敵視されやすい人
久しぶりに更新させて頂きました。楽しんで頂けると嬉しいです。おやすみ。
スポーツ用品店は結構広く、テニス用品以外にもサッカー、野球、バスケなど他種目に渡って商品が陳列されていた。一旦、俺はどうせスポーツ用品店に来たのだから、とそれらのスポーツの商品をぼんやりと眺めていたのだが、中々件の人物からのお呼びが掛かりそうもなくて、仕方なく俺は本題の休息を取るべく休める場所を探すのだった。
トイレの前、自動販売機の前にあるベンチを見つけた。
「ふう」
ため息を吐きながら、俺はベンチに腰を落とした。
本当にまったく、あいつのテニスウェアにかける執念には困ったものだ。さっきまではそんな気を一切感じさせなかったのに、最終的にはいつも通りの流れに帰結するのだからたまらない。
「……十着か」
さっき、結衣は買い物カゴを片手にテニスウェアを漁っていた。その中には数着のテニスウェアが収められたいが、到底十着には届かない枚数だっただろう。せいぜい、三、四枚というところか。
「つまり、今と同じだけの時間を待つということか……?」
絶望感から俺の顔は青ざめてしまっていた。
おかしい。今日の俺は確か……結衣とのデートに来たはず。そこは間違いない。だってあいつ、滅茶苦茶デートだって強調してきたし。
デート。デートって。
赤レンガに行って、山下公園で遊覧船に乗って、そこまでは至って普通のデートだったはず。一体どこで歯車が狂ったのだろう。
現状を鑑みて、原因を考えてみて……、至った結論はあいつの性癖が全て悪いというものだった。
「うむ。いつも通りだ」
その結論は、最近ではよく聞く、言ってしまえばいつも通りの理由だった。まったく、あいつの性癖の業の深さったら凄まじいな。
ここで憤慨するでもなく呆れる程度で済むのだから、俺も随分と毒されたものだ。
「ジュース一本飲んだら戻るか」
一先ず、残されたなけなしのお小遣いを、俺は無機物であるジュースの自動販売機にいくらか吸わせた。まもなく、ガコンと音が鳴って缶ジュースが落ちてきた。
缶ジュースを持って、ベンチに再び腰を落として、ジュースをゆっくりと飲み始めた。ジュースを飲み干すのに、あまり時間はかからなかった。
缶ジュースから伝った水滴が手のひらに広がる頃、俺は缶をゴミ箱に入れて結衣の元に歩き出した。スポーツ用品店の店内は、先程よりも人気が少し減った気がした。夕飯時の時間に近づいてきたからだろうか。
テニスのコーナーに戻ってきたら、そこには店内で数少なくなった客が散見された。結衣含めて、三人だった。
「うわぁ……」
思わず呆れ声が漏れたのは、近づいた結衣の持つ買い物カゴの中身が、先程よりも随分とインパクトのある状態になっていた。折り重なったテニスウェアは、山のように積もっていた。
「あ、アキラ!」
嬉しそうに、結衣はこちらに気付いて微笑んだ。
一瞬ドキリとしたが、また買い物カゴの方に目が行って、渋い顔を俺は作った。
「全部で十二着あるよ」
エヘヘと可愛らしく言ったけど、全然可愛くないこと言ってた。
「さ、ここから十着選んで」
「……そう言えば、デザインを選ぶって話だったな」
世にもおぞましい光景を前に忘れかけていたが、そう言えば当初の話は、俺好みのデザインのテニスウェアを買おうって話だった。
「あたしがこの店の商品から選んだ選りすぐりの十二着。神十二から十着選んでねっ!」
ん、と結衣に買い物カゴを差し出された。受け取ると、十二着も積まれたテニスウェアは結構な重量だった。
「丁重に扱ってね、テニスウェアなんだからね」
テニスウェアを神格化しているような言いぶりだったが、多分物を大事にしろってことなのだろう。そうだと思いたい。
「それにしても、十二着から十着って、結構幅が狭いな。まだまだ沢山テニスウェアはあるのに」
「いやいや、あたしのお眼鏡に叶うテニスウェアが十二着もあるだなんて、このお店は質の良い商品を揃えてますよ」
そうなんだ、すごいなあ。オーディションの審査員みたいなことを言っていることは、突っ込んでは負けな気がした。
俺はそれなりに重いテニスウェアの詰まったカゴを一旦床に置いた。そして、一番の上のテニスウェアから持ち上げてデザインを確かめ始めた。
「あー、それ、すごい丁寧に裁縫されてたテニスウェア。それは職人芸だよねえ」
