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08-5 消去

 今まで動かなかった狼の耳がぴくっと動いた。

 同時に、狼の中の俺の闇がゆっくりと体の中を廻るのがわかった。

 俺が闇に覚醒した時はそれが全身を支配して、狼を別の存在に変える力にさせようとしたんだろうけど、今の俺は闇なんて自在に操れないから…勝手に狼がそれを使って何かをしようとしている。

 もともと俺の特殊な力なのか知らないが、狼の中で何かの力に変化していくのがわかる。

 この感覚は…俺の言った「起きろ」という言葉に従って、無理やり体を動かそうとする力に変換されていくようだ。

 体中を麻痺させて痛みを感じなくさせて無理やり体を動かそうというように見えた。


 「狼!なんとしても起きろ!」


 俺の言葉で意識と体を動かす力を少しだけ取り戻した狼は、なんとか立ち上がろうと体を動かす。

 でも、それに気づいた黒いやまぶきは何かの力で狼を押さえつけて動かないようにしてくる。


 ”ブラウン、命令、ボク、守る”


 自分に言い聞かせるように吠える。

 そして俺の命令が機動力になって狼の力が少しづつ戻っていく。

 それと同時にいらなくなった俺の力は狼にまた吸収されて感じなくなった。

 押さえつける力を跳ね返すようにゆっくりと立ち上がる。

 狼の体から今度は何か俺が知らない感覚のものが湧いていくと体の小さな傷が無くなり、大きな傷も少しづつ小さくなっていく。


 これが狼の流れ狼に覚醒した時の力なのか?


 完全とは言えないけれど、黒いやまぶきの力を跳ね返すだけの力が出せるまでに回復したようで、拘束を自力で振り払ってそのまま俺の方へ駆け寄ってきた。

 俺の前で、俺の盾になるように尻尾を向ける。


 ”ありがとう、命令、おかげ、ボク、動ける”


 近くで見ると傷はある程度治っているようだが、脚元がまだふらついていて息が荒い。

 どちらかと言うと俺の言葉…命令で気力が復活したから何とか動けているみたいに感じる。

 俺を守ってる場合じゃない…よな。


 ”ボク、ブラウン、守る”

 ”違う!お前は主浩さんと同調して予定通りあっちお世界に行くんだ”

 ”でも、ブラウン、どうする、このままじゃ、やられる、それ、嫌”


 確かに今の状態で俺と黒いやまぶきと一対一になったら俺は反撃する方法がない。

 でも俺とふらふらな狼が黒いやまぶきと…その主ってのが来た時にやられてしまえば主浩さんはそいつに連れ去られてしまう…


 ”駄目だ、お前は計画通りに主浩さんとあっちに行く。死んでもいく、命令って言ったろ?”


 狼は尻尾を横に何回か振りながら不満そうなしぐさを見せる。けど…


 ”ブラウン、見捨てる、嫌…、だけど…、命令、守る、ボク、行く”


 気持ちを切り替えたのか、尻尾をぴんと立てて黒いやまぶきに威嚇を始めた。

 あいつもさっきやられたイメージが残っているんだろう、動けるのがわかってから俺達と距離をとって出方を見ている。

 主浩さんの入った黒い球を守っている?


 ちがう!持ち去ろうとしている。


 ”狼…、お前は見えてると思うけど…やまぶきの後ろにある闇の球の中…あそこに主浩さんがいる。あそこに入ることができたらなんとかなるかもしれない。いけそうか?”

 ”うん、ボク、たぶん、入れる、大丈夫”


 と言うことは黒いやまぶきが持ち帰る前に入ってしまえば何とかなるかもしれない…


 ”たぶん、あれも、闇、中、強制、記憶、消す、方法、長い、閉じ込める、記憶、減る”

 ”じゃあ…あの中に入ればお前も干渉を受けるのか?”

 ”うん…、ボクも、うける…、ボク、主浩さん、あそこ、出せる、力、ない…、だから、あの中、同調、する、時間、かかれば、ボク、記憶、なくなる…、かも”

 

 それを聞いて俺は何も言えなくなった。俺、どうしたらいいんだろう。

 このままじゃ共倒れだし…融合させれば記憶をなくしてあっちへ行ってしまうかもしれない…


 ”大丈夫、命令、守る、心配、しない、記憶、なくなる、探しに、来て…、生きてると、会える、ハズ”


 そう言うと尻尾の先から何かシャボン玉のようなものが出てきてそれに俺は包まれた。


 ”この間、吸い込んだ、力、少し、返す、その、球、丈夫、中で、見てて”

 

 狼は俺が中に閉じ込められたのを確認すると、ふらふらな脚に力を入れて黒いやまぶきの後ろにある黒の球の中にいる主浩さんの方へ走っていった。



 俺が黒いやまぶきを引きつけて、狼に主浩さんの所に行ってもらおうと思っていたのに、俺を頑丈な球の中に閉じ込めて1人で突入しに行ってしまった。

 黒いやまぶきは何かをぶつぶつと呟いていると、炎の球のようなものが現れて、一直線に走っていた狼を邪魔するように襲いかかる。

 それを避けながら前へ進もうとするのだけれど、量がだんだん増えていって避けられないと思ったのかいったん後ろへ下がってしまう。

 狼もそれを吹き飛ばしながら前へ進もうと左へ右へと隙をうかがってる?


