勇者は二度現れる
事態は刻一刻と悪化していた。村民の避難は遅々として進まない。
「状況はどうなっている!」
「中央広場付近の住民の避難はいまだ完了しておりません!死傷者が相当出ている模様です!」
「警邏隊、前へ!」
村長以下コルビンなどは村役場の屋上から戦況を見守っている。腰周りに回復薬のビンをぶら下げた戦士達が広場のデーモンに近づいていく。そして一定の距離を置いて警邏隊がその後に続く。
『いつから俺が一人だと錯覚していた?』
世にも恐ろしい声が聞こえた。広場から役場まで相当な距離が離れているにもかかわらず、耳元でささやかれたような、コルビンは背筋にぞわっとしたものを覚えた。アカリ姫はコルビンのすそを強く握った。
「背後に敵が!敵襲!敵襲!」
「撤退しろ!撤退だ!」
突如ミニデーモンが広場の出入り口付近に出現。封鎖される。味方の退路はすっかりふさがれた。五十体はいるかと思われたミニデーモンが飛び掛る。背後を取られた警邏隊が次々討ち取られていく。広場は血とぶちまけられた回復薬の赤色で染まった。キリングフィールド。虐殺。それをただ見ていることしかできなかった。妻と子供を殺された男もデーモンの爪でずたずたにされてしまった。
「なんてことだ……なんてことだ……」
村長はただそう呟くしかなかった。
「もう我慢できないっ!」
「姫、どちらへ?!そっちは危ないですぞ!」
「わたしは王家の者として最低限の剣術ぐらいは心得ているわ。人が殺されるのをただ見てるだけなんて我慢できない!」
「誰か姫を止めろ!」
コルビンが珍しく姫の腕を掴んで引き止めた。
「何するのよ!」
「姫はブリギット王国の大切な方、ここで死んでもらっては困ります!」
「何よ、じゃああの人たちは死んでも良いって言うの?!」
「そうではなくて……」
「もう、嫌なの……」
姫の目が潤んでいる。
「もう、目の前で人が死んでいくのを見るのは嫌なの……」
勇者ウェルテルウス、そしてその仲間達。アカリ姫としても共に冒険した仲間を失い、一人だけ生き残ったことに負い目を感じているとでも言うのか。コルビンは姫の頭に手をかざした。
「これは……?」
「私は回復魔法だけは使えるんです。あくまで外傷を癒すものですが、姫の心の傷にも効かないでしょうか……」
「……」
「悲しむお気持ちはよくわかります。しかし姫一人で向かうのは無謀すぎます。万が一何かがあれば国許の国王様や王妃様がさぞお悲しみになるでしょう。悲しみの連鎖は、断ち切ってしまわなければなりません」
「……」
アカリ姫はコルビンの手を離れ、ぷいと別の方向を向いてしまった。
「……わかったわ。少しは頭を冷やすことにします」
「しかし現実問題どうやってこの状況を打破するんでしょうか?」
「ふっ。甘いな、コルビンよ」
「村長?!何か秘策でも?」
コルビンは思った。これほどまでに頼りがいのある表情を浮かべた村長を見たのは初めてであった。
「決まっておろう、援軍じゃよ」
「既に援軍を呼ばれていたんですか?」
そう言いつつもコルビンは速攻で懐疑的になっていた。助役である自分を差し置いてそんな気の利いたことができるはずがないのである。村長はそういう人間だった。
「そうら、来たぞい!」
「ま、まさか?!」
そのとき、どこかで聞いたことがあるような高笑いが広場に響き渡っていた。
『天あり、地あり、ロビンあり!』
村を強風が襲った。目も開けられない砂嵐。コルビンが目を開くと、広場はすっかり様変わりしていた。ミニデーモンの死体が散乱している。
『くっ、き、貴様は?!』
デーモンも重傷を負っている。右目が開かなくなっているようだ。
「勇者ロビン、そしてその郎党のお出ましだ!村の救世主とならん!」
その手にはチラシが握られていた。村の募集要項だ。勇者ついに来る。役場の中では万歳が沸き起こった。一気に形勢逆転だ。
『く、勇者ロビン!これは魔王様のお耳に入れなければ!』
「逃すか!」
はるか空高く跳躍した勇者の剣はデーモンの心臓を刺し貫いていた。まるで溶けるようにして魔物が消えた。村長が息を弾ませている。
「言ったとおりじゃろう?援軍が来ると」
「はあ。まあ何事にもマグレ当たりはあるものですから」
「……まったく何故わしはこうまで信頼されていないのかのう」
勇者は腰に巻きつけている回復薬を手に取り、運動の後のドリンクのような勢いで飲み干した。
次の勇者は死なせない。コルビンはそう決意した。
結局死者は民間人含め30人にも及んだ。まさに開村以来の最悪の出来事であった。




