↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過保護公爵様の溺愛はお断りです!自分の事は自分で出来ます!  作者: 蒼井あくあ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/4

第1章 結婚を申し込みに来た冷徹公爵様

ご覧いただき、ありがとうございます。

楽しんでいただけましたら、嬉しいです。

アルセリア王国、王都。


その日、エヴァレット伯爵家の屋敷には、朝から妙な緊張が漂っていた。


理由は簡単だ。


王国最強と名高い公爵閣下が、突然の訪問を告げてきたのである。


しかも、ただの訪問ではない。


用件は――婚姻の申し込み。


「……え?」


朝食の席でその知らせを聞いたリリアーナ・エヴァレットは、手にしていたティーカップを危うく取り落としかけた。


「お父様。今、なんと?」


「ヴァレンシュタイン公爵が、お前との結婚を望んでおられるそうだ」


「……どなたと、どなたが?」


「お前と、ヴァレンシュタイン公爵だ」


「…………」


リリアーナは黙った。


ヴァレンシュタイン公爵。


アルベルト・フォン・ヴァレンシュタイン。


齢24にして王国有数の軍事力と領地を持ち、王族すら一目置く大貴族。


黒曜石のような髪に、氷のような青い瞳。


表情ひとつ変えずに敵を追い詰めることから、社交界ではこう呼ばれている。


――氷血公爵。


冷徹。冷酷。無慈悲。


感情などというものを、母親の胎内に置き忘れてきたのではないか。


そんな噂まである人物だった。


「……なぜ、私なのですか?」


「それは……先方からは、君を望んでいるとしか」


「お会いしたことも、ほとんどありませんけれど」


「幼い頃、何度か王宮の庭園で顔を合わせているはずだ」


「それは十年も前のお話です!」


リリアーナは思わず声を上げた。


確かに、幼い頃に何度か見かけた記憶はある。


けれど、それだけだ。


会話らしい会話をした覚えもなければ、特別親しかったわけでもない。


そもそも、あの公爵が自分を覚えていることすら意外だった。


「……まさか」


ふと、リリアーナの脳裏にひとつの可能性が浮かぶ。


「ヴァレンシュタイン公爵家とエヴァレット家の、家同士の結びつきを強めるため……?」


古代結界魔法を継承するエヴァレット家。


氷魔法と軍事力に優れたヴァレンシュタイン家。


両家が結びつけば、王国にとって大きな利益となるのは間違いない。


そして、リリアーナは20歳。


貴族社会では、婚姻の話が持ち上がっても不思議ではない年齢だった。


「……そういうことなのね」


彼女は小さく息を吐いた。


王国のため。


家のため。


お互いの利益のため。


きっと、そういう話なのだ。


氷血公爵と呼ばれるほど冷静な人物なら、なおさら。


「分かりました。お会いします」


リリアーナは背筋を伸ばした。


「ただし、私にも確認したいことがあります。結婚するにしても、私の人生ですもの。きちんとお話ししてから決めますわ」


父は少し驚いた顔をしたあと、苦笑した。


「……お前らしいな」


リリアーナは知らなかった。


その頃、ヴァレンシュタイン公爵家の馬車の中で、当の氷血公爵が人生最大の危機に直面していたことを。


     ◇


「…………」


アルベルト・フォン・ヴァレンシュタインは、窓の外を見つめていた。


背筋はまっすぐ。


表情はいつもどおり。


黒い手袋をはめた指先は膝の上に置かれ、乱れひとつない軍服には、銀糸の刺繍が美しく施されている。


誰が見ても、冷静沈着な公爵閣下だった。


しかし。


「閣下」


「何だ」


「先ほどから、同じ景色を三度ご覧になっています」


向かいに座る騎士団長、セドリック・アシュフォードが淡々と告げた。


「そうか」


「それと、先ほどから手袋を直していらっしゃいます」


「問題があるか」


「いえ。いつもなら、私が口を開く前に『黙れ』とおっしゃるので」


「……黙れ」


「はい」


セドリックは素直に口を閉じた。


五秒後。


「閣下」


「今度は何だ」


「緊張していらっしゃいますね?」


「していない」


「そうですか」


「…………」


「…………」


「……セドリック」


「はい」


「私は、彼女に不審に思われるだろうか」


「はい?」


