白の看守
「くっ……なんだ貴様は!」
運悪く、辿り着いたのは人の真上だったらしい。
「す、すみません」
慌てて飛び降りると、私の下敷きになっていたのは白いふわふわとした癖毛の気の強そうな女の人だった。
「あの、大丈夫ですか?」
「ああ。で? 何故上から降ってきた?」
「よくわからないんです」
そう告げれば彼女は舐めるように私を見回す。
「大方あの馬鹿のせいだろう」
「あの馬鹿?」
「カトラスとか名乗っている詐欺師だ。全く、休日にまで仕事とは」
彼女は少し、いや、もともとかもしれないが苛立った様子で爪を噛む。
「ストレス溜まってますね」
「すとれす?」
「えっと……精神的に疲れてませんか?」
「それはあの上司のせいだ」
「上司?」
「宮廷騎士団長ユリウス。あの忌々しい馬鹿がまた仕事を押し付けてくれた。折角休暇が取れたと思ったら今度は貴様が問題を運んでくる! どうなってるんだ一体!」
「す、すみません……」
今、私が彼女の上に着陸してしまったことは不可抗力だったとは思うが、女性を下敷きにしてしまったのだ。文句は言えない。
「ところでジルがなにか?」
「騎士団長を知っているのか?」
「えっと、まぁ」
図書館の許可証をくれた彼のことだろう。あの不機嫌そうな三白眼は覚えている。
「私はあれと居ると酷く疲れる」
「あ、わかります」
「そこでだ。貴様、カトラスの情報を持っていないか?」
「カトラス?」
「スペード・ジョアン・アンジェリスという魔術師だ。あれは宮廷にも影響を及ぼす事件を頻繁に起こす。捉えれば即処刑だ」
彼女は本当に忌々しそうに言う。
「貴女も宮廷騎士?」
「ああ、私はミカエラ。宮廷騎士団監獄部看守長ミカエラ・カァーネだ。リヴォルタの連中は私を番犬と呼ぶ」
「リヴォルタ。ああ、アラストルが絶対に関わるなって言っていた奴らだ」
思い出した。確かリヴォルタは敵味方関係なく無差別攻撃を仕掛ける集団だと。いや、彼らにとっては「自分以外」全て的なのだろう。とにかく連中には関わるなとアラストルはうるさく言っていた。それでも、それは噂の範疇でしかないと私は思う。現にリヴォルタの人たちには会ったことがないのだから。
「それでカトラスの情報は持っていないのか?」
「スペード・J・Aならつい先日も酒場で会いましたよ」
「何?」
「王子様とガキ、じゃ無かった、ナルチーゾ伯と代名詞と一緒にポーカーしていました」
うっかり恐怖の代名詞をガキ呼ばわりする所だった。
「ポーカー? 何故貴様が酒場に?」
「お遣いです」
「ガキが入る所じゃないだろうに」
ガキ? この私が?
「ちょっと待って! 私は18だ!」
「十分ガキだろ」
ミカエラは呆れたように溜息を吐く。
「もういい……みんなガキガキって……」
哀しくなってきた。
「帰る……」
アラストルの場所へ。だってそこしか行き場が無い。
「待て」
「何?」
「そっちはお前の行く場所じゃない」
「え?」
一体何の予言だろう?
確かに私は今、帰り道の方角がわかっていないけど……
「そっちは遊郭だ」
なるほど、そういう意味か。
「そんなに堂々と営業してるんだ……」
「普通だろう」
「詐欺師は取り締まって遊郭は取り締まらないんですか?」
「別に問題はなかろう。奴らも好きでやってる。それに詐欺師は別に取り締まらん。だまされるほうが悪い」
ああ、なんとも冷め切った考え方だ。だけど妙に納得がいく。
「貴様みたいな子供はこっちの道を通れ」
「こっちは?」
「商店街だろう。どう見ようとも」
確かに。
「私はこれで」
「気をつけろよ」
「子供扱いしないで下さい」
もう、みんな揃って子ども扱いだ。
この国の成人は13だったはずだが?
だけど、以外にもこの犯罪者の国には「いい人」が多いようだ。おそらくは本質的には世話を焼きたがる人間が多いのだろう。
その事実にかなり驚いていることは言うまでも無い。