第1話:生体電流の異常と、少年のデバッグ
過去に執筆した2作のクロスオーバー的な続編となります。
読まなくても平気な構成にしてありますが、読んでいただけると幸いです。
幼馴染のバグが重大過ぎる件
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禍神村に来て三日目、美少女二人にかばわれてモテ期到来だと思ったら、旧家に生け贄として狙われる地獄の始まりでした
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東京の片隅。
薄汚れ、赤錆びの浮いたシャッターと、油臭い空気が漂う『風見萬屋店』の前に、俺――藤原啓一は立ち尽くしていた。
あの不気味な胎動の日から数カ月。俺の身体は、確実に「人間ではない何か」に変質しつつあった。
自分の意志とは無関係に、怒りや恐怖といった負の感情に反応して、周囲の電子機器は一瞬でスパークし、ガラスというガラスが音を立ててひび割れる。
鏡に映る自分の瞳の奥には、いつでもあの不気味な黄金色の光が渦巻いていた。
――いつか、あの村の大人たちのように、俺もこの力に狂い、すべてを破壊してしまうのではないか。
そんな耐え難い恐怖に押しつぶされそうになっていた時、ネットの裏掲示板で奇妙な噂を目にしたのだ。
「どんな不可解な超常現象も、怪しげなガジェットと狂気的なまでの物理法則の屁理屈でねじ伏せる、ヤバい萬屋がある」と。
藁にもすがる思いで、俺は重いシャッターをガタガタと叩いた。
「おい、誰か……っ!」
「はいはい、まだ営業開始前ですよ……って、何だその気味の悪い電磁ノイズは。おい、そこの君、うちの監視カメラのセンサーをバグらせないでくれないか」
シャッターの脇にあるくぐり戸を静かに開けて現れたのは、油の染みたツナギを着た、涼しげな目つきの男――風見嵐水だった。
彼の手にはデカいスパナが握られている。その背後では、仕立ての良いスーツを完璧に着こなした美しい女性が、パソコンを叩きながら、
「まったく、店主が海外出張中に限って、厄介事がやって来るのはなんでだろうね」
と呆れたようにため息をついていた。
「風見さん……ですね? お願いします、俺を助けてくれ! 俺の身体の中には、『禍神』の力が巣食ってるんだ。このままじゃ俺は――!」
必死の思いで訴える俺の胸元から、耐えきれなくなった禍神の気配がスパークとなって激しく溢れ出す。
事務所の蛍光灯が激しく点滅し、壁に掛けられた温度計の数値まで見る間に下がっていった。
しかし、嵐水は慌てるどころか、やれやれといったふうに小さく息をつくと、怯える俺の肩にふっと手を置いた。
「はいはい、そこまでだ。まずは落ち着け。まだ高校生くらいか?そんなに怯えた顔をするな」
「え……?」
「禍神?神様だか厄病神だか知らないが、要するにそれは――人体内部で異常暴走している高エネルギー状態と、それに伴う電磁場の異常だろう」
嵐水は俺の胸元を覗き込みながら、淡々と続けた。
「オカルトにかぶれるのは勝手だが、物理で説明がつかない現象など存在しない。観測精度が足りていないか、ガジェットの出力が足りていないか、そのどちらかだ」
そして、ふっと鼻で笑う。
「……まったく、クソ親父め。こんな時に限って海外出張だかバカンスだか知らないが、オフクロのいるアリゾナまで行きやがって。おまけに、こんな面倒な小僧の相手までさせられるとはな」
文句を言いつつも、嵐水は作業台から無骨な金属パーツと、不気味に青く光る配線が絡み合った代物――『量子干渉型・感情波形マフラー』を手に取る。
「ほら、じっとしていろ。少し荒療治だが、その不快な疼きを一時的に抑え込んでやる」
有無を言わせぬ手際でそれを俺の首元に巻き付け、背中のアジャスターを巨大なスパナで力強く締め上げる。
「ぐっ……! これ、苦し……っ!」
「文句を言うな。君の生体電流と感情波形に発生している異常な振幅を、無理やり定格値まで引き戻しているんだからな」
