最悪の日
「緊急避難警報!デーモンが村の広場に現れました!緊急避難!全村民は家の中に入り、地下室等の安全な場所に逃げてください!繰り返します……」
この日、皆が恐れていた最悪の事態が起きた。後に最悪の日と呼ばれるこの事件。いつものごとく村役場に集合した職員達に知らされたのは、村人に死傷者が出たという一報だった。
「これまでにも死者が出たことはあった。しかしそれは援軍に入ってくれた勇者殿の一行じゃった。本日、ついに村から最初の犠牲者が出てしまったのじゃ……」
村長がぐるりと皆を見回す。どれも真っ青な顔をしている。「臆病者」コルビンは両耳を押さえている。アカリ姫もさすがに青ざめている。報告を行うのは村の広報統括官であるホルムズだ。
「まずは第一報がつい先ほど、10分前に入っております。突如デーモンが村の広場に出現。昼下がりの13時、そこは子供を遊ばせる母親の姿が多く見られたということです」
「おお……。なんということだ……」
虚空をさまよっていた職員達の視線が地面に突き刺さる。
「まずデーモンは灼熱の炎を繰り出し、そばにいた母子を焼き尽くしたとのこと。二人は即死。そして逃げ惑う非武装の村人をその毒牙にかけたのです!」
ホルムズは広報官というより詩人にでもなったほうがいいような男だったが、こういう悲劇に当たってはその傾向が強くなる。
「広場はすぐさまキリングフィールドと化しました。現在報告されているところによりますと、行方不明16人、死者2人、重軽傷者は22人にも上ります。何たる災厄か!神はこのような害悪を野放しにしていいのか!」
「今広場はどうなってる!」
「一応警邏隊出動の要請をしましたが、二次被害を抑えるためデーモンと交戦することは控えるよう助言いたします。しかし何たる悲劇か!警邏隊には焼き尽くされた母子の夫がいるのです!それが憎き仇を前にして足踏みしなければならないとは。おお……!」
ホルムズがぐだぐだと言っている間にも広場では火柱が立っては沈み、立っては沈みしている。まるで間欠泉のようであった。家々が燃え、火の粉は村役場にも降り注いだ。アカリはコルビンの姿が見えないことに気がついた。さっきまで一緒だったのだが。しかし場所はすぐに知れた。
「コルビン!お前机の下に隠れている場合じゃないぞ!仮にもナンバーツーのお前が!」
「村長にもし何かがあれば助役が指揮を執らないといけないんだぞ!」
「うるさいですね。怖いものは怖いのです!」
と「臆病者」コルビンはかたくなに机から出てこようとしない。
「皆の声はここでも聞こえますし、あなたがたも僕の声は聞こえるでしょう。このまま会議を続けてください」
「何バカなこといってんの!さあ出るのよっ!」
「いやだー!出ない出ない出ない!」
「もうこの子ったら!」
「僕は絶対に出ない!」
「おーよちよち。いい子だから出ようねー」
「やだ!!!」
「おい、そういうのが趣味なら別の場所でやってくれ!」
『うるさい!!!』
二人の声がハモる。そして十分間にわたりなだめすかした結果、アカリ姫はとうとうコルビンを引きずり出した。
「仕方がない奴だのお。……それで、どうやってデーモンを村から追い払うかについてじゃが……」
会議は紛糾した。まず誰が戦うかについてである。これは警邏隊の役目かと思われたが、警邏部が断固拒否した。死ぬとわかっているところに部下を向かわせるわけにはいかない。
ここで躓くわけにはいかないのでとりあえず後で決めることにして、次に議題に上ったのはどうやって追い払うかである。ここでも色んな意見が出た。有力な案としては村中の回復薬を集め、戦うものはそれをがぶ飲みしながら戦うのである。喰らうダメージより回復の速度が速ければ死なない。
勝てる確率はほんのわずかだがある。デーモンに一撃で殺されなければの話だが。
そしていつ、ということになるとさすがに皆は一致した。今しかない。
作戦はすぐに実行に移された。結局実行部隊は職員から有志を募ることにした。そしてナシフ村非公開文書00032号というお堅い文書が発行された。役場の人間はこういった書類を作るのが大好きである。
内容をざっくり言うとこうだ。戦闘には有志の戦士5名と、後方支援として35人の警邏隊が加わる。戦士達は中央広場に向かい、デーモンを見つけ次第戦闘を開始する。
警邏隊はひたすら回復薬を戦士に供給し続ける。一人当たり戦士達には5個、警邏隊には10個が支給される。デーモンを倒すか、回復薬が切れた時点で作戦終了となる。
「作ったC4回復薬が早速役に立てるとは……」
と薬事統括官ラカトシュも心なしか満足げだ。
「頼んだぞ、諸君!」
村長がいつになくマジな調子で職員に訓告する。役場内ではコルビンが神に祈りをささげていた。どうしようもないときの神頼みである。アカリはそんなコルビンを叱った。
「あんたも戦うのよ!皆で戦わないと勝てないわよ、この戦!」
そして職員達は改めて知ることになる。最悪の日はまだ終わっていないことに。