セドリックは、今度こそ耳を疑った。


あのアルベルトが。


敵軍を前にしても眉ひとつ動かさず、王宮の重鎮たちを沈黙させるあの公爵が。


女性にどう思われるかを心配している。


「……閣下。念のため、もう一度お尋ねします」


「何だ」


「本当に、あのエヴァレット伯爵令嬢に結婚を申し込まれるのですね?」


「そのために向かっている」


「政略上の必要性からではなく?」


「違う」


アルベルトは即答した。


あまりにも早い返答だった。


「私は、リリアーナを妻にしたい」


その声は、いつもよりほんのわずかに柔らかかった。


「……十年前から、ずっと」


セドリックは天を仰いだ。


知っている。


知りすぎるほど知っている。


十年前。


家族を失い、誰とも話さず、王宮の庭園でひとり過ごしていた少年公爵。


そんな彼に、ひとりの少女が声をかけた。


『お兄様、どうしてそんなに悲しそうなお顔をしているの?』


少女は、彼を怖がらなかった。


泣きそうな顔をしている少年に、小さな花を差し出した。


『これ、あげる。お花はね、見ていると少し元気になるのよ!』


そして、にっこり笑った。


たったそれだけのことだった。


けれどアルベルトにとっては、暗闇の中に差し込んだ、忘れられない光だった。


その少女がリリアーナ・エヴァレットだった。


彼は、その日から彼女を忘れたことがない。


社交界で彼女の名を聞けば、さりげなく耳を傾けた。


彼女がどんな本を好むのか、どんな魔法を得意とするのか、何に喜び、何を嫌うのか。


知りたいと思った。


けれど、近づく勇気はなかった。


自分のような男がそばにいれば、彼女まで不幸にするのではないか。


そう思い、遠くから見守るだけで満足しようとしていた。


――しかし。


先日、リリアーナに望まぬ婚約話が持ち上がっていると知った。


相手は、彼女の魔法を利用しようとする男だった。


アルベルトは、すぐさま動いた。


そして、ある結論に至った。


自分が彼女を守る。


自分が彼女を幸せにする。


誰にも渡さない。


……いや、渡したくない。


だからこそ、今日ここへ来たのだ。


「閣下」


「何だ」


「どうか、いつものように威圧的な態度を取らないでください」


「取っていない」


「その顔です」


「……顔?」


「はい。今の閣下の顔では、結婚を申し込みに来たというより、伯爵家に最後通牒を突きつけに来たように見えます」


「…………」


アルベルトは黙った。


そして、ほんの少しだけ眉間の皺を緩めた。


「これでいいか」


「……いえ。むしろ何か企んでいるように見えます」


「どうしろと言うのだ」


「知りませんよ!」


セドリックは叫びたかった。


しかし、相手は上司であり、公爵閣下である。


彼は深々とため息をついた。


「とにかく、もう少し優しい表情を心がけてください」


「……分かった」


アルベルトは頷いた。


その胸の内では、今にも卒倒しそうになっていた。


――リリアーナ。


会いたい。


声が聞きたい。


できることなら、今すぐ抱きしめたい。


けれど、そんなことをすれば間違いなく嫌われる。


彼は何度も頭の中で言葉を繰り返した。


どうか、うまく伝わりますように。


どうか、私を選んでくれますように。


……そんな願いを抱いているとは、誰ひとり想像できないほどの冷たい顔で。


     ◇


エヴァレット伯爵邸。


応接室の扉が開いた瞬間、リリアーナは思わず息を呑んだ。


そこに立っていたのは、噂に違わぬ美貌の青年だった。


黒髪。


氷青色の瞳。


端正な顔立ち。


濃紺の軍服には銀の装飾が輝き、肩にかけた黒い外套が彼の威厳をいっそう引き立てている。


その姿は、まるで冬の夜を人の形にしたようだった。


アルベルトは室内へ足を踏み入れると、伯爵夫妻に礼をした。


「突然の訪問をお許しいただき、感謝する」


低く、落ち着いた声。


無駄のない所作。


そして、リリアーナへ向けられた視線は――驚くほど静かだった。


「……リリアーナ嬢」


「は、はい」


「お久しぶりです」


「はい。お久しぶりです」


………………


???


……会話が終わった。


リリアーナは心の中で頭を抱えた。


えっ。


それだけ?


十年ぶりに近い再会なのに?


いえ、そもそも公爵閣下が私の名前を覚えてくださっていたこと自体が奇跡なのだけれど!


