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21.殺してやるからかかって来い

ヘルロンド三兄妹は仲良し。後で幼少期回書こうね。

 ニンナ・マイラン・ペンルーは勝利を確信している。この国で最も力のある魔法使いを、大陸に名を馳せる魔道士会から「昴曜極夜」という字名を送られるほどの魔女を、自分は一瞬の間に殺したと。

 うねる炎は悍ましい燃え滓をすっかりと飲み込んで、高い天井を舌で嘗めて焦がしていた。王家専属財務監査官が結界除外のメダルを持っていたとしても、呪術を防ぐ手段はない。マイランは公国でそう学んでいた。

 だから、炎の中から無傷の女が姿を現した時。彼女は息が止まるほど驚いた。

「あれ、聞こえなかったのか? 殺してやるからかかって来い、と私は言ったんだが」

 カツン、とイルゼカインは階段をまた一段上がる。首を傾げる姿は炎に照らされて、壮麗な大階段の上で影が揺らめいている。

 思考が停止していたマイランは我に帰る。近付いてくる死に対抗するためには、人質が邪魔だった。

 生木を力任せに折る音がして、王太子ルミナントの体が転がる。数段落ちて止まった彼の首の骨は折れていた。

 悲鳴が上がると、マイランは思っていた。その予想は外れて、大広間は静寂に包まれていた。

 彼女が戸惑う間にも、イルゼカインは一段、また一段と階段を上がってくる。

 カツン、カツン、カツン、カツン。イルゼカインは王太子の死体を踏み越えて、マイランのすぐ目の前までやって来る。

「あれ、聞こえなかったのか? 殺してやるからかかって来い、と私は言ったんだが」

 監査官は同じ言葉を二度繰り返した。首を傾げると錆ついた音が響く。恐慌状態に陥った逆賊は、悲壮な叫びと共に再び指を差す。

「ぅあっ、ぁあああぁあぁぁーっ!?」

 呪術が発動する前に、彼女がイルゼカインに向けた人差し指はくにゃりと潰れた。指の潰れた手が炎に包まれる。炎は腕を伝い、上半身へと回り、足へと、顔へと回る。最後は全身が炎に包まれた。

 マイランは悲鳴を上げる。熱くて痛くて堪らない。炎を消そうとして叩いても消えない。口を開ければ気道に火が飛び込んでくる。臓腑が焼かれて、彼女は倒れて壮麗な大階段を転げ落ちていく。一番下まで、マイランは落ちていった。

 立ち位置は逆転していた。イルゼカインは生焼けの女を無感情に見下ろしている。嘆息が入り交じった彼女の呟きは、燃え残っているマイランの耳にも届いた。

「殺してやるからかかって来い、と私は言ったんだが。やっぱり馬鹿女には荷が重かったな」


 大広間には混乱しかない。観客になるしかなかった式典の参加者たち、王侯貴族たちは、目の前で起きたことに戸惑うことしかできなかった。

 監査官が疎らに短い拍手をして、挑発する台詞を吐いて、逆賊と呼ばれた女が激昂した後。突然その女が絶叫したかと思えば、階段から転げ落ちた。人質にされた王太子ルミナントは階段の上に取り残されて呆然としている。

 何が起きたのか、把握している者は殆どいない。誰もが困惑している中で、一際大きな破裂音がした。イルゼカインが両手を強く打ち合わせて鳴らした音だった。全員の注意が彼女へと向けられる。

 監査官は淡々と指示を出して、会場の人間たちに謝罪した。

「衛兵、逆賊を捕縛しろ。王太子もだ。控えの間に運べ。さて、式典には不似合いな余興となってしまい申し訳なかった」

 「楽団、演奏始め」という彼女の号令により、調子外れの前奏が始まる。それと同時に衛兵たちがわらわらとやって来てマイランとルミナントを連れ出した。二人を縄で縛る必要などなかった。

