第168話 本気の怪物
――押し切る。
誰もが、そう思っていた。
ノー・アイズ。
残る触腕は、二本。
「行くぞォ!!」
バルバスが踏み込む。
水流を蹴り裂き、
真正面から叩き込む一撃。
ドォンッ!!
攻撃が触腕に直撃し、
巨体がわずかに傾ぐ。
「今だァ!!」
その背後。
待ち構えていた影が――弾けた。
アッシュ。
トライデントを構え、
一気に間合いへ滑り込む。
「――貫く」
ズバババッ!!
高速の連撃。
正確無比に、
同一点へ叩き込まれる突き。
蓄積された衝撃が――
限界を超える。
バキィッ!!
触腕が、根元から砕け散った。
「一本!」
♢
「……次」
間を置かず。
エクセイルが、動く。
姿が、消える。
踏み込み。
加速。
一直線に――懐へ。
「穿て」
ズンッ!!
槍が、深く突き刺さる。
だが――
(まだ、浅い)
その瞬間。
「任せなさい」
横から滑り込む影。
グレイス。
その手には――巨大なハープーン。
狙いは、ただ一点。
触腕の“根元”。
「――外さないわよ」
ドォンッ!!
発射。
重厚な一撃が、
触腕の基部へと突き刺さる。
拘束。
そして――
「引き千切れッ!!」
バルバスの声と同時に。
グレイスが、引く。
ギギギギ――ッ!!
軋む。
裂ける。
そして――
ブチィッ!!
触腕が、強引に引きちぎられた。
「……これで」
エクセイルが、静かに言う。
「全部だ」
――これで。
完全に、四肢を奪った。
はずだった。
♢
一方――別戦線。
「右から来るぞ!!」
ダインが叫ぶ。
その直後。
小型海魔の群れが、一気に押し寄せた。
「っ、数が多い……!」
ネーレウスクランのダイヴァーが呻く。
だが。
「慌てんな!!」
ダインが前へ出る。
武器を大振りに振り抜く。
ドォンッ!!
まとめて数体を吹き飛ばした。
「ライアン!左を抑えろ!」
「任せろ!!」
ライアンが素早い旋回。
海魔を迎撃しながら、前線を押し戻す。
「ジャンヌ!後衛の援護を!」
「わかってる!」
ジャンヌのクロスボウの弾丸が乱れ飛ぶ。
群がる小型海魔の動きが鈍る。
さらに――
ズズンッ!!
巨大な白影。
コロッサル・スクイード。
残る三体のうち一体が、
ダインたちの戦線へ迫っていた。
「デケぇな……!」
ダインが獰猛に笑う。
「だが――止めるぞ!!」
突撃。
真正面からぶつかる。
重い衝撃。
それでも、退かない。
「おおおおッ!!」
押し返す。
その背後から、
バニッシュクランのダイヴァーたちが一斉に攻撃を叩き込んだ。
ズガガガガッ!!
触手が裂け、
白い巨体が揺らぐ。
「今だ!畳み掛けろ!!」
援軍の到着。
それは単なる戦力追加ではない。
崩れかけていた戦場を、
再び“戦える空気”へ変えていた。
♢
――だが。
静寂が、来ない。
「……?」
バルバスが眉をひそめる。
ノー・アイズは――
止まらない。
むしろ。
その巨体が、ゆっくりと“うねる”。
腕を失ったはずの胴体が、
波打つように歪む。
「おい……なんだ……?」
次の瞬間。
――ゴォォォォォォォォォッッ!!
圧。
それまでとは、比べ物にならない。
水そのものが、押し潰されるような重圧。
「……っ!?」
グレイスの目が、見開かれる。
(違う……これが――)
本来の。
“本体”。
♢
ブォンッ!!
ノー・アイズの巨体が――しなった。
次の瞬間。
鞭のように、弾ける。
「なっ――!?」
突進。
触腕はない。
だが――
“体そのもの”が、凶器。
ドォォンッ!!
バルバスが弾き飛ばされる。
「ぐあっ!!」
グレイスも、距離を取る。
アッシュが即座に回避。
だが――速い。
軌道が、読めない。
「動きが……変わった!?」
さらに。
――ブシュゥゥゥゥッ!!
黒い“墨”が、大量に吐き出された。
一瞬で、視界が塗り潰される。
「……視界が!」
「チッ……!」
何も、見えない。
気配すら、曖昧になる。
そして――
圧だけが、増していく。
♢
「くるぞ!!」
ガンツの怒号。
別戦線。
コロッサル・スクイード。
五体。
そのうちの一体へ――
ガンツとルキアが踏み込む。
「抑える!」
ガンツが受ける。
ドォンッ!!
触手を弾き、
軌道を逸らす。
「……行く」
ルキアが滑り込む。
最短距離。
目を、撃ち抜く。
ドゥン!!
巨体が揺れる。
だが――止まらない。
「……数が多いな」
冷静に、呟く。
だが動きは止めない。
斬り、撃ち、削る。
確実に――崩していく。
♢
「……来るよ!」
ナナミが叫ぶ。
目の前。
コロッサル・スクイード。
前に戦った、あの時と同じ。
――違う。
(人数が少ない。今はガンツさんとルキアさんがいない)
五人じゃない。
三人。
だが――
「いける」
ニーナが笑う。
「前より、私たち強くなってるんだから」
「……ああ!」
ホープが盾を構える。
ナナミも、槍を握り直す。
恐怖は――ある。
だが。
(もう、やられそうになった……あの時とは違う)
触手が、振り下ろされる。
ブォンッ!!
「任せて!」
ホープが受ける。
ドォンッ!!
踏み止まる。
完全には止められない。
だが――
「流した!」
軌道が、逸れる。
「ナナミ!」
「うん!」
踏み込む。
以前は、弾かれた。
届かなかった。
だが――
「通す」
魔力を、調整しながら込める。
ムーンライトが、淡く輝く。
ズバッ!!
触手の根元へ、深く食い込む。
「いける!」
確かな手応え。
ニーナが横から切り裂く。
ズババッ!!
さらに――
ドゥン!!
ボウガンで、目を撃ち抜く。
「今だよ!!」
三人の連携。
以前よりも、速く。
正確に。
そして――強い。
ブチィッ!!
一本。
触手が、落ちる。
「もう一本!」
ホープが押し込み。
ナナミが突き。
ニーナが斬る。
連撃。
連携。
積み重ねた経験。
――三人で。
崩す。
ズンッ!!
巨体が、大きく揺れ――
崩れた。
「……やった!」
ナナミが息を吐く。
「三人で……倒せた」
確かな、成長。
だが――
♢
――ゴォォォォォォッ!!
再び、咆哮。
黒い海の奥。
ノー・アイズ。
墨の中で――暴れている。
「……っ!」
ナナミの背筋に、寒気が走る。
さっきまでとは、違う。
明らかに。
「……本気、出してる」
圧が、違う。
戦場そのものが、支配されていく。
視界は奪われ、
軌道は読めず、
回避も困難。
まるで――
“見えない怪物”が、暴れている。
♢
「チッ……面倒なことになったな」
バルバスが舌打ちする。
墨の中。
わずかな気配を頼りに、距離を取る。
「……だが」
エクセイルの声。
低く。
鋭く。
「面白ぇ」
その目は――
まだ、死んでいない。
むしろ。
燃えている。
「ここからが……本番だ」
――深淵の主は、牙を剥いた。
戦場は、極限へと沈んでいく。
⸻続く




