~恋の天気は晴れたり曇ったり~
東の空に星が瞬き始めた。
暮れなずむ夕日が空の青と混じりあって、ほんのひと時、世界を夢のような紫色に染め上げる。
やがて空は夜に彩られ、深い青から星空へ変わっていくの。
空ってロマンチックね。私の心もそうだといいのに‥
放課後、部活が終わってすぐ、私は学校からほど近い小さな神社を訪れた。あの時、とっさに思いついた人目につかない場所がここだったの。
神山君は来てなかった。
でも、できる限り早く部活を切り上げてきたから、早すぎたのは私の方。だから、こうして空の色が変わるのを眺めながら待つことにしたわ。
‥ふぅ
神山君‥来てくれるかな‥
珍しくため息なんかついちゃって、不安な心を紛らわす。
昨日電撃的な恋に落ちてから、私の心は乱れっぱなし。落ち着いてものを考えるのは、これが初めてかも。
考えて見れば、随分一方的なことしてるよね。突然クラスに押しかけて、呼び出すなんて‥
もし神山君に彼女さんがいたら、ううん、そうじゃなくても他に好きな人がいるとしたら‥
‥‥‥迷惑‥だったかな。
恋をしてから浮かれっぱなしの心に、不安という名の雲が湧く。それはもくもくと広がり、恋の青空を覆い隠してしまう。
そもそも私って男の子から見て魅力があるのかな。よく男の子からは可愛いって言われるけど、それって上辺だけのことだよね。せーちゃんや絵理沙ちゃんは、私を我がままで子供っぽいって言うし、その辺は違‥わないこともない‥かもしれない。
それにおしゃべりだし、甘いもの大好きだし、背の低いおチビちゃんだし、勉強は苦手のおバカさんだし‥、自分の悪いところを上げたらきりがないわ。
大体、神山君の好きなタイプだって全然知らないのよね。絵理沙ちゃんみたいなスタイルの良い美人さんが好きなのかもしれないし、薫ちゃんみたいなお淑やかで心の綺麗な子が好きなのかもしれない。私のようなのって、全然タイプじゃないかもしれないじゃない‥
‥‥来てくれなかったら、どうしよう。
心の中でどんどん大きくなる雲は、今や雨雲と化して酷い雨模様。さらには稲妻を伴って、ド~ン、バリバリ‥、ほんと心が張り裂けそう。
その時、バタバタと駆けてくる足音が。ドキッとして目を向けると、一生懸命走ってくる神山君の姿が目に入る。
‥来てくれたんだ。
一気に雨雲は霧散して、明るい晴れ間で心が満たされる。私って単純ね、でも嬉しい。
「‥ごめん、遅くなっちゃって」
「あっ‥、全然待ってないよ、私も今来たところ」
しれっと嘘が出ちゃったけど、これくらいは許されるよね。
神山君は荒い息をつきながらも、笑顔を向けてくれる。そう、私はこの素敵な笑顔に魅かれてるんだわ。先ほどの不安はどこ何処へやら、笑顔を返すとすっかりご機嫌になっちゃった。
今度こそ、きちんとお話しよう。そう思っていたけれど、今回先手を取ったのは神山君の方だった。
「ねぇ、春木さん、お腹空いてない?」
お腹?もちろん空いてるわよ、だって部活の後だもん。「良かったら、ドーナツでも食べにいかない?」
私は神山君の申し出を快諾した。
わ~い♪
「え~、ほんとに?アハハ、おっかし~」
三つ目のドーナツを手にした頃、私はもうすっかり、神山君とのおしゃべりを楽しんでいたわ。
学校帰りのドーナツ屋さんって意外と穴場なのね。奥まったブースに陣取ったら、あまり人目を気にせず会話が楽しめるの。
それに神山君はとっても聞き上手。これっておしゃべりな私には嬉しいこと。私が話してる間は一切口を挟まず、終わったらきちんと自分の意見を返してくれ、そこからまた話がつながる。ユーモアのセンスもなかなかで、思わず笑っちゃう言い回しもするわ。今みたいに。
昨日町でしていたことから話が始まり、今は好きな動物の話。私が神山君について知ったことは、二人いるお姉さんのうちの一人が、町の動物病院で働いてることと、次のバトミントンの大会で、団体戦のレギュラー入りして出場したいこと。音楽はロックが好きで、カラオケでも歌うみたい。好きな動物は犬、いつかボルゾイって犬種を飼いたいんだって。どんな犬かは知らないけど‥
