殺生丸アンビバレンス
文責:亜里紗
中学生の頃、「犬夜叉」の殺生丸様を推していた。
ちょうど「完結編」が終わりかけてて「夜叉姫」はまだ始まってなくて……手に入るグッズも情報も限られている半端な時代だった。財布が守られたので今となっては良いタイミングだったな、と思う。
手に入った根付ストラップだけ、ものすごく大切にしていた。
殺生丸様に憧れるのと同じくらい、私はりんちゃんが好きだった。素直で可愛いし。殺生丸様のもふもふに合法的に触れる人間。
若干夢女っぽかったこともあってりんちゃんが憎い時もあったけど………ああいう爛漫さは私にないから。きっとああいう太陽みたいな明るさが殺生丸様には必要なんだな、って、イソップ童話みたいな納得のさせ方を自分にしていた。
私もりんちゃんになることができたら。
殺生丸様と一緒にいられるし、向こうが何も言わなくても、微かな感情の機微を感じ取ることができる。自分の死を厭わないくらい大切にされて、どこまでも助けに来てもらえる………。
そんな憧れと、小さな嫉妬。
いつ気づいたのか。正確には覚えていない。
一時期殺生丸様の顔が見られなくなった時があった。
そこに虐待父の影が重なるようになってしまったから。
虐待といっても身体ではなく情緒的な方。
父は機嫌が悪くなるとため息をつき、階段を上がる足音やドアを開け閉めする音が大きくなる。
今でいう「フキハラ」というやつだ。もう少しドメスティックな言い方をすれば「モラハラ」かな。
指摘しても「そんなことしてない」と否定されるばかりで本人は動作や振る舞いの変化に無自覚で、過敏に気にする私がおかしいみたいな感じになっていた。
本当に、いつ、なんで気づいたんだろう。
私はりんちゃんになりたかった。推しのそばにいられて、推しの気持ちの機微が分かるあの子。
あの力があったら、私はきっとお父さんの機嫌も感じ取れて、きっともっとお父さんと仲良くなれる。
そんな健気で気色悪い動機がりんちゃんへの憧れの奥底に潜んでいたことに、気づいてしまったのだ。
もちろん殺生丸様はかっこいい。綺麗だ。父とは似ても似つかない。
だけどいわゆる「父性」とでも呼ぶべきようなもの--守ってくれること、助けてくれること、それまでは自由を見守ってくれること--そういうものをも持ち合わせていて、それは私が現実では得られていないものだった。
りんちゃんが殺生丸様から享受する安全。
ああ、だから私は彼女になりたかったんだ。無意識が父と殺生丸様を、よりにもよって一番の大嫌いと大好きを重ね合わせていたんだ。
そう気づいたらこれまで推しを推してきた動機全部が不純で汚れたものみたいに思えてきて、私は一時的に犬夜叉の話題を避けた。
今はもう何年か経って、推すほどではないけど普通に好きなキャラクターの一人に数えるようになっている。
けど、気づいた瞬間のあの衝撃と記憶は生涯忘れないだろう。
私って歪んでるんだな、って、今更知ったわけじゃないけど。
「夜叉姫」は信教の違いによって見ないようにしてる。多分これからもずっとそう。
りんちゃんだけは大好きな人にずっと守られていてね。




