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夜に名を与える  作者: ベリドット
黒の都

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9/20

黒鳳軍事統轄地区

商業地区を一通り見て回り、必要な物と幾つかの私物を買い揃えた二人は、次の目的地へ向かうため再び馬車へと乗り込んだ。

車輪が石畳を蹴る、馬車が静かに走り出す。

窓の外を眺めていたセラフィナは、ふと視線をアトラスへ向ける。


「次はどこに向かうの?」


その問いに、アトラスは先程までの柔らかな空気を一度断ち切るように、表情を引き締めて答えた。


「次に向かうのは、軍事地区だ」


一拍。


「ヴァスタスにおいて、軍事地区は欠かすことのできない心臓部だ」


そして彼は、試すような視線を向ける。


「一つ、質問しよう」

「王国において、領地の防衛は誰が担う?」


突然の問いに、セラフィナはわずかに考え込み、記憶を辿って答えた。


「……王国領地派遣隊、でしょ?」


その回答を聞き、アトラスは小さく頷く。


「一般論としては、正しい」

「だが、ヴァスタスでは事情が違う」


彼の声は淡々としているが、その裏にある現実は重い。


「王国からの援助が停止されているヴァスタスに

は、領地派遣隊は駐屯していない」

「いや、正確に言えば――援助が止まる以前から、存在していないも同然だった」

皮肉を滲ませるように続ける。

「だからこそだ」

「王国に依存しない、独立した軍事力を確立する必要があった」

「これから向かう軍事地区には、その“答え”がある」


馬車は進み続ける。

やがて、窓に映る景色が明確に変わり始めた。

装飾性を重んじた石畳は姿を消し、代わって現れたのは、機能性を徹底的に追求した広い道路。

人と物が交錯することを前提に設計された直線的な道が、無駄なく延びている。

道路沿いには、黒鉄色の無骨な外壁が切れ目なく続き、その終点に巨大な門が聳え立っていた。

門もまた同じ黒鉄色で統一され、中央には一際大きな紋章が掲げられている。

――黒を基調とした盾型の紋章。

艶を抑えた漆黒の地に、翼を大きく広げた黒き鳳凰。

その背後には、一本の剣が垂直に据えられている。

外縁には歯車の意匠が連なり、下部には三つの月――上弦、下弦、そして沈みゆく月。

それは美しさよりも、思想と覚悟を前面に押し出した意匠だった。

セラフィナは、思わず息を呑み、小さく呟く。


「……迫力が、すごいわね」


馬車が止まり、二人が降り立つ。

その呟きに、アトラスは静かに頷いた。


「ここが軍事地区だ」

「正式名称は、黒鳳軍事統轄地区」


重厚な音を立て、門がゆっくりと開かれる。

内側に広がっていた光景に、セラフィナは言葉を失った。

中央の大通りを挟むように、兵たちが寸分の狂いもなく整列している。

彼らの身に纏う軍服は、漆黒を基調とした端正な造り。

装飾は最小限に抑えられ、肩章とボタンのみが金色に輝く。

左胸には、先程の門にも掲げられていたアウローラ家の紋章が刺繍されていた。

――王国の紋章は、どこにもない。

それは、彼らが何に属し、誰に忠誠を誓っているのかを、何より雄弁に物語っていた。

無駄のない佇まいは、どこか異様なまでに美しい。

セラフィナの胸に、ある記憶がよぎる。


『王国の騎士団は……確か、真っ白な軍服だったわよね』

『何もかもが王国と正反対……』

『なのに……どうしてか、安心する……』


アトラスは、静かに告げる。


「彼らこそが、アウローラ家私兵団――黒鳳兵団だ」

「王国に属さぬ」

「アウローラ家に仕え、ヴァスタスを守る剣だ」


その瞬間、女性の軍事統轄長が一歩前に出て声を張り上げる。


「アトラス様、及びアトラス様のお連れの方に――敬礼!!」


踵が揃って鳴り、背筋が伸びる。

完璧な角度での敬礼。


「アトラス様に、忠誠を!!」


一斉に片膝をつき、頭を垂れ、手にした剣を地へと突き立てる。

その動きに、迷いも、義務感もない。

――それは命令ではなく、誓いだった。

アトラスは歩みを止め、軽く手を挙げる。


「頭を上げろ」

「軍事統轄長以外は、この後それぞれ持ち場へ戻れ」


兵たちが動き出す中、彼は振り返り、低く言葉を放つ。


「私兵を持つ領主は多い」

「だが――我が私兵に勝る者はいない」


声が鋭さを帯びる。


「彼らは使い捨ての駒ではない」

「飾りでもない」

「ヴァスタスを守る、強固な盾であり」

「全てを斬り払う、剣であり」

「そして――ヴァスタスの誇りだ」


その言葉を聞いた瞬間、セラフィナの胸の奥が、確かに震えた。


『……これが、“黒の都”ヴァスタス』


今日一日、この地を見て回って気づいたことがある。

ヴァスタスの民には、黒髪の者が多い。

それが何を意味するかは、黒を忌む王国の在り方を知る者なら、考えるまでもない。

王国に見捨てられ、虐げられてきた人々。

その全てを背負い、守るために若くして歩み続けてきた男。

――それが、自分の共犯者。

セラフィナの胸の奥に、熱いものが込み上げる。


「さて」

「中心部へ行こう」


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