嵐水が手元のスイッチを落ち着いた手つきで叩いた。
瞬間。
頭の芯を焼き焦がすような激痛とともに、体内で暴れていた禍神のうねりが「ギュッ」と無理やり押し込められていく。
まるで、暴走する超高エネルギー装置に巨大なレンチを噛み合わせ、力技で制御したかのような衝撃だった。
パチパチと狂っていた蛍光灯の明かりが、嘘のようにピタリと安定する。
――静寂が戻った。
あれほど全身を支配していた得体の知れない恐怖が、ウソのようにすっきりとクリアになり、頭が冴え渡っていく。俺は自分の両手を見つめ、呆然と息を呑んだ。
「……すげえ。疼きが……消えた……?」
「当然の結果だ。科学を過小評価するな」
嵐水はマフラーのインジケーターを確認しながら続けた。
「もっとも、こいつは症状を抑えているだけだ。禍神とかいう怪異そのものを消したわけじゃない」
その言葉に、俺の胸が再び重くなる。
「……消せないんですか?」
「現時点ではな」
嵐水は一瞬だけ真剣な顔をした。
「ただ、少なくとも制御はできる。なら話は簡単だ。制御できない怪異なら、制御できるようにしてしまえばいい」
そして、ふっと肩をすくめる。
「ま、親父のせいで中断させられた俺の研究の損失に比べれば、こんな一時的なデバッグパッチの元手など安いものだ」
その傍らで、スーツの女性――日向陽菜がスマートフォンの画面をスワイプしながら、クスリと笑った。
「ねぇ嵐水、なんだか嬉しそうね。弟ができたみたいじゃない」
「は? 何を言っているんだ、陽菜。俺はただ、実験の邪魔をする厄介なノイズをデバッグしただけで――」
「はいはい、そういうことにしといてあげる」
陽菜は俺を見た。
「でさ、提案なんだけど。嵐水のお父さんが帰ってくるまでの間、例の仕事、この子と一緒に片付けるってのはどう?」
「例の仕事?」
「この子、さっきから『禍神の力』とか言っているけれど……もしかして、今度うちの会社が依頼を受けている『あの案件』に、ものすごく適性があるんじゃないかな」
「……あぁ、確かにそうだが」
嵐水は少しだけ気まずそうに視線をそらしつつ、再び俺の方を向き直った。
「小僧、名前は?」
「っ……藤原啓一です」
「そうか、啓一。萬屋はボランティアではない。そのマフラーの費用も、俺の貴重な研究時間を削った慰謝料も、君にはこれから働いて返してもらう」
「働くって……?」
「ああ。俺は大学院の博士課程に在籍している」
嵐水はスパナを肩に担いだ。
「昔、ある事情で親父の店を任されて、一度大学院を離れたんだがな。今は研究に復帰している。その一方で、世にはびこる理不尽な怪異を、この萬屋のガジェットで物理的に解決する裏稼業も請け負っている」
「俺に何をしろと……」
「簡単だ。君の怪しげな力を、異常現象の検出と干渉に使う。仕事の上で君の力があると助かるってわけだ」
「でも俺、高校生なんですけど……」
「知ってる」
「大学の研究室に入れるんですか?」
「今回の特命案件については、大学側から特別研究協力員として登録してもらう。細かい手続きは陽菜に任せる」
「えっ、私がやるの?」
「会社の案件なんだろ?」
「……はいはい」
陽菜は苦笑した。
「でも、無理はさせないからね。啓一くん」
「……ありがとうございます」
少しだけ、胸の奥が軽くなった。そして不思議に思っていたことを口にした。
「……風見さん、こんな奇妙な現象を目にしてまったく動じてませんけど、禍神のこと、何か知っているんですか?」
俺が尋ねると、嵐水は少しだけ目を細めた。
「聞いたこともない。だが、君の身体に残っているエネルギー反応は普通じゃない」
そして、いつもの不敵な顔に戻る。
「だから調べる。分からないなら、分かるまで観測する。新たな物理法則の発見にも繋がりそうで、個人的にも大いに刺激されている」
絶望の底にいたはずの俺の人生が、この面倒見のいい――本人は決して認めないだろうが――偏屈な研究者によって、強制的に、しかし温かな光を帯びて動き出そうとしていた。