アルベルトは彼女を見つめていた。


金色の髪。


澄んだ瞳。


幼い頃の面影を残しながら、すっかり美しく成長した姿。


胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。


――美しい。


――可愛い。


――どうしよう。今すぐ連れて帰りたい。


もちろん、そんな本音は欠片も顔に出さなかった。


出せなかった。


なぜなら彼は、氷血公爵なのだから。


……本人にそんなつもりはなくとも。


「本日は、ひとつお願いがあって参りました」


アルベルトは静かに口を開いた。


「リリアーナ嬢」


「はい」


「私と結婚していただきたい」


「…………え?」


リリアーナの思考が停止した。


父が咳払いをし、母が目を見開く。


セドリックは隅で、心の中だけで叫んでいた。


閣下! もう少し! もう少し何かありませんか!?


だが、アルベルトは真剣だった。


彼にとっては、人生のすべてを懸けた申し出だった。


「あなたを妻に迎えたいと考えています」


「……それは」


リリアーナは戸惑いながら、言葉を選んだ。


「家同士の結びつきのため、でしょうか?」


「違います」


即答だった。


しかし、次の言葉が出てこない。


――あなたが好きだから。


――十年前からずっと、あなただけを。


喉元まで出かかった言葉は、どうしても声にならなかった。


代わりに出たのは、あまりにも不器用な言葉だった。


「あなたを、私の妻にしたいのです」


アルベルトは彼女をまっすぐ見つめた。


「あなたを妻に迎えたいと考えています」


アルベルトは彼女をまっすぐ見つめた。


その瞳には、確かな決意が宿っていた。


けれど、リリアーナには分からなかった。


彼の胸の内に渦巻く、十年分の想いなど。


彼女に見えたのは、ただ冷静で、揺るぎなく、感情を感じさせない公爵の姿だけだった。


――ああ。


リリアーナは、ひとつの結論にたどり着いた。


この方は、結婚を政略の一環として受け入れていらっしゃるのだ。


私に対して特別な感情があるわけではない。


ただ、家にとっても、王国にとっても、都合のよい縁談なのだろう。


そう考えると、不思議と納得できた。


冷徹公爵。


氷血公爵。


そんな方が、十年前に少し顔を合わせただけの自分を、ずっと想っていたなどと。


そんな夢のような話があるはずもない。


「……公爵閣下」


「はい」


アルベルトの胸が跳ねた。


彼女が自分を呼んでくれた。


たったそれだけで、心臓がどうにかなりそうだった。


「ひとつ、伺ってもよろしいでしょうか」


「何なりと」


「私と結婚することで、公爵閣下にはどのような利益があるのでしょうか?」


「……利益?」


「はい。エヴァレット家の古代結界魔法が必要なのですか? それとも、両家の結びつきに政治的な意味が?」


「そのようなことは考えていません」


「では……」


リリアーナは少しだけ視線を伏せた。


「私自身に、何か期待していらっしゃるのでしょうか」


アルベルトは息を呑んだ。


もちろんだ。


期待している。


彼女と朝食を食べたい。


彼女と庭を歩きたい。


彼女の笑顔を毎日見たい。


帰宅したら「おかえりなさい」と言ってほしい。


できれば名前で呼んでほしい。


あわよくば、手をつないでほしい。


いや、いつかは抱きしめて――。


「……あなたが、あなたらしくいてくだされば」


どうにか絞り出した言葉は、それだった。


リリアーナは顔を上げた。


「私らしく……?」


「ええ」


アルベルトは頷いた。


「あなたの意思を尊重します。結婚後も、あなたが望むことをなさってください」


それは、彼なりの誠実な約束だった。


彼女の自由を奪いたくない。


好きなことをして、笑っていてほしい。


彼女が望むものを、できる限り叶えてあげたい。


けれど、リリアーナには別の意味に聞こえた。


――あなたが何をしても、私は気にしません。


――妻という立場さえ守ってくれれば、それで構いません。


……いや、そこまでは言っていない。


まったく言っていない。


だが、感情の読めない公爵の顔と、淡々とした口調が、見事に誤解を生み出していた。


「……そう、ですか」


リリアーナは小さく微笑んだ。


その笑顔は、どこか寂しげだった。


アルベルトの心臓が嫌な音を立てた。


――違う。


何か違う。


今、私は何かを間違えたのではないか?


