episode.レプス
新種の魔物の報告が上がると、胸が跳ね踊る。
どんなトンデモ進化を遂げているのか、予測がつかないからだ。
地球でも様々な形で与えられた環境に適応しようと、それぞれの生物が、色んな形で進化を遂げてきた。
世代を重ね、生存や繁殖に影響を与えるような特徴が変化していくこと。
そしてソレが種の存続に貢献した場合、ヒトはソレを進化とした。
生物が直面する問題を打破するのに役立つ変化も、進化と言える。
生物の外見や生息域の変化はもちろん、身体能力の強化や老化なんかも、進化のひとつの形と言える。
つまり「進化とは何ぞや?」と聞かれ一言で答えるならば、‘’世代を経て生存や繁殖を向上させること‘’であると言って良いだろう。
魔物は、動物とは違う。
そして生物学として研究をされるようになってから、まだ数十年しか経過していない。
そのせいで地球の常識に、つい当てはめようとしてしまう。
すると思いがけない進化を遂げたように感じるだけで、実はこの世界においては理にかなっている。
そんな魔物もいるのかもしれない。
今回新種発見と報告が上がったのは、ある意味で王道、ある意味で邪道な進化を遂げた魔物だ。
精霊術が使えない子供でも、油断をせず、なんなら数人がかりで対処すれば、難なく倒せると言われている、‘’妖兎‘’である。
額から小さな角が生えている、ウサギみたいな見た目の魔物だ。
基本的には風を起こして敵の足元をすくい、敵う相手ならその隙に角を使って突進攻撃で襲いかかる。
敵わないと判断した敵の場合は、脱兎のごとく逃げ出す。
大抵は後者を選択肢として選ぶ。
その速度は平均で時速一〇〇km程。
トップスピードはそこにプラス時速三〇km。
見事な脚力である。
魔物らしい持久力で、その周辺の瘴気の濃度にもよるが、最低でも四時間は走り続けられると言われている。
ウサギよりも大きく、十kg未満の小型犬くらいのサイズだ。
体格の割りには可食部が少なくない。
被毛は保温性に優れている。
また特徴的な角は薬になる。
後脚が困難から逃げるためのお守りと言って、加工して売り出している地方もある。
その後脚の骨は、ごく軽度の軽量化の付与に使われる。
比較的扱いやすい素材なので、馬車の荷台や、木箱なんかの消耗品に、練習がてら安価で付与をしてくれる付与術師見習いがいる。
全身捨てるところが無いと言っても良い、ヒトの暮らしに貢献してくれている、身近な魔物が妖兎なのである。
その妖兎だが、見た目が大変可愛らしい。
クリクリの大きなおめめに、ソレを縁取るように生えた長いまつ毛。
オマケ程度に額についた角の横から、縦に伸びる耳介は大きく、忙しなく前後に動き回り、鼻はピンク色で匂いを嗅ぐたびにヒクヒクと可動する。
完全に愛玩動物の見た目である。
そのため大人しい個体同士を掛け合わせたら、ペットとして飼育できるのではないかと、目論んだことがある。
しかしその食性は雑食で、どれだけふだん大人しくしても、エサを与えている時、手を離すタイミングを誤ると、草ごと人間の指を食べてしまうために頓挫した。
白い個体だったために、その時は非常にグロテスクな絵面になったよ。
今回発見された新種は、見た目は妖兎にとても似ていた。
だが逃げる事に注力されていた脚力が、別の方向に使われるようになっていた。
凶悪な、蹴りを繰り出してくるのだ。
ヒトによっては、なんだそれだけかと思うかもしれない。
だが愛らしくもザコと呼ばれる魔物に似たその姿を見て、冒険者たちはすっかり油断してしまった。
そして目にも止まらぬ速さで繰り広げられる強力なキックによって、剣を砕かれ鋼の鎧をヘコませられた。
結果多数の重傷者を出す事態となってしまったのだ。
腰部を守るフォールドと、そこから吊り下げられたような形を取っている、大腿部を守るためのタセットを砕かれた人は、防具を通り越して骨盤にも衝撃がいってしまった。
