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英雄よ、空に眠れ  作者: 木戸陣之助
小さきもの

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第十四話

 光なんて通せやしないほど、曇天に覆われたような目をしていた。

 人とのかかわりが多いほうでないわたしでも感じ取れるほど、何かに絶望しているみたいだった。よわよわしく、かすれた声で少年はわたしの名前を呼んだ。


「……会ったこと、あるのかな」

「いいえ。はじめまして、だとおもいます」

「じゃあ、どうしてわたしの名前を?」


 そう尋ねると、少年はゆっくりと立ち上がって、


「よかったら、中で話しませんか」

「そこまではしなくていいよ。わたし、行くところあるから」

「お気になさらず。この家には、ぼくしかいないから。それに」

「それに?」

「アンジェリカさんには、お話しておきたいことがあって」


 事もなげに伝える姿は、もうこんな毎日には慣れている。と言いたげだった。それから少年は、踵を返して寂れた家の中へと入っていった。それからすぐ、どうぞと言ってわたしに入るよう促した。何度か断ろうとしたが折れなかったので中に入ると、小ぶりの椅子と雑に切られた木板の机が出迎えた。買ったもの……ではないと思う。


「おすきなところ、すわってください。お荷物は適当なところにどうぞ」

「う、うん……じゃあ、お言葉に甘えて」


 荷物を置いて対面の椅子に座る。少年は立ったまま動こうとしない。


「あれ、椅子は?」

「うちには一個しかないので、どうぞ使ってください」

「だ、だめだよ。家主が座らなきゃでしょ」

「いえいえ。おもてなしも出来ないなんて、救えないにもほどがあるので」


 これ以上断るとまた危ないことをしかねないと思ったわたしは、しぶしぶ用意された椅子に腰かけた。それからすぐ机の上にコップが差し出される。入っているのはお湯だった。水面からは底が透き通って見え、ところどころに傷が入っていた。それでも汚れらしきものは見当たらない。ずっと使ってきたんだろう、そのうえで大事にもしてきたのかもしれない。

 

「いただきます」


 そっとへりに口を付ける。そのまますすり込むと、体の中にほどよい熱を持った水が入り込んできた。雨風や雪に晒された体がじんと温まる。すっと体の力が抜けた気がした。


「あったまるね」

「それはなによりです。水を造るのは数少ない長所のひとつですので」

「水を造る? どういうこと」

「せっかくなのでお見せしましょうか」


 そう言うと、少年はコップをもう一つ机の上に置いて、手をかざした。

 すると、コップが橙色に輝いて底から水がじわりと湧き出てきた。八分ぐらいの高さまで溜まったところで、少年はすっと手を引いた。橙色の輝きは音もなく引いて、最後には消えた。


「……魔法?」

「知っているんですか?」

「うん、わたしもよく魔法使うからさ。君みたいに無言では使えないけど」

「まあ、そうですね。これは生まれ持った性みたいなものですよ」


 達観している、と言って良いんだろうか。

 見た目はいかにも子供って感じなのに、言葉遣いが不自然なくらい大人びていた。そしてふとした時に、濁った眼で窓辺をぼんやりと見つめる。それが妙に引っかかる。

 そんなわたしに気付いたのかは知らない。遠くに向けていた目をゆっくりとこちらに合わせると、


「そうでした。自己紹介が忘れてすみません」


 身なりに合わない、ていねいな仕草で深く頭を下げた。


「ぼくは勇者。いずれ魔王を倒す、その宿命の為に生まれたものです」


 しん、と音が消えた。


「……えっと、何かの冗談かな?」

「いいえ。先代の英雄より記憶を受け継ぎ、後に魔王を倒す使命を与えられました」

「いや、流石に信じることはできないよ」


 そうですか。と言うと、少年は、


「ぼくがロイの最期を知っている。と言えば、信じてくれますか?」


 吸い込まれるような目だった。どこまでも続くような、一生終わりが見えないような、そんな瞳だった。でも、それ以上に彼の言葉だ。

 今、この子、ロイって言ったよね?


「お知り合い、なのかな?」

「いいえ、会ったことはありません」

「じゃあ、なぜロイのことを?」

「彼もまた英雄という運命に縛られた男。アンジェリカさんなら知ってますよね?」


 もちろんだ。旅に出る前に彼と一緒に声を交わし、途中で忘れてしまったこともあったけど、村を出ていく最後の姿までわたしは見届けた。ひょっとしたら、この子にも魔王の死の報せが届いたのかもしれない。

 しかし、こんな場所に報せなんて来るんだろうか。この子はいったい、何で知ったんだろう。


「英雄とは代々記憶を継承し、新たに生まれた魔王を打ち滅ぼすべく、その身を捧げる」

「記憶を継承……?」

「ええ。ロイはアンジェリカさんには伝えなかったようですが、少なくとも我々にはそういった特殊な力が存在します」


 ロイは勇者だ。魔王を倒して死んでしまった。それなのに、この子は今、魔王を倒す勇者と名乗った。冗談を言っている。そうだ、子供が考えた、ちょっぴり残酷冗談なんだ。そう思おうとした。


「ちょっとまって。ロイは、魔王を倒したんだよ?」

「はい、彼は魔王を倒しました。民衆からすれば、さぞ立派な最期を遂げたでしょう」

「じゃあ、なんで。なんで、貴方が勇者だっていうの!? ロイが魔王を倒したんだから、もう魔王はいないじゃない!!」


 でも、この子は会ったこともないのにわたしの名前を知っていて、ロイとわたしのつながりも知っている。それが嫌でも現実味を帯びさせる。身体から血の気が引くのが嫌でもわかる。


「魔王は直に生まれます」

「は?」

「魔王が消えることはありません。我々という存在が消えることがないように」


 頭が真っ白になった。

 そんなわたしが浮いて見えるほどに、当事者と名乗る子供は、どこまでも落ち着いた様子で淡々と告げた。


「この運命の輪が終わることは永遠にありません」

ここまで、ご覧いただきありがとうございます。

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