「公爵閣下」


「はい」


「少し、お時間をいただけますか」


アルベルトは一瞬だけ息を止めた。


断られるのだろうか。


いや、当然だ。


いきなり結婚を申し込んだのだから。


彼女には考える時間が必要だ。


「もちろんです。急な話ですから」


「ありがとうございます」


リリアーナは丁寧に頭を下げた。


「私も、自分の将来について真剣に考えたいと思います」


「……ええ」


アルベルトは頷いた。


表情は変わらない。


しかし、内心では。


――嫌われてはいないだろうか。


――いや、嫌われているのかもしれない。


――どうすればいい。


――今すぐ「好きです」と言うべきか?


――いや、突然そんなことを言えば、余計に警戒されるのでは?


彼の脳内では、王国の存亡を懸けた戦略会議にも劣らぬ激論が繰り広げられていた。


その結果。


「……返事を、お待ちしています」


という、極めて無難な言葉に落ち着いた。


セドリックは天井を見上げた。


閣下。


あなたは戦場では百戦錬磨なのに、どうして恋愛になるとここまで不器用なのですか。


     ◇


公爵一行が帰ったあと。


リリアーナは自室の窓辺に立ち、馬車が遠ざかっていくのを見つめていた。


「……不思議な方」


冷たい印象だった。


けれど、決して乱暴ではなかった。


こちらの話を遮ることもなく、彼女の意思を尊重すると言ってくれた。


結婚後も、好きなことをしてよいと。


それは、貴族の妻としては、かなり恵まれた条件なのかもしれない。


けれど。


「……きっと、私でなくてもよかったのよね」


リリアーナは、そっと胸元に手を当てた。


彼の瞳を思い出す。


あの澄んだ氷青色の瞳。


自分を見つめているようで、どこか遠くを見ているような眼差し。


きっと、彼にとって結婚は義務なのだ。


ならば、自分も感情に期待しすぎてはいけない。


夫婦として必要な役割を果たし、互いに干渉しすぎず、それぞれの人生を大切にする。


そういう結婚も、悪くないのかもしれない。


「……よし」


リリアーナは小さく頷いた。


「お受けする方向で、考えてみましょう」


このとき彼女は、まだ知らなかった。


その決断を聞いたアルベルトが、人生で初めて天にも昇る気持ちになることを。


そして、結婚後には。


朝起きれば「おはようございます、リリアーナ」と声をかけ。


食事をすれば「ちゃんと食べていますか」と心配し。


外出すると聞けば「護衛を八人つけます」と言い出し。


彼女が少し咳をすれば、王宮医師を三人呼ぼうとすることを。


さらには、夜になれば。


『……リリアーナ。もう少し、こちらへ来てくれないか』


と、氷血公爵の威厳などどこへやら、妻の隣を確保しようとすることも。


そして何より。


彼が十年間、ただひとりの少女を想い続けてきたことを。


リリアーナ・エヴァレットは、まだ何ひとつ知らない。


     ◇


一方、その頃。


ヴァレンシュタイン公爵邸へ戻る馬車の中。


「…………」


「…………」


アルベルトは窓の外を見つめていた。


セドリックは、向かい側で腕を組んでいた。


しばらくして、アルベルトが口を開いた。


「……セドリック」


「はい」


「私は、失敗しただろうか」


「…………」


「彼女は、私をどう思っただろう」


「…………」


「……冷たい男だと思われただろうか」


セドリックは、深々と息を吐いた。


「閣下」


「何だ」


「僭越ながら、申し上げます」


「許す」


「結婚を申し込む前に、まずご自分のお気持ちを伝えるべきだったのでは?」


アルベルトは沈黙した。


そして。


「…………そうか」


真剣な顔で頷いた。


「次に会ったときは、必ず伝える」


「ええ。ぜひ、そうなさってください」


「……好きだと」


「はい」


「ずっと好きだったと」


「はい」


「……リリアーナ」


アルベルトは、彼女の名を口にした。


誰もいない馬車の中で。


まるで、宝物を確かめるように。


その声は、ひどく優しかった。


セドリックは思った。


――ああ、これは駄目だ。


――この方、結婚したら絶対に奥様に頭が上がらなくなる。


そして、その予感は。


恐ろしいほど正確に的中することになるのだった。



第1章・了

次章、いよいよ結婚へ――!


第2章「結婚成立! 冷徹公爵様、妻を迎えた瞬間から様子がおかしい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。