とはいえソコソコの防御力はあったようで、全治三ヶ月程度で済んだようだが。
他にもブレストプレートごと肋骨を砕かれた人や、蹴り飛ばされ大樹に身体が突き刺さって動けなくなった人なんかもいたそうだ。
頭を蹴られていたら、恐らく亡くなっていただろう。
魔物の身体が小さく、跳躍力は妖兎のままで良かった。
今はまだ敵を蹴ることだけに力を注いでくれたおかげで、皆助かったのだ。
どんな魔物を相手にしても油断は禁物だと、散々冒険者ギルドで習うだろうに。
慢心はいかんね。
今後も、似たようなことが起こると予測される。
改めて注意喚起を行わなければなるまい。
額から生えた角の長さや、瞳の色。
他にも毛質や個体の大きさ等、細々と妖兎と違う部分が見受けられた。
だがそれらは個体差と言ってしまえばそれまでの、若干の誤差程度でしかない。
妖兎か進化個体か。
判断しようと近付いた時点で、蹴られてしまう。
前屈みにでもなってみろ。
頭部に一撃貰ってThe ENDだ。
捕らえた妖兎モドキを観察すると、決定的に違う箇所は一応あった。
脚の裏だ。
妖兎の脚は、被毛に覆われている。
生息域が草原や砂地のため、ゴツゴツした岩場を移動するための硬いヒヅメも、急斜面を駆け下りるための滑り止めも必要ないのだ。
逃げるため骨は薄く軽くなり、素早い行動を実現するために、後脚の筋肉が発達した。
そして妖兎には、巣穴にいる仲間に危険を報せるために、地団駄を踏む習性がある。
だから、本来妖兎には無いはず。
なのにも関わらず、ソレがあった。
肉球だ。
新種の妖兎モドキには、あるのだよ!
あの魅惑の蹠球と趾球のセットが!!
肉球の魅力も相まって、妖兎の見た目が更に可愛く進化してしまった。
なんてことだ。
後脚に限定されるけれど。
恐らく敵を蹴り飛ばした後、着地をする際に細い骨を守るため、衝撃を吸収することを目的として被毛が薄くなったのだろう。
だが被害に遭った冒険者たちが蹴られた箇所は、一m前後の高さに集中していた。
妖兎の体重からして、肉球程度では着地時の衝撃を全て緩和出来るとは思えない。
骨折しにくい頑丈な骨の構造に変化していると、考えれば良いだろうか。
しかし骨を頑丈にしなければならないような脚力に進化してもなお、角の形成を手放さなかった。
ソレはなぜだろう。
角は基本的に、骨や角質が変化したものだからね。
カルシウムとタンパク質の塊なのだ。
骨の強化が必須なら、角は手放すべきなのである。
そのことを考慮すると、角が妖兎にとって非常に重要な器官だと伺える。
妖兎は風を操ることができるよな。
人間は精霊術を使用する際、体内の霊玉を触媒にして使用する。
そのための器官が、妖兎にとっては角になるのかもしれない。
明確な違いが脚の裏では、やはりパッと見で進化個体か否かは判断できない。
しかし凶悪度は非常に増している。
こんな可愛い魔物を縊り殺すなんて惨たらしいこと、少なくとも俺にはできない。
危険種として冒険者ギルド管理の魔物図鑑に登録するべきだろうか。
それとも、捕獲した個体のDNAを調べて、進化しようとしている個体群を全て、泣く泣く殲滅すべきだろうか。
骨や角の成分を調べて、毛皮の有用性や可食部の増減等々の情報をまとめなければ。
人類への被害の規模と、価値の高さを比較して、後者が勝れば人間側が、彼らの存在を受け入れる方にシフトしなければならない。
鋼程度では簡単に折れ、曲がってしまうことが分かった。
鍛冶屋と防具屋はまた、安価で性能の高い武器防具を求められるようになるのだろう。
ヒトはなかなか、進化をしないよね。
そろそろ爪で肉を捌けるようになったり、外皮の強度が上がったりすれば良いのに。
……まぁ、精霊術を使える人口が増えただけマシなのかな。
なるべく妖兎の新種を存続させるためのレポートを書かなければ。
そう意気込んで、俺はペンを手に取った。




