後宮へようこそ㉛
手を取られて足を踏み入れると、つややかに磨かれた板の上に複雑な文様が織り込まれた絨毯がひかれた部屋に出る。ふっかりとした感触が足の裏に伝わった。
「嘉瑤ちゃん、問題はなかった?」
「ええ、ちょっと黒をごまかすのが大変でしたが。…ここが商会の中なんですね」
「そうよ。ここは執務室。さ、奥の居住区に行きましょ。もう、皆さんお待ちかねよ」
ゆったりとした足取りで歩く志賢についていく。全体的に西と東が融合している雰囲気だった。だが、解離せずにうまく混ざっている。
「ちょっと不思議な雰囲気ですね」
「そうねぇ。うちのおば…いえ養母さまが西の帝国の出身なの。だからじゃないかしらね」
「へー、だからリーニュ商会ができたんですか?」
「ええ。養母の実家は貴族だけれど、商会を持っているの。最初はその関係ね。後は実父も商人だから」
釣書に書かれていた内容の詳しい部分が語られる。そもそもは、西でしかなかなか手に入らないクッキーやビスケットという焼き菓子を欲したことから始めたそうだ。いつでも手に入れられる販路を築きたいというのが動機だった、と語る。それで成功したのだからすごいが。
「動機なんて単純なものよ。さ、この渡り廊下を言ったら、居住区。心の準備はいい?」
いたずらっぽく笑ったこっちを見る。うっすらと暗い渡り廊下がそこにあった。
「はい!」
入り口に複雑な紋が書かれているから、いざとなれば商会と居住区とを切り離せるんだろう。
と、思ったら彼が手をかざすとうっすらと透けている魔力でできた扉ができた。これでは万が一誰かが来ようとしても来れないだろう。
ここからはつないでね、と手を取られ、廊下を渡っていくと、少しずつ不思議な気配を感じるようになる。多分、これは竜の気配なんだろう。敵意はないが妙な圧を感じる。じわじわと値踏みをされているようだ。人影はないけれどじろじろと眺められているような気配だった。
「まあ、義兄さんったらやあねェ。だから手をつないだのに」
「この、気配…」
「ごめんなさいね。わかってはいても警戒するのが番持ちの竜だから」
なるほど、確認されているようだ。だが、後ろ暗いところはないので観察されるままにする。まるで犬ににおいをかがれている時のようだ。
「ここで挨拶したほうがいいですか?」
「いいわよ。ぶしつけなのがあっちなんだから。それにほら、そこをくぐればすぐだわ」
彼が指差しす方向を見る。気が付けば、廊下の端っこにいた。
端にある木でできた扉を開けるとそこには以前、鏡越しにあった浩宇が控えていた。地味な西の帝国風のズボンと呼ばれる細かい格子柄の下袴に、白い襯衣を着ていた。さすがリーニュ商会。
「義兄さん、こちらが嘉瑤よ。嘉瑤、こちらが義兄の浩宇」
「やあ、嘉瑤。待っていたよ。さっきはごめんね。大丈夫だと思ったけれど、一応確認しないと気になって」
ここでは皇太子でも朱家の娘ではなく、嘉瑤として扱ってくれるらしい。警戒はされたが、ちょっと嬉しかった。
「あ、はい。大丈夫です。今日はよろしくお願いします」
「うん、いい子だね。さあ、こちらに」
お茶を用意してくるから、と志賢は行ってしまい、代わりに浩宇に促される。彼についていくと、そこには西風の家具を並べた居間だった。奥にはまだ火は入っていないが暖炉がある。西にあこがれる成金のものとは違い、落ち着いた雰囲気の居間である。
そして、暖炉の前には車椅子に乗った次兄がいた。鏡越しにも思ったが、肩の線が前よりもずっと細い。随分と長い間、寝ていたようだから、仕方がないんだろう。
「慶節兄上!」
「嘉瑤!久しぶりだね。こっちにおいで」
駆け寄ると嬉しそうの笑った兄がだいぶ細くなった腕を差し出してくる。その手をぐっと握ると、骨が手のひらにごつごつと当たる感触がした。
