05.購買祭・後始末
当然の事ながら、天幕の中には誰もいないし何もない。だがその方が購買祭という場所では不自然だ。椅子二つだけが置いてある様にも、ドロテアは一層警戒心を強める。
「で?ここでお前さんは魔女と会ってたって事であってるか?」
「ええ。向こうで起きてた騒ぎはもう大丈夫?」
少し迷って天井を見上げながら悩み、深々と息を吐いて両膝を叩くドロテア。
「向こうは大した事じゃない。ジュリアン達が店を見ている最中にカップルに天誅だとか叫んで襲い掛かる二学年の馬鹿が居たってだけだ。
しかも返り討ちに遭った後で、事情を聞こうとしたら呪詛の反応があった。
それでお前さんに使い魔飛ばそうとしたら、反応連絡一切不明。大体時を同じくして、教頭ムーンパレスから侵入者の通達があったんだよ。」
慌てて箒で周囲を観察すると、微かに一瞬呪詛の痕跡を捉えた所でグラトニーが出て来たのを目撃したという。
「で?何故相手が魔女だと気付いていながら一人で相対した?
連絡手段は渡していた筈だろ。」
「あらあら。目の前に格上がいる状態で命懸けの足止めなんか、する気は無いわよ?
それに話があっただけみたいだし、そもそも連絡したら間に合ったの?」
「……成程。まあ連絡出来る状況じゃないのは分かった。
けど何で別口なのさ?最有力は例のハッカ飴じゃないか?」
落ち着いたのか諦めたのか、状況の確認に移るドロテア。
正直もっと激しく追及するかと思っていたので、拍子抜けしながら慎重に答える。
「向こうの頼み事が、ハッカ飴の邪魔か当人との衝突狙いっぽい気がするのよね。
後纏っている呪詛が違ったわ。」
「……お前さんには呪詛がどんな感じで見ているんだ?」
「感触のある色?まあその時々よ。
それでメリットが足りないって話をして、まあ向こうも当てにしていなかったのか単に情報を漏らす事が目的だったのか、そんな感じで別れたわ。」
「……何を漏らそうとしたんだ?」
「時期ね。冬季休暇中は動けないと見て良いんじゃないかしら。」
探るような発言と曖昧なままの解説。グラトニーが知らないだけで、ドロテアが尋問用の、真偽を確認出来る呪具を持っている恐れがある。嘘は禁物だ。
「向こうの提示したメリットは何だったんだ?」
「疑うわねぇ。折角魔女の隙を付いて手掛かりを掴んだ生徒に、あんまりな態度じゃないかしら?」
「いや。あたしはお前さんは絶対、自分に都合が良かったら魔女だろうと乗る奴だと確信しているからな?ていうか手掛かり?」
首を傾げたドロテアの肩に、グラトニーの使い魔が飛び乗る。
一体何をと訝しんだところで、その意味に気付いたドロテアが驚いて腰を浮かす。
「そうよ?素顔とは限らないけど、話の最中に撮影するのは結構骨だったわよ?
ここまで危険犯して報酬が疑惑だなんて悲しいわね。」
意識の同調抜きに使い魔は撮影出来ない。命令抜きに使い魔が操れるという事は、不可能が可能だという意味だ。
楽しそうな顔のグラトニーに分かった分かったと溜息を吐く。
「取り敢えずそっちの要望があるなら聞こう。
こっちも後始末があるから大した事は出来ないぞ?」
「そうねぇ。出来れば自習や実験が出来る場所が欲しいんだけど。
夜間徘徊する権利とかはどうかしら?」
何故か半眼で手を振られた。
「お前疑われた後にそれかい。
ちょっと一教師の手には余るな。二学年になれば呪具作りのために工房を使えるようになるが、一年に使わせないのは安全性だけじゃない。
基本早い者勝ちなんだ。例外は淑女の会みたいな成績上位者のグループ。」
「それって空くの?」
「ある程度まとめて取れるけど授業単位ごとに申請がリセットされる。空くタイミングを知っていればある程度確率が上がるが、全部教頭ムーンパレスが差配している。
お前さん学園街行ったならワトソン収納具店って知らないか?
