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もしも俺が異世界で帝国と戦うことになったら!?(4)

 僕がメガライブフィールドの観客席から、フィールドを取り巻く虹色の輪へと戻ると、もうすべてが終わっていた。


「……ふふっ。プレゼントは気に入ってもらえたかしら?」

「ベルさんも人が悪いな。僕に秘密で、こんなサプライズを用意してたなんて」


 ベルさんのからかうような言葉に返事をしながら、僕は眼下の光景を眺めた。

 エウレニア城市とイカロスとを結ぶ〈(ブリッジ)〉は、完全に水没していた。


「それより……どうなんです?」


 僕はベルさんに状況を聞く。


「期待以上よ。ランドメイク、シークリエイトの効果で、バトルフィールドは水没、キシロニアの火属性下位ユニットは壊滅したわ。ファイアゴーレムやアースドラゴンの多くも、身体を破壊されてゴーレムユニットとしての統合性を喪失、この状況では緊急修理(ホットフィックス)もできないでしょうから、遠からずエレメントに還るでしょうね」

「……こっちの被害は?」


 僕が聞くのと、元帥が戦果報告に現れるのとは同時だった。


「プロデューサーの作戦は大成功だ。水属性上位のウンディーネはもちろん、水属性下位のミズチやスライムも水棲族――水の中でも活動できるユニットだ。海水が押し寄せた時の水圧で、スライムやワームの一部に被害が出たが、大部分のユニットは健在だ。健在といっても、海の上をふよふよ漂っている程度で、戦闘ができる状態ではないがな」

「……思ったより、広い海になりましたね」


 シークリエイト――そう名付けられたランドメイクの効果によって、エウレニアはバトルフィールドの上空に夥しい量の海水を召喚した。

 わざわざスライムBや通常版ワームを選択したのも、ウンディーネをあえてサラマンダーに向かわせたのも、戦力的に劣るミズチをファイアゴーレムにぶつけたのも、すべて、シークリエイトが発動するまでの時間を稼ぐための策だった。

 その結果がこの見渡す限りの大海原だが、予定では海はバトルフィールド内に収まるはずだった。

 だからこそ、濠や土塁に見せかけて水路や堰を張り巡らし、少しでも洪水の威力を増そうとしていたのだ。

 僕の疑問に答えたのは、作戦参謀だった。


「とらいでんとが、記録的な勢いでエレメントを回収したからだよ。バトルフィールドのみならず、イカロス周囲の『空白』にも干渉し、シークリエイトの対象とする余裕ができた。つまり、イカロスは今、突如出現した『海』によって、他の〈(ランド)〉から孤立している」


 たしかに、作戦段階でも、キシロニアの首脳を生け捕るためにイカロスを孤立させる案が出てはいたが、必要なエレメント量が多すぎるため、見送ることになっていた。

 それだけ、とらいでんとが多くのエレメントを稼いだ、ということだ。


「これでチェックメイト、だね」


 僕は淡々とつぶやいた。

 嬉しくないわけではないけど、やはり、あのライブの後では霞んでしまう。


「それにしても、驚いたわね。まさか、ミホシ君に戦略を立てる才能まであったなんて」

「そんなんじゃないですよ」


 素直な賞賛の念を顔に浮かべて言ってくるベルさんに、僕は小さく首を振った。


 キシロニアとエウレニアの圧倒的な戦力差を知った僕が最初に思ったのは、これは盤面返しをするしかない、ということだった。


 僕が小学生の時の話だ。

 その頃、同居していた父・見極と休みの日に将棋を打つことがあった。

 が、大人と子どもでは勝てるはずもない。僕は何度も悔しい思いをしたあげく、書店で立ち読みした将棋の本を参考に、僕なりの戦術を組み立てて父へと挑んだ。

 あっさりと勝ってしまった。

 いや、勝ちそうになった、と言うのが正確だろう。

 なぜなら、僕の優勢が明らかになった瞬間、父が盤面をひっくり返してしまったからだ。

 例によって酒を飲んでいたクソオヤジは、


「あ~あ、やっちまったい。やっぱり酒なんて飲むもんじゃねーや。勝負はお預けだな」


 そんなことを言うとそのままひっくり返っていびきをかきだした。


(……父親としては最悪だけど)


 ある意味では、理にかなってもいる。

 敵わない勝負なら、勝負自体を無効にするしかない。


 だけど、こんなやり方では、相手に負けを認めさせることはできないだろう。

 勝負自体を無効にしつつ、より高次のレベルでの勝負に勝つ。

 そんな勝ち方ができなければ、結局ただの反則負けである。


 僕は、勝てるわけのないゴーレム同士の戦いで勝つことは、すぐに諦めた。

 いくらアイドルがよかったところで、それはあちらも同じ。

 まして、あっちには伝説の敏腕プロデューサー・立花見極がついているのである。ひょっとしたら、アイドルの面でも勝つのは難しいかもしれなかった。


(あのクソオヤジが生き馬の目を抜く業界で生き抜いてきたことは事実だ。僕に勝ち目なんてない)


 勝てそうになければやめる。つまらなくなったらやめる。そんな「気まぐれ」とも評される自堕落な性格が、敏腕プロデューサー・立花見極の、アイドルに対する嗅覚の源だったのかもしれない。


(あのクソオヤジはきっと、キシロニアでも同じことをやってるに違いない)


 それは、アイドルプロデューサー・立花見極が半生をかけて築き上げたシステムだ。

 堅固で、すこぶる効率がいい。

 まるでオレンジから果汁を搾り取る機械のように、そのシステムは生身のアイドルを圧搾してその「輝き」を搾り取り、効率よくお金へと換えていく。

 搾れるだけ搾ったら、そこでおしまい。

 搾りかすはゴミ箱に捨てて、次のオレンジを探しに行く。


 僕は、そのシステムを知っている。

 でも、同じことをやる気にはどうしてもなれない。


(僕は、クゥが好きだ。エッテも、リノも。とらいでんとに心から惚れ込んでる)


 好きで好きで仕方がないアイドルたちを、使い捨てになんてできるわけがない。

 だから僕は、単に盤面を返すのではなく、返した盤面を、自分の得意な盤面へとすりかえることを目論んだ。


 ハイディーン・クロニクル。


 ゲームと現実を同じにするな、と言われそうだけど、この場合、その批判は当てはまらないと思う。

 アイドル戦争が、穂継ぎの巫女が創り出したシステムなのだとしたら、それはつまり、アイドル戦争は限りなくリアルに近い「ゲーム」だということだ。

 人が定めたルールの下で行われる競技を「ゲーム」と呼ぶとすれば、アイドル戦争もハイディーン・クロニクルも「ゲーム」なのである。


 穂継ぎの巫女は、戦争という陰惨な現実を、アイドル戦争という「ゲーム」へと昇華することで、人類を互いに殺し合う宿命から解放した。脱帽である。


 しかし、これがゲームであるのなら、僕のささやかな取り柄が役に立つ。


 僕は徹底的にアイドル戦争のシステムを調べ尽くし、僕の手になじんだ戦術が、そのまま機能することに気がついた。

 トライデントという「使えない」アイテムを軸に据えた、一発逆転の戦術。

 ほぼ死にステータスとなっている「系譜:海神」を利用して「土地効果:海面上昇」を発生させ、敵陣地に対して「水棲族以外全員溺死」という強力な範囲攻撃を行う戦術。


 それは、「使える」者から搾り取ることしか考えられないプロデューサーや宰相には絶対に思いつくことのできない、「捨てられた」者たちによる一発逆転の戦術だった。

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