第三幕〜皮肉な死〜
「か、影丸!?どこ!?」
「後ろだよ、唯」
「え?」
唯が振り向こうと顔を動かすと、その先に影丸の指が当たった。よく冗談でやる遊びの感じである。
「今のは幽霊であることを利用して少し誇張したことをしたけど…」
悪ふざけが誇張か、と思いながらも唯は影丸の話を聞いた。
「どんな時でも気配を消して主に仕えるのが忍びの役目なんだ」
「ふ〜ん、結構暗い仕事ね」
「明るい忍びがいたら不気味でしょ?」
「それもそうね。で、何で死んじゃったの?」
「毒を飲まされたんだ」
「え?」
「正確に言えば『飲んだ』んだけど」
「どっちなのよ…」
「オイラが当時仕えていた主は、隠密としてのオイラの仕事ぶりを高く評価していた。だけど、ある時如何わしい噂が流れた」
「如何わしい噂?」
「屋敷の中にはオイラのことをよく思っていなかった連中がいた。ある時、オイラは敵の忍びから宝物庫の財宝を守るため番をしていたんだ。その時に、敵と揉み合ってしまい、壷を奪い合っていたんだ。もちろん、オイラは取り返すために敵からその壷を奪っただけだったんだ。それを家中の者が、あたかもオイラが宝物庫の番をしていたのをいいことに壷を盗もうとしたと言ったんだろうね。敵の忍びを退けて、役目を終えたオイラに主が褒美に茶を進ぜようと言った。しかし……」
「その中に毒が…?」
「ああ、器にでも塗ってあったのだろうなぁ。茶自体に入れることは不可能だったはずだし」
「どうしてよ?」
「仮にも忍びのプロが見ているところで毒なんて盛れるわけないじゃん?」
「あ、そっか」
「最初から器に毒を塗っておけば気づかれずに済む。見抜こうと思えば見抜けたけど」
「珍しいじゃん。アンタが負け惜しみ?」
「そうじゃない。自慢じゃないけどオイラは当時、その世界ではそれなりに恐れられた忍びだったんだ。毒がどこに塗ってあるかくらいすぐにわかったさ。けど、いつも家中の者にいとも簡単に振り回されっぱなし、壷の件もあっさり家中の言いなりになった主に嫌気が差したために皮肉を込めて飲んだのさ。死んで幽体となってから、主の屋敷を見てきたが、結局は家中の者に寝首を取られて死んでしまったよ」
「………」
「怖かった?」
影丸はそう言って苦笑する。
「そうじゃない」
しかし、唯はきっぱりと言いきった。
「どうして……どうして主を見返すために死んだの?意味わからないよ。そんな意味のないことのために死ぬなんて!見返すならもっと他にも方法があったんじゃないの?」
「今時の童らしい……いや、唯らしい考えだ。でもね、当時を生きていればきっと唯だってそうは思わなかったはずだよ。今の時代には今の時代の流れがあるように、室町時代にもその中の流れがあった。特に忍びはその流れとはまた別の流れを取っていてさらにややこしい」
「何なのよそれ…」
「唯にはかなり難しい話だよ」
「何よそれ。だいたいずっと思っていたんだけどアンタって本当は何歳なのよ?」
「う〜ん、時代が時代だから正確には覚えていないんだ。三十歳くらいじゃないかな?」
「三十!?」
嘘でしょと言わんばかりに唯の目が大きく開く。
「驚きからもしれないけど忍びで三十年生きるのも珍しいんだよ。それだけオイラが主に好かれていたとも言えるけど」
「それって、自画自賛?」
「四字熟語か。外見からは想像できない博識具合だな。偶然か?」
「馬鹿にしないで。これでも有名私立の中学校に通っているんだから」
「おっと、それは悪かった」
影丸きっと本気で悪かったとは思っていないだろう。おどけた調子で謝った。