう。母親ってどうしてあんなに世間の評判に流されるんだろう)
唯は自分の母親がとても自分と同じ女だとは思えなかった。
唯は世間の目なんて気にならない。そんなものを気にして生きるなんてとても窮屈で耐えられないからだ。学校だって、自分の行きたいところに行くのが一番幸せだと感じている。
(まだまだ遊び盛りの年頃なのに、何が悲しくて朝から夕方まであんなかたっ苦しい学校に閉じ込められなくちゃいけないのよ)
唯が通っている私立中学校は、入ったばかりの一年生にも容赦なく特別夏期講習とやらを実施してくれる、唯にとってはとてもありがたくなく、窮屈な学校だった。
唯はどちらかといえば勉強よりも外で体を動かしているほうが好きなほうだ。そんな母親が見兼ねて、唯に勉強をさせるべく私立中学校への入学を強制させた。気がつけば、そこへ受かるためのレベルの高い塾にも勝手に入れられていたし、当時好きでやっていた子供テニスの習い事も辞めさせられた。もちろん抵抗はしたが、そこは小学生程度の力ではどうにもならない大人の権力というやつで、真っ向から打ち砕かれてしまった。
大人ってどうして都合のいいときだけ、あんな風に子供に脅迫紛いの脅しをかけるのだろうか。だいたい、いくら子供とはいえ『それが貴方のためよ』とか言うが、どれが自分のためになるのかは自分で決める権利くらいあるはずだ。少なくともテニスは自分の中では最も自分らしさを作るいい材料になっていたと唯は思っている。テニスを無理矢理辞めさせられたときは皆の前で大泣きした。理不尽な母親に、少しでも逸し報いようとしたのだろうか。いや、単純な唯はそんなことは考えなかっただろう。
(自分で自分のことを単純っていうのも変な感じだなぁ…)
しかし、唯はよく自分のことを単純バカと笑っている。が、これは決して自分を卑下しているわけではない。唯にしてみれば、大人のようにいちいち理屈を並べて生きるよりも、単純で少々バカをやりながら生きたほうがより人間味のある生き方だと思っていた。




