05-3 アオのやまぶきへの変心
05話6-7をまとめました
”ボクは…アオ…じゃなくて山吹…なんですかネェ…”
アオが突然つぶやいた。
急になんだこいつ。俺はただつぶやいただけで、お前に話しかけたわけじゃないぞ。こんなことにいちいち反応するか?
”俺はただ、お前の毛の色が名前のアオじゃなくて山吹色だと思ってつぶやいただけ…”
”あわわわ…これ以上それを言わないで下サイ”
地面にすりつけた顔を横に振りながら苦しそうにアオが吠える。そして後ろ脚を蹴りながら何かを我慢しているように見える。
”なんだよ、お前が勝手につぶやいたんだろうが”
”これには…理由がありまシテ…さきほど…言いそびれたのデス…が、幼獣の願いを叶えてしまいまシテ…これは…ボクの失敗なんでスガ…”
苦しいくせに淡々とうっとうしい言い回しで…我慢すんなよ、こっちまで痛い気分になるじゃないか…
”まわりくどい!もっと簡単に言えよ!”
”ボクの力に反応した…幼獣の未熟な魂がボクを…放してくれないノデ…”
”だから!どうだっていうんだよ”
”未熟な魂は熟した魂を吸収しようとシマス…つまり…ボクの魂が…幼獣の魂に…取り込まれそうなん…デス”
え!それって一大事じゃないのか?
それ聞いて俺はどうしたらいいんだ?
”アオ!おい、大丈夫なのか?”
”大丈夫…じゃ…ない…デス”
”俺は…どうしたらいいんだ!”
”しばらく…黙ってて下サイ。なんとかここを乗り切レバ…”
さらに苦しくなったのか頭を地面にこすりつけて痛みで自我を保っているようだ。一生懸命もがいて苦しんでいるアオを見ていたら突然、頭の中に声が聞こえた。
…コイツノ名ヲ呼べ、ソシテ新タナ魂ヲ創レ…
その声に俺の頭が一瞬真っ白になって、ひとつの単語だけがくっきりと浮かんできて…
”山吹…”
声の指示に従って勝手に違う方の名前を呟いていた。
”その名前は…止めてくだサイって言ったのに…ボクは…やまぶきじゃ…ボクは…ヤマブキ…あなたが…余計なコト…言ったカラ…ボクは…ヤマブキに…幼獣が…ボクを!!”
叫んだと同時に体全体が大きく体が跳ね上がった。大きな黒眼が一瞬ギュッと絞られるように小さくなって、ゆっくりと元に戻っていくと瞳の色が黒からきれいに輝く蒼に変色していく。
苦しそうだった顔がなにか吹っ切れたように穏やかになって、もがくのをやめ、全身いらない力が抜けたように四足で立ちあがった。
”ボクは…やま…ぶき?…ボクは…やまぶき…なんだ…”
なんだ…?名前を繰り返し自分に言い聞かせるように復唱してる。
それに…俺に近づいて来たかと思ったら体の匂いをこれでもかとばかりに嗅いで来る。
”ボク…に…近い…この匂い…心地いい匂い…これ…覚える…”
いっ!なんだこいつ…体が小さくなかったら蹴飛ばしてるぞ。
気持ち悪いので俺が1歩下がるとアオはついてくるように1歩寄ってくる。
そしてアオが俺の匂いを嗅げばかぐほど丸まった尻尾が徐々にぴんと立ちはじめて横にゆらゆらと振りはじめる。
”覚えた…大事な匂い…”
やっと嗅がれることから解放されたけれど、アオの言動がだんだんおかしくなてくる。
今度は変化した蒼い目で俺をこれどもカというぐらいに見つめる。
じーっと見つめられるとなんだか俺の奥底まで覗かれていくような気分になっていく。それにたえられなくなって視線をそらしてしまった。
”おまえ…大地の調査しないといけないんだろ?
”人間の…調査…大事…でも…あなた…知る…これ…もっと…大事…”
その言葉に恐怖を感じて背筋に寒気が走った。なんだよこれ、何のホラー映画なんだよ…
赤子丸出しでまだきれいに生え揃ってなかったアオの全身に、山吹色の奇麗な被毛が覆っていく。
生まれたてでまだ少し、力の入れ方が微妙でおかしな立ち方をしていたハズが堂々と四足で立っている。
”ボク…犬…山吹色…犬…ボク…やまぶき…いい…名前…”
耳をぴんと立てて舌を出して甘えるようなしぐさを見せる幼獣が俺の目の前で動く。
”おい!どうした!”
”この声、この匂い…知ってる”
うれしそうに吠えた声が、さっきまでは幼獣を引きずってたどたどしかったのが一鳴きごとにはっきりと、一言ずつ意思を乗せて吠える幼い犬特有の言葉に変化していく。
”この匂い、声、ボクの、やまぶき、初めて、呼んだ、…おいら、大好き”
体が一回りも二周りも大きくなって…肉付きもしっかりとしたちょっと幼さの残る紀州犬のような成獣が俺の視線の少し下ぐらいにまで大きく成長して止まった。
”おいら、監視、役目…違う、おいらは…”
もうさっきのいらっとした雰囲気は全くない。一匹の育ち盛りの成獣が目の前にいる。
そして目を輝かせ俺の体を確認するように一周して俺の顔を下から見上げ、じっとしている。
耳をぴんと立て背筋を伸ばし、まっすぐ何かの意思をもったような目で俺を見ている。それは俺の一言を待っているかのように
”おい!アオ、どうしたんだ?”