 イルゼカインは歩き出し、大階段を昇っていく。最上段の先にある回廊では王と王妃が立ち竦んでいた。顔色を失い、表情も消えた二人の前に監査官が跪いて頭を垂れる。

「我が王、我が王妃。御前をお騒がせし大変申し訳ございませんでした。つきましては、今後のことをお話ししたく」

 彼女の言葉によって現実に引き戻された国王が、一瞬強く眉を寄せ、即座に威厳を取り戻した。

「相分かった。その前に、皆へ挨拶をしよう。妃よ」

「はい、陛下」

 国王と王妃が手を取り合い、未だ跪く監査官の横を過ぎて大階段の最上段に立つ。それに気付いた指揮者の指示で楽団は音量を絞った。

「王立学園の卒業生諸君、並びに学園の職員、保護者父兄諸氏。そして在校生の皆よ」

 威厳と慈愛に溢れた、国を率いる存在として王は呼び掛ける。それだけで、会場の全員が跪いた。王は臣民を俯瞰して言葉を続けた。

「面を上げておくれ。これまでの努力を称え、輝かしい前途を願う卒業式典に、此度は水を差すような事態が起きてしまった。よりにもよって、我が息子が発端だ。それをまずは詫びたい。すまなかった。今後、こうしたことが無いように努めよう」

 頭を僅かに下げて謝意を示した王と王妃は威厳を保ったまま、改めて眼下を見る。

「今日は全てが眠る冬の終わりであり、暖かな命が芽吹き始める春の始まりである。諸君、卒業おめでとう。新年おめでとう」

 王の言祝ぎが終わると、儀仗官が「万歳!」と叫んだ。それを合図に唱和が広がる。

「万歳! 万歳! 国王陛下、王妃殿下! 万歳! 万歳!」

「万歳! 万歳! 王よ永遠なれ! 妃に栄えあれ! 万歳! 万歳!」

「万歳! 万歳! 王国に永久に繁栄があらんことを! 万歳! 万歳!」

 称える声に二人は手を上げて応え、踵を返した。跪いたまま待っていたイルゼカインのところまで戻ると、王は「控えの間に行こう。君の家族も呼びなさい」と告げる。

「御意のままに、我が王」

 監査官は立ち上がり、歩き出した二人の後に続いた。


 婚約破棄騒動の渦中の人物であるクロエカイン・リリーベル・ヘルロンドもまた混乱の最中にあった。

 自分がつい今し方ボンクラの王太子から婚約破棄を申し渡されたかと思えば、義母が現れて全ては公国の工作だと看破し、逆賊が現れたかと思えば発狂して大階段から転げ落ちて気絶した。ルミナントとヨーギ男爵令嬢に扮していた逆賊は連行され、義母もまた王たちと共に大広間を出た。

 儀仗官と仕込みのサクラによって万歳が唱和される大広間の中で、リリーベルにできることは、戸惑う自分を出さないように表情を硬くすることだけだった。

「リリーベル!」

 名を呼ばれて視線を向ければ、義兄のアスカロンとダインが駆け寄ってくるところだった。

「アスカロン義兄様、ダイン義兄様」

 薄絹の手袋に包まれた両手を差し出せば、二人が握ってくれた。

「大丈夫かい?」

「手が冷えてるな。具合が悪いなら帰ってもいいだろ」

「そうだな。もう十分頑張った」

「義兄様たち、勝手に話を進めないで。心配してくれるのは嬉しいけれど……」

 ヘルロンドの養子三兄妹がそんな話をしていれば、ゲアハルトまでやって来た。

「お、丁度良く集まってるなガキ共」

 義母の副官にリリーベルは聞きたいことがあった。

「ねぇゲアハルト、お義母様はなにをなさったの? あの逆賊を気絶させたのよね?」

「あ~、精神干渉で幻覚を見せたんだ。必要もねぇのにわざわざ『手を叩く』なんて条件付けしやがって、完全に遊んでたな」

 「後で説教だな」と言いつつ、ゲアハルトは三人に彼女からの伝言を伝える。

「全員で控えの間に来いとよ。今後の話し合いをする」

 それを聞いて、イルゼカインの養子たちは顔を引き締めた。






「面白い!」と思ったらコメント欄で好きな寄生虫を教えてください。ちなみにワイはエメラルドゴキブリバチです。

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