ボスキャラ vs. 勇者ウェルテルウス with ナシフ村のみなさん
「出陣!」
アカリはどこから取り出したのか防具を身につけている。軽装で、動きやすそうな鎧だ。動物の皮に魔法がかかっている生地を使用しているらしく、軽くて堅牢な鎧なのだろう。
「アカリ様のためならなんのその!」
軽傷者たちがその後をずんずん付いていく。およそ50人。村の中央広場までわずか半キロくらいの道のり。前からはどんどん撤退してくる村人や職員の姿があった。
「どこへ逃げるっていうの?!この村にはもう逃げ場はない!さあ私達と一緒に行きましょう!コルビンさんも付いてるから死にそうになっても大丈夫よ!」
「え……」
と言葉を失うコルビンであったが、アカリが耳打ちしてきた。
「嘘も方便よ。まあうまいこと魔力回復ポーションを見つけてよ。もしくは回復してる振りだけでいいから。プラシーボよプラシーボ」
「はあ……」
アカリの声を聞いて村人達の士気が上昇した。これはひとかどの人物なのだろう。いつのまにか白馬に乗っているアカリは凛々しく確かにどこかの国のおてんばお姫様だった。
『ウウウ……』
うなり声や地響きがすぐそこまで迫っている。角を曲がると、遠くに"そいつ"はいた。
「でけえ……」
それが誰しもが持った感想であった。三階建ての家ほどにある身長。それに加えて、人間ごとき軽くひねり潰せる巨大な手。人を串刺しにする鋭い指。体中が硬そうな鱗に包まれていてとても棍棒で倒せる相手ではなさそうだった。
「どうやってあんな敵を倒せばいいんだ?」
「オラのクワでもさすがにあれは……」
さすがのアカリも青ざめていた。これではどうしようもない。
『フ。余りに圧倒的な力の差を感じ取り、戦意を喪失しおったか!』
ボスキャラが高笑いをする。
『ふははははははは!』
「ふははははははは!」
「ん?!」
『むぅ?!」
二つの笑い声が混じっていた。そしてボスでないほうの笑い声、それまさしくあの、
「勇者ウェルテルウス様、今ここに見参!」
勇者であった。
「遅くなって申し訳ない村の衆、それにアカリ!こっちはあらかた片付けたからもう安心していいぞ!」
『むう、勇者だあ?わしの一撃を受けてみよ!』
「まだ話してる途中だろうが!ちょっとくらい待てよ!」
ボスキャラの攻撃をひらりとかわし、抜き打ち様に一撃を喰らわせた。ボスが少し揺らぐ。村人達から歓声が上がった。
「さっすが勇者様だべな!」
「おいしいところを全部持っていけるところはさすがじゃ!」
「……」
アカリが顔を手で覆った。皆ボスの方に夢中だったが、コルビンはそれを見逃さなかった。一体どうしたと言うのだ。
「さあさあ、どこからでもかかってこいや!」
『ム、猪口才な!』
ボスは完全に頭に血が上っている。勇者を血眼になって狙い始める。しかしすべて大降りで、勇者は楽にかわした。
「もっと近くで勇者様の勇姿を見たいのう!」
「少しくらい近寄っても大丈夫じゃろう」
「まあ、ちょっとくらいならいいはずだべ」
村人達はゆっくりとボスに近寄った。コルビンはそのとき鼻を突くある匂いを感じた。
「何か、血なまぐさくないか?」
「へ?こっちは怪我人ばかりだから、その匂いでしょうよ」
「いや、それとはまた別なんだ」
「コルビンの思い違いでないだべか?」
「おかしいな、気のせいか……」
しかし、その考えはすぐに証明されることになる。
「ああっ、勇者様が!」
一撃を喰らってしまったのだ。そしてそのとき、防具の隙間から血がぽたぽたと流れ出したのである。
「もう……やめて……!」
アカリが嗚咽を漏らす。コルビンにはすべてがわかった。勇者ウェルテルウス、実は満身創痍でこの戦いに望んでいる!
「くそ……僕にも力が、もう少しの魔力があれば……!」
魔力切れを起こしているときほど無能感に苛まれることはない。コルビンはこのまま消えてしまいたいと思っていた。
「おいおいどうしたべ。勇者様が起き上がらねえべ」
「ちょっとふっとんだだけじゃねえか」
「ポーションを飲めば回復するべな」
「え、もしや」
「もしかして……」
村民達の間にも疑心暗鬼が生まれ、それはすぐに現実世界での形となって現れた。
「勇者様はもう戦えないのか!」
再び大混乱が始まった。村は絶望の淵に叩き落されたのである。