”アオ?、違う、おいら、やまぶき、ブラウン、今、名前、くれた、忘れた?”
”何の冗談言ってんだよ。お前は…”
”冗談、違う、おいら、真剣、やまぶき、ブラウンの、童子”
なんだ!
見た目だけじゃなくて中身も変わったのか。
これは…俊夫くんのときと似てるけど何かが違う。何だろう…
そう言えば、さっき幼獣の思考がどうたらこうたらとか言ってた記憶が…
アオのやつ、もしかして幼獣に乗っ取られたのか?
都合のいいとこだけ記憶を残して!?
俺に堂子ってのはよく分らんけど、もしかして子供とかそういう意味?
おかしいよな、なんでだ?
ヤマブキは俺の声を聞くと楽しそうに尻尾振ってうれしそうにしているが俺はしばらくその場で呆然として動けなかった。
時間がたって少し落ち着いてきたから、何でこんなことになったのかもう一度整理してみようと思ったら…
そう言えば…なんでこんなことになったんだ?崖の下に雌犬がいて、その中にアオがいて…いや、それよりちょっと待てよ待てよ…
なんであんな崖の下に雌犬がいたんだ?まさか…
雌犬が境内の崖の下にいたのは事故だったようで、落ちたショックで出産して体力を消耗し、気を失って雄犬が介助していたところに近くを通りかかった子供がいたのでいたずらされると思った雄犬が威嚇したという流れのようだ。
本来、家畜の俺はは野良や野生の動物に手を貸すことはしてはやってはいけないことだけどヤマブキが必死に助ける姿を見て、こいつがこうなったのは俺の責任…ということでこの犬の家族を最低限だけど手助けすることにした。
俺が3年間で身につけた食べられる雑草やきのこ類の知識で、栄養価の高くて消化しやすいように加工したものを取らせた結果、なんとか雌犬も体力が回復してその場は何とかなった。
その結果、俺は恩人ということになってしまって、お礼に…ヤマブキがついて行きたいと言ってきた。なんでそうなる?
今日のところは実の両親をもといた山に連れていくためにここに残るのだが、そのあとは俺についてくると言い張る。いや…そんなに簡単に生き物が知らない土地へホイホイとついてきてもいいのだろうか。
でも、なんだかんだで押し切られて連れていくことになってしまった。
それより…犬が家に帰って子犬を拾ったから飼いたい…なんて言えるか!そんなもん。
ヤマブキは…家は迷惑がかかるから俺の近辺で生活できるのであれば、山で過ごすと言い張る。
連れていく約束をしたからにはきちんと面倒を見なきゃいけないけど…山の生活は最初は一人は辛いだろうから我慢して群に慣れてもらって、それからどうするか考えてみるか…
とりあえずパパにやまぶきを連れて帰ることを頼みにばーちゃん家に戻ったら、ママがかんかんになって怒ってた。無断で出て行って帰るのが遅くなったうえに体中ドロドロのままだったからだ。
罰として日曜日は大地に近づかせてくれなかった。
来週はパパの用事でこっちには来れないので、ママが家に帰ってくる2週間の間、大地とは会えない。そのあとはずっと一緒なんだけど、やっぱり目の前にいるのに会えないのはさみしい。
つまんない…って思ってたらばーちゃんが俺を慰めようと相手をしてくれた。
あー甘えるのあんまりよくないと思ってるのに、今日のばーちゃんは特に優しく見えるから甘えるの我慢できない…もうすぐ4歳になるのに・・・・
で、やまぶきの方は何とか車に乗せて帰ってくれるとパパは言ってくれたので一安心かな。
そして約束通り夕方に、やまぶきを迎えに行ってそのままばーちゃん家からパパの車で俺の住む米原に戻って行った。
パパは…密かにママと相談していて、その犬も飼ってもいいんだぞと言ってくれたんだけど…やまぶきは嫌がった。なんでと聞いても嫌の一点張り。犬になって人工物に拒否反応をおこしているんだろうか?車に乗る時も嫌がったし…
家についたのは夜中だったので今日は一晩俺の家に入れてやろうとしたけどそれも嫌がった。さすがに夜中に知らない土地に一人放置させるのはまずいので無理やりうちに泊めた。俺が真剣に怒ると悲しそうな眼をしながら大人しくしたがってくれた。でもやっぱりここで飼われるのは嫌だと譲ってくれない。
仕方ない…明日の朝、光喜くんとの散歩が終わったら山に連れていこう。
そうなったら…ヤマブキをクロの群れ…実際はほぼギンの群れに預けて山の生活に慣れるようにしてやらないと、今の俺にべったりの状態では困る。ギンは面倒見がいいしわけ隔てしないし、どんな奴でそれなりに扱える奴だから多分すぐに群れには慣れてくれると思うんだけど…それでいいのかなぁ。ますます元に戻せなくなるよな…
ーーー
…姿ヲ変エ、名ヲ変エ、心ヲ変エ、支配スル…
…ソレガ依リ代ノ闇ヲ育ムチカラ…
…ソレガオ前ノ役目、オ前ノ本能…
ーーー
謎の声パッと目が覚めた。
誰!?
左右を見回すと幸せそうに俺に寄り添って寝ているやまぶき以外に誰もいない。
あれ?なんかやな声が聞えたと思ったんだけど…なんだったっけ?
夢だったのかな?
嫌な夢だったような気がするけど、真剣に思い出せない…




