激励
帰りの電車の中、何とか座席にこそ座れたものの、他の乗客の視線が少し痛かった。理由は、数日溜めたゴミ袋みたいに膨れ上がったテニスウェアが詰まった買い物袋のせいだった。正直、俺もこれを持って電車に乗るのは少し嫌だった。しかし、帰るためにこれを持って電車に乗ることはもう仕方ないことであり、最終的には諦めることにした。
「くう」
真隣の椅子に座り、このテニスウェアを購入させた女は眠っていた。色々な場所に付き合わせてしまった手前、無理やり起こすことも少し憚られて。俺の羞恥は誰にも共有されることはなかった。
一時間くらいの電車旅が終わりそうな頃、俺は結衣を起こして電車を降りた。ズシリと重いテニスウェアの詰まった袋を持ち上げる時、車内での羞恥も合わさって、気がかなり重くなった。
「……こっからまだ歩きがあるのか」
「ごめんねえ。ちょっと買いすぎたみたい」
結衣から謝罪の言葉が漏れた。でもそれは多分、今俺がテニスウェアの詰まった袋を重そうに持ち上げたことに対するだけの謝罪。折角謝られたのに、何だか損した気分だ。
「……お前、テニスウェアを買った時はいつも自分で持ち運んでるの?」
「当然」
「……逞しいねえ」
「テニスウェアのことですから」
……本当、一体、テニスウェアの何がそこまでこいつを執着させるのだろうか。
だってそうだろう。
(テニスウェアなんてただの)布だぜ!?
「あんた今、テニスウェアに対して失礼なことを想起させたでしょ?」
結衣の怒り声に、遂にこいつはテニスウェアに対する神格が極まって読心術まで覚えたのか、とただ呆れた。
「……そろそろ関東大会だね」
「ん」
感慨深そうに言う結衣に、俺は同意した。
「どう、自信はある?」
「……ある。多少は」
「……多少って、どんなもんよ」
結衣は、苦笑していた。
関東大会への自信。いつもなら、大会が近づくと少しずつ気分が滅入りだしていた。俺は同年代のテニスプレイヤーの中でも有名人。それはさっきの戸郷君の反応からも察せられることだったと思う。
そんな注目株として周囲から一目置かれる俺に対して、連中は畏怖だったり対抗意識だったり、とにかく色んな視線を寄越してくる。ただその視線に、俺は最近応えられていなかった。予想より大したことなかったね、と敗北した試合の帰り道、陰口のように囁かれた回数は数知れない。そういう言葉を嫌でも耳にする度に、なけなしの自尊心は打ち砕かれ続けた。
……自尊心は打ち砕かれ、俺は徐々に試合に対して自信を持てなくなっていった。
「最近は、大会間近に自信を持てたことの方が少ない」
自信を多少でも持てている。
つまりそれは、最近の俺からして、大いなる大躍進であるのだ。
「……お前のおかげ、だな」
そしてその自信は、間違いなく真横にいる幼馴染により再構築されたもの。結衣がいたからこそ俺は……もう一度、立ち上がれそうになっているのだ。
「……違うよ、アキラ」
「謙遜するな、ありがとう」
「……違う」
何が違うって言うんだ。少し、頭に血が昇って否定の句を告げようと思った。
……ただ、真っ暗な夜道。街灯に照らされた結衣の顔を見て、微笑む結衣を見て、悟った。
「あたしのおかげじゃない」
……これは。
「全然、あたしなんかのおかげじゃないよ」
……これは、ロクでもないやつだ。
「全部はテニスウェアのおかげ! 神聖なテニスウェアに導かれてあなたはまた自信を取り戻せたの」
「……っぷ」
ブレないこいつに、いつもなら呆れるところなのに、口が綻んだ。ズシリと重いテニスウェアの詰まった袋が、少しだけ軽くなった気がした。
「そっかそっか。それならテニスウェアに応えないとな」
「……うん」
さっきと打って変わって、結衣は少し寂しそうに俯いていた。理由は、わからない。
「ありがとう」
でも、どんな論調であれ彼女が俺を激励してくれた事実は変わらない。その事実が、俺の胸を熱くさせた。だから、俺はもう一度彼女にお礼を述べた。
結衣は、俺のお礼の言葉と共に足を止めた。俺が追って足を止めると、結衣はしばらく呆けた後、ふふっと微笑んだ。
「頑張ってね、アキラ」
「……うん!」
そうして、朝から忙しなかった結衣とのデートは終わりを告げて、しばしの日常の後、満を持して関東大会は始まった。