最初は何を話していいかわからなかったけど、きっと私はもっと神山君のことを知りたいのだと思う。そして、私のことも知ってもらいたい。友達ともそうだけど、お互いを深く知りあうことで絆が深まるんだわ。
でも、神山君とのおしゃべりは女友達との場合とは違う。やっぱり男の子だから、女の子とは感じ方やものの見方が異なるの。それって当然のことかもしれないけど、一緒にしゃべってると、そういう男女の違いを意識させられちゃう。だから、楽しいのは本当だけどドキドキする要素もいっぱい。
まだまだしゃべり足りないんだけど、時間は大丈夫、と言われてびっくり。だって、時計の針は、私が思っていたより、ずっと進んでいたんだもの。楽しい時間って、ほんと早く過ぎるのね。
どうしても奢る、と言い張って聞かない神山君の好意を受けて、私達はドーナツ屋さんを後にする。外はすっかり暗くなってて、春の夜空は星が綺麗だった。
夜も遅いから家まで送るよ、と言われたけれど、神山君の家って逆方向なのよね。さすがに悪いと思ったけれど、本音は彼ともう少し一緒にいたい。だから、近くの公園までって妥協案で一緒に帰ることになったわ。
暗い夜道を並んで歩くと、なんだか恋人同士になった気分。ドーナツ屋さんにいた時ほど饒舌にはなれず、言葉少なになってしまう。だって今一緒に歩いてるのは、男の子の友達じゃなくて、一人の男性。そう意識しちゃうと、また気恥かしさがよみがえってくる。
公園につくまでは、あっという間だったわ。今日は恥ずかしい思いや不安な思いもしたけれど、本当に楽しい一日だった。だから、これでお別れだと思うと、どうしようもない寂しさが込み上げてくる。
‥また明日も会いたいなぁ
「ねぇ、神山君‥、今日は付き合ってくれてありがとう、と~っても楽しかった」
「そんな‥、俺も楽しかったよ」
「‥その、よかったらまた、一緒におしゃべりしてくれる‥かな‥」
「もちろんだよ、喜んで」
「ほんと、‥あ、でも迷惑じゃなかったかな、急に呼び出しちゃったりして」
「いや、あれはびっくりしただけ。だって、ほら‥春木さん可愛いから‥」
ドキンッ!!
心臓が一際高く跳ね上がり、そのまま激しいビートを刻みだす。
‥今、神山君から可愛いって言われた可愛いって言われた可愛いって言われた‥
男の子に可愛いって言われるのは初めてじゃないのに、好きな人から言われると、こんなにもドキドキするの!?
「‥あっ、わ、わた、別に可愛いとか‥全然そんなんじゃ‥ないよ‥」
きゃ~、恥ずかしい、何言ってるの、私!
「そんなことないよ、春木さんは可愛いよ、ほんとに」
意外なことに、神山君は驚いた表情を浮かべ迫ってくる。一気に彼との距離が縮まって、昨日抱きしめられた感触がフラッシュバックする。
‥恋って心臓に悪いわ、こんなのが何度も続いたら、その内心臓がボンッて音を立てて爆発しちゃう。
なんてバカなこと考えていたけど、心の余裕はすぐになくなっちゃった。だって神山君は私の肩を抱き、あの心の奥まで見透かすような瞳で、じっと見つめてくるんだもん。でも、思い詰めたような表情はどこか怖い感じがする。
蛇に睨まれた蛙のように、私は身動き一つできずにいたわ。ただならぬ雰囲気に緊張し、次に起こることを待ち受けていたの。
「春木さん‥」
彼の顔がゆっくり近いてきて‥
えっ!えっ~!?
‥‥唇がそっと触れあう。
「‥‥‥!」
それは時間にすれば、ほんの短い間だったと思う。でも、この時のことは忘れない。
うん、忘れられない‥
突然のキスは、終わる時も突然だった。唐突に顔が離れると、神山君の顔には狼狽が広がっていた。
「‥お、俺‥」
夜目にも真っ青な顔で、彼は何かを言いかけたけど、私は最後まで聞くことができなかった。
「わっ、私、帰るね!」
なんとかそれだけ叫ぶと、脱兎のごとく駆け出した。
神山君が追ってきたかはわからないけど、後ろを一度も振り返ることなく、家まで全力で走った。なぜかはわからないけど、泣きそうな気分だった。
玄関をくぐるや、自分の部屋に飛び込み、そのまま布団の中へ潜り込む。今は何も考えたくない、考えられない。
‥私、どうすればいいの?