☆
細くはなっていたし、足がまだ一本ないけれど、次兄はすこぶる元気だった。うれしそうに時々頭をなでたりしてくる。本当は小さいころにしたかったらしいが、長兄に気取られたらことなのでできなかったそうだ。
彼らは本当に殺伐とした中で生きていて、のんきに暮らしていた自分がちょっとだけ恥ずかしくなった。まあ、どうしようもないのだけれど。
「今日、お前に来てもらったのは、純粋に会いたかったのもあるんだが、少し、聞いておきたかったことがあるからなんだ」
香りの高い紅茶とすこぶるおいしいケーキという菓子をたっぷりといただいた後、そう切り出してくる。しっとりとしていて柑橘と酒の香りが高い菓子で、また是非いたたきたい。
「何でしょうか」
「兄が隠れ家を持っていたのを知っているか?」
「いえ、初めて聞きました」
皇太子としての金もあるから、家の数件くらい買えるだろうが。今の私と異なり、長兄は随分と自由に出歩いていたらしい。
なんでも、私がほぼ軟禁状態なのは兄二人が亡くなった(一人はいるわけだが)かららしい。母は母なりに心配はしているんだろう。皇太子としての私をなのか、娘としての私をなのかはわからないが。
「私もこないだ初めて知ったんだが、浩宇が探ってくれててな」
何か長兄の名残がないかと、ずっと浩宇は街中探ってくれていたらしい。何しろ、長兄・至虹は彼にとっては、もう死んではいるものの愛しい番の仇である。妙に力があったことから、何かあってはたまらないと市中に出る機会も多いからと探ってくれてのだという。
浩宇が次兄を大事にしているのはよくわかる。今でもぴったりと次兄のそばから離れない。あまり威圧を感じにくい私でも、近寄りすぎると圧を感じる。それを時々うるさい、とあしらう兄は大したものだ。
「そこでね、妙な術式と竜の心臓の結晶を見つけたんだ」
ほらこれ、と浩宇がガラスの箱に入ったものを見せてくれる。前に見せてくれたものと同じ種類のものだというが、浄化したということで今は赤い柘榴石の破片のように見える。きらきらとしていて、それだけ見れば結構きれいだった。
「見つけた拠点は七つ。結構あるだろう?完成するといが発動する。だけれども、その術式に従うなら、そのかけらがまだ足りない。あと、二つあるはずなんだ。そして、それは多分、城の中にある」
見つかったのは西の術式に東の要素を取り込んだ複雑なものだったという。私はあまり詳しくはないので、違いは分からないけれど、見る人が見れば感心するほど精巧なものだったらしい。
「でも、確かに有象無象の呪いはあったけれど、後宮では見つからなかったのよね」
「そうだ。だからこそ、君たちの、いや君の協力がいる。嘉瑤」
「私の?」
後宮には感じないから、おそらくそれ以外にこの呪いの核があるのだろうとのことだった。一つ、二つだと志賢やジョルトが感じ取れないほど弱い呪いだが、これが集まると、厄介なことになるのだという。ただ、弱いものでも、ずっとそこにあると徐々にその土地を蝕んでいくとのことだった。
「竜の感覚で検知できないっていうことは、かなり腕の立つものが厳重に管理しているということだ。そして多分それは物理的に隠されている。君は後宮以外でも動けるし、何より目がいいと聞いている。だから、協力を求めたい。僕たちは同族の呪いを解除したいし、それにそのことが君たちのためにもなると思う」
「わかりました。それとなく、城や何かを見てみます」
「呪いが発動しても一時的には逃れられるようにはしといたげるわね。フォレ、あなたにしばらく付けとくから、好きに使ってちょうだい。お調子者だけど、能力は高いから。あれでも邪気を払う白竜なのよ」
そんなわけで、本人(竜?)のあずかり知らぬところで、フォレは私の専属となってしまった。