 なんかこんな戦い初めて見た。

 炎がなにもないところから現れて、それが飛んで行って…

 大地と一緒にアニメでなんかは見たことあるけど生で見ることになるなんて。

 やまぶきが幻術を使えるのは知ってたけど、使ってもせいぜい目印の作成とか、多加美っちがあまりにひつこく追いかけてきたときに霧を作って目くらましにしたとか、そんな些細なことでしか見たことがなかったから、本気で使われたらどうなってたのか思ったらぞっとする。

 あれ?でも、やまぶきって炎なんて操れたっけ?

 そう言えば幻術しか今は出来ないって言ってたよな?

 俺も人のことは言えないけどやまぶきもよく考えたら不思議な奴だよな…

 まあ、取り憑いた奴の力なのかも知らんけど…


 それよりなかなか狼がなかなか黒いやまぶきの攻撃から突破できない。

 やまぶきがほぼ体力が満タンなのに対して狼は脚がふらつくほど体力を消耗している。

 それでも互角に近い攻防をしているということは、狼の方が格が上だからか?それともやまぶきに取り憑いた奴が体に慣れていないのか…

 それも今のうちだけで狼の脚が止まってしまえばそれまでになってしまう。

 あの中に入って掻き回さないと。

 そのためにはこの球の中から出ないと…

 この球が薄いくせに結構頑丈で、俺が体当たりしてもびくともしない。

 何度も何度も、いろんな所を狙っての物理的攻撃。今、俺が出来るのは体当たり、噛みつき、引っ掻きの体を使ったものだけ。

 物理的な力では全く駄目なのはわかってはきたけどあきらめたら負けだと何とかして外へ出ようともがいていたら…


 脚が滑って球の中でひっくり返った瞬間、球が転がり動いたような感触があった。

 もしかして…体をこすりながら球を廻すようにしてやると少しづつその方向へ動いていく。

 それが回せば回すほど進む速度が速くなって、気持ちが焦ってそれに集中しすぎて…気がつけばトップスピードになった俺が入った球がいつの間にか黒いやまぶきと衝突していた。

 その衝撃でやまぶきは吹っ飛んで、俺は衝撃で球の中でぐるぐると回されながら狼に受け止められた。


 ”今のふちにぃ…早くゥ…”

 ”でも、ブラウン…、大丈夫じゃ…”

 ”そんなろ関係ねぇ、気にしねくていいくらぁ…”


 回った目の中に一瞬見えた狼に向かってうまく吠えれなかったけど、行けと促した。

 でも狼は俺を受け止めた場所から少し動いたところで脚を止めた。


 ”なんで止まるんら、行けと言ったらろ?!”

 ”ここ、主浩さん、いる、場所”


 目がぐるぐる回ってわからなかったけど、狼に言われて先に回復した鼻でやっとわかった。

 それもさっきは入れなかったあの球の中のようだ。

 さっきは入れなかったのに、どうやって入ったのかは知らないけど狼に連れられたおかげで一緒に入れたようだった。

 俺を、その場に置いて狼は主浩さんの所へ向かう。

 めまいがゆっくりと回復していく中で、何も変化がなかったから何回か狼に同調を促したが何故かやろうとしなかった。

 早くしないと、黒いやまぶきが復活して邪魔しにくるじゃないか。匂いでは今はまだ吹き飛ばされたショックで動けてないから今がチャンスなんだけど…


 ”駄目、主浩さん、意識、違う、記憶、薄い、同調、無理”


 子供の姿に変えられた主浩さんはこの中の闇の力によって記憶を消されているのが原因か?

