~教室は大騒ぎ~
天気予報みたいに、恋にも予報とか警報があればいいんだわ。ほら、明日は夕方から恋の熱帯低気圧がやってきて、あなたの心をめちゃくちゃにしていきますよ~‥ってね。そうすれば、もっとしっかりした心構えができて、昨日みたいなことにはならないのに‥
私を助けてくれた王子様は、同じ御蔵高校、二年三組の神山誠二君。ちょっと線の細いバトミントン部の男の子。クラスでは大人しくあまり目立たない感じで、女の子の間の評判はまあまあ。去年彼と同じクラスだった絵理沙ちゃんに聞いたら、あっさり判明したわ。
世間って狭いのね。どこの誰だかわからない人に助けてもらったと思ったら、実は隣のクラスの男の子だなんて。
‥あれから私は少し変。
‥‥少し?ううん、結構変ね。
‥‥‥結構でも足りないわ、だいぶん変。
‥‥‥‥嘘、もっと変。
‥‥‥‥‥あ~、もうっ!とにかく変なの!
気がつくとあの時のことばっかり考えてる。ぎゅっと抱きしめられた時の感触、心の奥まで見透かされそうな綺麗な瞳。思い返すたびに胸がドキドキして、行き場のない気持ちが私の中で暴れまわる。
男の子と遊んで楽しかったことはあるし、好きになったこともあるけれど、この気持ちは全然別物。
絵理沙ちゃんには呆れられたけど、きっとこれは恋。胸が締め付けられるような切なさと、嬉しくて仕方ない気持ちが同時に込み上げてくるの。
‥ほんっと、このままじゃどうにかなりそう。これっていわゆる一目惚れ?
とにかく、自分の気持ちを確かめるためにも、神山君とお話ししてみたい。だって、彼のことは絵理沙ちゃんから聞いたことしか知らないし、何より私、助けてもらったのにお礼一つ言ってないのよ。
だから私はお昼休みに、彼の教室を訪ねてみることにした。
「あれ、春ちゃんどうしたの?」
「あ、高ちゃん、ハロ~」
こっそり三組の教室を窺っていたら、同じテニス部の高橋さんに見つかっちゃった。本当は人目につきたくなかったんだけど、そういうわけにもいかないわね。仕方ない、ここはひとつ協力してもらおうかな。
「珍しいね、誰かに用事?」
「あ、うん‥、え~と、その~‥」
やだな、私。緊張してる。
「‥か、神山君‥いるかな」
「神山君?あ~、いるいる」
次の瞬間、私は高橋さんに頼んだのが間違いだと思い知ったわ。ちなみに彼女はサーブ&ボレーが得意な選手。強烈なサーブで相手を崩し、一気にボレーで点を取るタイプだけど、その性格は教室でも変わらないみたい。
「お~い、神山く~ん」
止める間もあらばこそ、高橋さんはいきなり大声で教室の奥に声をかける。ど~んっ、強烈なサーブが炸裂。
「春木さんが呼んでるよ~、ちょっと来て~」
すかさずボレーで止め。これで三組全体の注意はこちらに向けられたわ。うぅ‥、高ちゃん、やってくれたわね。
はたして運命の王子様は、いくつもの冷やかしを背に受けて、教室の入り口まで来てくれる。
改めて見る神山君は大人しそうな印象の男の子だった。背は男子の平均くらいかな、体つきはちょっと細めだけど、ひ弱そうってほどじゃないわ。優しげな風貌は一見穏やかな印象を抱かせるけど、意思の強そうな瞳が芯の強さを感じさせる。
この前は突然過ぎて何も言えなかったけど、同じ学校の男の子と思えば、お話ぐらいなんてことないわ。さぁ、まずは昨日のお礼を言わなくちゃ。
「‥あ、あの、昨日は‥その、あ、ありがとう‥」
‥何が、なんてことないわ、よ。思いっきり声が上擦ってるじゃない。落ち着け、私!
「いや、春木さんが無事で何よりだよ」
答える神山君も緊張が窺える。そうよね、これだけ注目されてれば‥
「‥‥‥」
「‥‥‥」
どうしよう、何も言葉が出てこない。これじゃ昨日と一緒じゃない。
「‥あ、足とかくじかなかった?」
「ううん、全然大丈夫!」
気まずい沈黙をどうにかしようと神山君がフォローを入れてくれるけど、駄目、話が続かない。それに教室のざわめきも幾分静かになったようで、こちらに注意を向けているのがひしひしと伝わってくる。
や~ん、もう何なのよ、この緊張感。これというのも高ちゃん、あなたのせいよ。あっ、今頃ごめんなさいのポーズをとっても遅いってば。もうっ、部活で覚えてなさいよ!
‥とりあえず、今はこの場をどうにかしなきゃ。こんなんじゃとてもお話なんてできないわ。
居た堪れない気恥かしさに耐えかねて、私は神山君にだけ聞こえるよう声を潜め、とある場所と時間を口早に伝える。
‥そして、彼の返事も聞かぬうちに教室から飛び出した。
正確には逃げ出したという表現が正しいかしら。教室から出るなり何やら大騒ぎになったけど、どうか私のことじゃありませんように‥