……それじゃあ、選んだ方が良いんだろうなあ。
気付けば結衣が持ってきていたもう一つのカゴに、俺はそれを収めた。そして、次のテニスウェアを持ち上げた。
「あー、それはすごい一品だったよ。吸引性すごいと思う」
……それじゃあ、選んだ方が良いんだろうなあ。
俺はそれをもう一つのカゴに収めて、次のテニスウェアを持ち上げて。それももう一つのカゴに収めて……。最終的に買い物カゴに十二着のテニスウェアを詰め込んだ。
「もうっ、なんで全部購入のカゴに入れているのよ!」
そして、結衣に怒られた。
「お前が横でグチャグチャ言うからだろ……」
恨み節っぽく俺は言った。恨み節っぽくと言ったが、これは純度百パーセント恨み節だった。
「だって、質が良いんだから仕方ないじゃない」
「そんな怪しい売人みたいな言いぶりするから、俺が惑わされるんだよ!」
「怪しい売人ですって!? それじゃあテニスウェアがいかがわしいものに聞こえるじゃない。神聖なテニスウェアを愚弄するの!?」
「しまった! こいつテニスウェア神格化しているんだった!」
頭を抱えて、俺は叫んだ。さっきはあいつに情が湧いてテニスウェアを神格化なんてしていないみたいな言いぶりをしてしまったが、こいつはテニスウェア教の信者……いや、教祖だった。
しばらく、俺は頭痛から頭を抱えて、結衣は俺をご立腹そうに睨みつけていた。
「……もう、お前が選べよ」
その内、俺は面倒になってそういった。ここで口論するために、俺達は入店してきたはずではない。そして、俺ではテニスウェアを十着も選ぶことは不可能だと思わされた。
「あたしはあなたに選んでもらうために十二着も見繕ったの」
ご立腹そうに結衣は言った。その発言は、俺が求めていたそれとはまるで違う言葉だった。
俺は思っていた。
あいつのことだから、テニスウェアを選んで良いぞ、と言えば、大層喜んであーでもない、こーでもないと唸り始めるだろう、と。
それがまさかこんな……一見すると、殊勝げなことを言い出すとは。
「でも、人には適材適所がある。ことテニスウェア選びに関しては、俺よりお前の方が適役だ」
「……選べない」
「ん?」
「あたしに、この中から十着選ぶなんて無理!」
「わかった。じゃあこの二着は諦めよう」
「ああっ! なんて非道なことを……!」
「どっちだよ!」
流石に声を荒らげて文句を言うと、結衣は涙目でオロオロし始めた。どうやら、小一時間の悩みの末に選んだ十二着に、結衣は相当愛着が湧いてしまったらしい。もしかしたら、十着に選べ、と言ったのも悪手だったのかもしれない。
購入用の買い物カゴから取った二着を、俺は渋々購入用のカゴに戻した。
いつもならもっと理路整然としている結衣の狼狽えた態度を前に、こうなったら道は一つしかなかった。
「もう……十二着買うぞ」
「え」
「え、じゃない。俺達は二人ともどれかを買わないって選択が出来ないんだから、買うしかないだろ」
「……でも、買いすぎはお母さんに怒られる」
しょんぼりした結衣は少し幼児退行しているように見えた。もしかしたら、本当に少し幼児退行しているのかもしれない。
そう言えばさっき、予算のことについてそんなことを言っていたなあ、ということは、しばらくして気付いた。
「なら、二着分は俺の財布から出す。そうすれば事前に申告した金額からオーバーはしないだろ」
「お金足りるの?」
足りる、と言いかけて、俺は財布を覗いた。いつだって、高校生の財布の中身は金欠気味なのだ。ひいふうみいと数えて、まもなく二着買うには百二十円ほどお金が足りないことに俺は気付いた。
「ジュース分……」
さっき買ったジュース分のせいで、途端に俺は滑稽になった。
「……もう、いいよ」
「お、おい。ちょっと待て」
百二十円くらいなら、どこかで小銭を拾えるかも。自分の面目を保つため、今の俺は形振り構ってなどいられなかったのだ。
「もう、いい」
「おい、ちょっと待てって言ってるだろ」
「いいの」
「良くない。ちっとも良くないぞ!」
声を荒らげて否定するが、まもなく俺はどうして自分がこんなにも声を荒らげているのか、わからなくなっていた。
発端は、結衣の悲しそうな顔を見たから、だった気がする。
そして、動機は結衣が諦めたように寂しそうな声を出したから、だった気がする。
どうしてこんなに曖昧な言い方をするのか。