 でもこんなとこで足踏み出来ない。

 俺がなんとか目眩から回復した時、遠くに新しい匂いがこっちに向かってくるのがわかった。

 この冷やかな感覚は…闇に近い。

 黒いやまぶきが言ってた主のものなんだろう、たぶん。

 こっちへ向かっているような…まずい、このままじゃ…

 早くなんとかしなきゃ。


 その時思ってもみなかったなことがこの球の中で起こった…



 俺達がいるこの空間が収縮しはじめた。

 俺も狼も…ましてや外にいる黒いやまぶきも何もしていない。

 遠くにいる闇の影響も感じられない。

 と言うことは…

 いつの間にか気を失っていたはずの主浩さんが俺達の前に立っていた。


 「君が…俺を呼んだんだね?」


 俺を見ながら閉じ込められている球ごと何かの力で引き寄せられた。

 主浩さんは、ちょっと大きくなった奏太かなたくんのような姿で見た目、小学校高学年か中学入りたてぐらいまで若返っている。

 奏太くんを知らなかったら、せんせいが実験的に作った通信機が仕込まれたペンダントが主浩さんだと分かるぐらいだ。


 主浩さんは俺を知ってるはずなのにまるで初めてみるような目で俺を見る。


 『主浩さん?あなたがこの空間を操ってるの?』

 「違う…けど、えっと…君誰だっけ?俺の名前知ってるってことはたぶん知り合いだと思うんだけど…思ったんだけど…あれ?…俺…君、知ってたっけ?」


 狼が言ったとおり、記憶が微妙に消されていて、変な答えが返ってきたけれど、犬の俺が喋っても気味悪がられないということは基本的な記憶はまだ消えてないってことなんだろうか?

 主浩さんも違うとなると、時間かなんかで作動するようになってんのか?

 それより声まで奏太に似ている…親子なんだから当たり前なんだろうけど、こんなに奇麗に若返るってどういうことなんだろう。

 これが主って奴の闇の力だったら…俺達の常識じゃ考えられない力を持っているってことなんだろうか?

 やまぶきかクロに聞いたら何か分かるかもしれないけれど今はわからない。

 目の前の現実を受け入れて最善の方法をって…そんな落ち着いてられるかって…


 俺が包まれている球を主浩さんは掴みながら、俺をじーっと見つめている。

 「ねえ?俺はどうしたらいいんだ?俺にまとわりつく黒いのが増えていったら記憶がだんだん無くなっていくような気がするんだけど。君がそうしてるんだろ?同じ黒いものが周りを覆ってるし…」


 俺のせいじゃないって言いたいけど、主浩…くんはここの闇のせいで俺の中にある闇を感じれるようになっているのか、それに反応している。


 ”主浩さん、記憶、少ない、どうする”


 狼は不安そうに俺に向かって吠える。

 反面、主浩さんは闇によって自分の立場がどういったようになっているのかすらわからなくなっているようだった。


 「闇が…君が俺を呼んでいるような…俺を何かに変えていくような…」

 『何をよくわからないこと言ってるの?』


 「君の中にある…黒い光が…俺を呼んでいる…俺が欲しいって…」


 その言葉に俺の背筋が凍った。

 何か忘れていた感覚が俺の心を揺さぶる。

 急激に増え始めた黒い綿が主浩さんの体をどんどん包んでいく。

 肌がだんだん黒くなって、背景に段々と溶け込むように見えなくなっていく。


 それと同じく俺を包んでいる球の外にも靄のような闇がかぶさってるる。

 球がバリアーになってるからなのか中には入ってこないんだけど…

 まるで魔法で使われる水晶玉のように外には不思議な闇の霧がゆっくりと、段々厚みを増していく。

 何かがそれに反応して心のどこかで俺の何かを引き出そうとしてくる。


 黒い光…


 主浩さんが言って物が俺の意識にゆっくりと定着していくと、それは俺の心の奥底から引き出されて…

 俺の中の黒い光、闇がゆっくりとゆっくりと目覚めていく。

 わけの分らない状態なのに冷静になった行く自分がいる。


 同調させなきゃ…

 主浩くんがおかしくなる前に…


 そう思って、狼の方へ向きなおすと、いつの間にか俺の球を介して狼の体にも黒い霧がまとわりついている。


 ”ブラウン、何、これ?”


 狼も驚いてはいるようだったけど、特に変わったような感じはしない。

 だけど、狼は俺を怯えるような目で、警戒するように尻尾を立てて、被毛を逆立てている。

 今までそんな目で見られたことなかったのになぁ?


 ”狼、どうした?”

 ”ブラウン、黒い、光、出てる、変な、力、ある、おかしい”


 狼にも黒い光が見えているのか…

 何だろう?こう…同じものが見えてるなら…

 それがきっかけで同調できるんじゃないの?

 そう思ってると、俺のじゃない闇を介して二人から同じような匂いを感じた。

 狼と主浩さんの匂いは、細くて、不安定で、そして暖かい匂い。


 その心に触れて俺の中にできた闇の光、俺の闇の力…

 心を変える力が発動した。


 その匂いは…俺の中で二人の思考に変換されて、闇の光に吸収されて…


 俺の闇が心をくすぐる…

 狼の不安が、主浩さんの消された記憶の跡が、それが俺の中をめぐっていく。

 俺の中心の黒い光に照らしてやると狼の思考が主浩くんのものと同じものに書き換わる。

 そしてそれは狼へと戻してやると落ち着いたのか尻尾をたらんと下に落とす。

 無理やり消された不安に戸惑いながら、狼はゆっくりと主浩くんの方へ歩き出し、何を言っているかよくわからない唸りを発している。

 そしてそれがきっかけになって、狼の周りを闇を跳ねのけるように薄い白い光が覆いだした。


 ”主浩、つながる、俺、やる!”



 

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