対戦トーナメント:第8話「決勝:正しさと優しさの間」
―――中継セクター・試合前―――
カノジョが円卓の前に立っている。
ラムネは、まだ開けていない。
「決勝だよ」
カレシは手帳を握りしめている。
「論理では、解決不能だ」
雇い主が頷きながら呟く。
「芸術は、答えを出さない」
カノジョが袋を揺らす。
「じゃあ、残すしかないね」
三人は、それ以上何も言わず、会議室へ入った。
―――御前会議室・決勝戦―――
円卓の中央に、四人が向かい合っている。
女将、監査役、カノジョ、博士。
それぞれが、自分の席に座っている。
他のメンバーは観客席で見守る。
スターはギターを抱え、隊長は腕を組み、青年は椅子を回している。
監査役が、立ち上がる。
「決勝戦を開始する。テーマは『正しいこと』と『優しいこと』、どちらが大事か」
端末を操作し、一文を表示する。
「ただし、抽象論は前哨戦で済んでいる。ここでは、一つの場面だけを扱う」
画面に、短い文章が浮かぶ。
『部下が規則を破った。破った理由は、誰かを助けるためだった。あなたは、規則どおりに処分するか、黙認するか』
会議室が、静まる。
女将が、最初に口を開く。声は優しく、穏やかだった。
「助けたのなら、黙認するわ。正しさの前に、人がいる」
監査役が、即座に返す。
「黙認した瞬間、次の規則も揺らぐ。一人を救って、基準を失う」
「基準より、目の前の人の方が大事な時もあるでしょう」
「その“時もある”が、組織を崩す」
「正しさも、誰かの視点でしかないわ」
博士が、間に入る。声は冷静で、論理的だった。
「状況による、としか言えない。規則の趣旨と、破った結果の両方を見る必要がある」
カノジョが、尋ねる。
「じゃあ、博士ならどっちにするの?」
少し間があった。
「……今の情報だけでは、決められない」
「決めなきゃいけない場面だよ?」
博士は、端末を見つめたまま、しばらく黙った。答えは、出なかった。
カノジョが、ラムネを置いて言う。
「私は、たぶん黙認する。正しさより、その人の顔が見えちゃうから」
監査役が、静かに問う。
「では、次に同じことが起きたら?」
「……その時に、また考える」
その言葉は、軽かった。でも、なぜかその軽さが、会議室の空気を変えた。誰も、それを否定できなかった。
「それでは、基準にならない」
「うん。でも、基準だけでも、人は動けないよ」
その単純さが、場を止めた。
カレシが、観客席から短く言う。
「……両方とも大事だ。でも、選ばなければならない時がある。その時に、自分がどちらを選ぶかが、その人の在り方だ」
学生も続く。
「私、カレシさんに賛成です。大人になるって選択していくことだと思うから」
スターが言葉を重ねた。
「歌ってさ、ワンフレーズごとに、魂の選択をしているもんよ」
雇い主(小声)「……観客席の方が熱くなってきたな」
そして――隊長が一言、鋭く告げる。
「現場には、選択しかない」
全員が、静まり返る。投げかけられたのは観客席からの言葉。それなのに、円卓の中央にいる四人の胸にも、確かに突き刺さっていた。
雇い主は静かに、だが面白そうに見守る。
「こりゃ、バトルロイヤルの様相を呈してきたな」
その時、ついに、長老が立ち上がった。今までずっと沈黙を守っていた。彼は、全員を見渡して、口を開く。
「正しさだけでは、人は救えん」
少し間を置く。
「優しさだけでも、救えん」
さらに間を置く。
「……だから難しいんじゃ」
会議室に、深い沈黙が落ちる。
カノジョが、小さく呟いた。
「……どっちも選ばないってのも、あり?」
誰も答えない。
その問いだけが、円卓の上に残った。
沈黙が、長く続いた。
監査役が、端末を閉じる。
「決勝戦、終了。勝者なし」
拍手が、まばらに響く。
カノジョが、ラムネを口に放り込みながら言う。
「これで、トーナメントは終わりだね」
博士が、端末を閉じる。
「答えが出ないことも、一つの答えだ」
女将が、微笑む。
「また、こういう時間が持てるといいわね」
監査役が、手帳を閉じる。
「次回のトーナメントは、もっと整合性を取った形で実施します」
カノジョが、笑いながら言う。
「でも、それもまた変則的でいいと思うよ!」
会議室に、笑い声が広がった。
【観測記録:対戦Codeトーナメント戦】
決勝戦:女将、監査役、カノジョ、博士。
テーマ:「正しいこと」と「優しいこと」、どちらが大事か。
結果:勝者なし。全員が何かを得た。
特記事項:
- カノジョの「その時に考える」が、基準論と衝突した。
- カレシの発言が、観客席から問いを深めた。
- 長老の一言が、答えのない問いを残した。
- 予想すべて外れ。
―――中継セクター・試合後―――
会議室が解散したあと。
カノジョが空の袋を持っている。
「楽しかったね」
カレシは、こくりと頷く。
「……ただ、解決不能だった」
一瞬の間を置いて、ほんの少しだけ声を強くする。
「でも、記録する価値はある」
雇い主が、二人の顔を見ながら言う。
「答えが出ない余白こそが、作品の美しさだよ」
カノジョ「また、何かやろうね」
カレシは何も言わなかった。
カレシは自分の手帳を開いた。
最後のページの端に、いつの間にか小さな猫の落書きが増えている。
カレシは口元を少し緩め、小さくため息を吐くと、それを消さずにそのまま閉じた。
【猫汚染率:52%(前回比+5%)。原因:カノジョ】
本作品を持って、小説家になろうでの『観測者の時空番外編』は終幕となります。ご愛読ありがとうございました。
今後、拙作の連載はカクヨムに一本化してまいります。続編の展開は、カクヨムにてご覧いただけます。
引き続きよろしくお願いいたします。
カクヨムの作品紹介ページ
https://kakuyomu.jp/users/TAKUHITOMIJUN/collections/2912051595558372676