それは、認めたくなかったからだ。
これでは……。
これでは、まるで……。
「アキラさんは一着分の代金をお願い」
「……ん?」
予想だにしない結衣の発言に、俺は首を傾げるしかなかった。
「もう一着は、あたしの財布から出すから」
財布から、結衣は野口を数枚取り出して、俺に見せた。
「これで十二着、全部買えるねっ」
快活に微笑む結衣を見て、心から安堵したことは言うまでもなかった。
テニスウェア十二着をレジに持っていき、店員から怪訝な顔をされ、そうして結衣に丁寧に畳んで袋詰してもらい、まもなくして俺は思った。
ああ……。
ああ、そうか。
これが、無駄遣いか。
ズボンのポケットの中にある先程よりも軽くなった長財布の感触を感じながら、俺は項垂れた。
反面、結衣は大層嬉しそうにしていた。浮かれていた、と言っても過言ではない。
「あいたっ」
そんな結衣は、前方不注意を起こして、店外へと繋がる扉の先で入店しようとする人と激突したのだった。
「おい、大丈夫か」
「あいたた……」
尻もちをついた結衣は、腰をさすっていた。
「腰を打ったのか?」
「だ、大丈夫」
「……まったく、お前らしくもない」
こんなに浮かれる結衣は、正直初めて見た。テニスウェアを買うと、いつもこうなのだろうか。あり得るのだから救えない。
「ご、ごめんなさい」
まもなく結衣は、ぶつかった相手に謝罪をした。
結衣がぶつかった相手は、男子だった。年頃は俺と近いように見えた。ただ、その男子は少し不可解だった。
ぶつかったのは結衣なのに、どういうわけか俺を睨んでいるのだ。
「……あの、連れが失礼しました」
お前がしっかり見ていろよ、という睨みかと思って、俺は頭を下げて謝罪した。しかし、男子は俺を睨むことを止める気配はなかった。
「……奥村」
「ん?」
「奥村、アキラ」
男子が言った。
どうして俺の名前を知っているのか。俺は怪訝な顔で首を傾げていた。彼にはまったく、見覚えがなかった。
「……あ」
思い出したように、結衣が手を叩いた。
「戸郷幸治」
結衣が男子の名前らしきものを呟いた。
結衣が知っている人。つまりは、テニスプレイヤーだろうか。ただ生憎、俺はやっぱり彼に見覚えがなかった。
「……去年の全国大会のベスト4」
「え、それは凄い」
「ちなみに、負けたのは塩田君」
「……ああ」
じゃあ、ドロー次第では準優勝にはなれたわけか? いや、そんなの結果論でしかないわけだけど。
「……関東大会直前なのに、女の子誑かしてデートとは余裕じゃんか、奥村アキラ」
「いや、これはデートでは……」
「クラブの温室育ちは、余裕なこった。こっちは毎日血反吐吐く思いで練習しているのに」
……いきなり鋭利なナイフで刺された気分だった。
平塚といい根津君といい彼といい、最近俺は敵視された視線を浴びすぎな気がする。
「確かにあたし達はデートしていたわけだけど、彼だって毎日吐瀉物撒き散らしながら練習している。何も知らない癖に一丁前な文句を言わないで」
戸郷君に噛み付いたのは、結衣だった。
「吐瀉物撒き散らしていることはカミングアウトしないでほしかった」
「うっさい。実際撒き散らしているんだから仕方ないじゃない」
……でも、毎日ってほどじゃないと思うんだけどな。一週間に一回? いや、三日に一回? ……ともかく、毎日は誇張表現だ。
結衣の唐突な参戦に、戸郷君はなんと言うのか。しばらく成り行きを見守っていると、戸郷君は中々口を開かなかった。
顔を見ると、戸郷君は顔を真っ赤にしていた。
まもなく俺は、どうやら戸郷君がシャイボーイであることを悟るのだった。
「……と、とにかくっ、俺はお前みたいな半端ヤローには絶対負けない」
まくし立てるように、戸郷君は言った。顔は真っ赤なままだった。そして、スポーツ用品店に来たはずなのに、彼は踵を返してしまった。
「関東大会、覚えていろよ!」
吐き捨てるように言って、彼は足早にその場を後にした。
突然の彼の態度の翻しに、俺と結衣はただ反応に困った。そして、彼を追って詰問する必要もなかったから、そのまま彼の背中を俺達は見守った。
「……何だったんだろうか」
「さあ。なんだか散々なデートになっちゃったね」
このデートが散々になったのは、戸郷君と会った時ではなくテニスウェアを選び始めた時だけどな、とは、言えなかった。