あそこに普通の学生じゃ手に届かないドームハウスとかがある理由がそこなんだ。」
なんて事だ。詰まり研究室が無いなら自腹で用意しなさいと学園は言っているのか。
そりゃ血統を始めとする権力主義が助長される訳だ。
金や権力で独占しないと勉強すらままならないとか、他所なら詐欺扱いされても仕方が無いだろうに。
「上を見出すと際限無く金が掛かるようになってなぁ。
お茶を濁して程々に済ませたがる学生達の気持ちも分からんでは無いんだが。」
と言う訳で、と懐から幾許かの金子を取り出して手渡す。
「即金で手渡せるのは経費の兼ね合いでこのくらいだな。
使い魔がちゃんと撮れてたら治療代の支払いと一括で追加報酬を出そう。
購買祭は稀にだが卒業間際の生徒が不要なハウス系呪具を手放す事がある。時間はまだあるから序でに見回りも続行してくれ。」
教師が生徒に呪具を譲渡するのは、依怙贔屓防止のため面倒な規則が多いのだとか。
今回も依頼と報酬だからセーフなだけで、割と教頭が頭を痛める状況になる。
ドロテア自身も呪具作りは苦手だというので、素直に受け取っておく。
「それじゃ、早速見てくるわ。」
真面目な話、素顔で来てたなら儲けものだ。
信用の為に素顔を見せたのだとしたら、こちらに素性を判別出来ない時点で片手落ち。
この程度は自業自得だと言わせて貰おう。
騒動に巻き込まれたのがジュリアンなら、見回る時間があるかも分からない。
取り敢えず鉄量産の呪具の製作者がいるという天幕に向かうと、意外にも普通に閑古鳥が鳴いていた。いや、意外でも無いか、探求者寮生のようだし。
因みに天幕は脇に撤去されたと思しき狼型のボロ切れが積まれ、看板は自己主張が激し過ぎて文字が読めなかった。正直入るのは躊躇われる。
意を決して中に踏み込むと、中は拡張された空間が広がっており、その三分の一を解体された廃材が山積みにされていた。
商品は残りの部分に並んでいるようだが、部屋の中央で回転椅子で回り続ける白衣姿の店員を見れば、大抵はこのまま出ていきたい衝動に抗えないだろう。
かくいうグラトニーも彼以外であって欲しい。
「神は我を見放し給う……。」
踏み出した一歩が硬直し、恐れを抱く自分が許せず中に入る。
「神って何だよ……。やっぱ願いを叶える新種の魔法生物なのかな……?」
(『知らないんかい!』)
咄嗟に怒鳴り出しそうになった自分を叱咤する。
落ち着けグラトニー、お前はクールだろうと内心に呼びかけ、何か違うと理性が語る。
「神が来た!いらっしゃいませ!」
「客の事かぁ!!」
「へぶらッ!素晴らしい右だぞゴット客よ!」
何かに操られたかのようだと衝動的に行動してしまった自分に驚きながら、何とか自分を取り戻したグラトニーは、改めて目的を確認する。
「あなたが例の鉄の呪具を売り出していた三学生で合ってる?」
「おお!君も我が理解者か!その通りだ!
この部屋にある全てが我が作品だ!生憎同志の作品は法に触れているとかで全て廃棄されてしまったが、ここにある全ては合法だぞ!」
両手を突き上げる男を見て確信した。コイツに商売の才能は無いと。
「その脇で壊れている山が元違法品だった訳ね?」
「違うぞ!違法品は既に教師達が運び出した!
アレは我が傑作、狼ゴーレム型天幕!そして中のお化け屋敷型店内設備だ!
ホラー風味に怪我をさせない奇襲商品展示が見られる筈だった!」
「それ押し売りとどう違うのよ。」
「客には逃げる自由がある!ホラーを!サメを楽しむ度量があれば、最高にここは楽しいワンダーランドになる!」
白衣を開けば、そこには飛び出すサメTシャツが動いている。
何故ローブを白衣の下に着るのかは分からないが、顔色は蒼白で華奢な姿に、やたら頑丈そうな工事用ヘルメットは重そうだ。
「不審人物を見る目だな!だがオレは探求者寮長ティーパーティ!
中間主席を獲得した、今探求寮で一番注目の男だ!」
「じ、じゃあ取り敢えず商品の方を見せて貰うわね。
気になる事があったら聞くわ。」
「うむ!お勧めはそこの自動楽器『ドラゴンホーン』だ!
金に余裕があるなら隣の『携帯鍛錬場』と『携帯錬金房』は中古で売り出し中だ!」
「いや。何でソレ目玉にしないの?というか新品はどうしたのよ。」
「中は交換したからほぼ新品だぞ?中古なのは外側だ。
元々オレが使っていたんだが、中身を交換した後に新しいアイデアが出て結局要らなくなったのだ。けど材料費はバカ高いんで、少しでも回収しようとしたが。
元が高過ぎて店売りを買った方が良いとか言われてしまった!」
まごう事無き馬鹿だとは思ったが、試しに使わせて貰うと流石に認識を改めざるを得なかった。この二つ、実用だけ見れば十分だ。
『携帯鍛錬場』は小箱の中に入る、円形舞台だ。修繕も魔力を注げば可能。装飾の類は何も無いが、周囲の舞台から観察は出来るだろう。
尚、注意点として防犯装置は爆発する放電。小箱を投げれば人が死にそうな代物だ。
『携帯錬金房』は同じく小箱で修復も同様に可能。中はテーブル付きの只の小屋でしかなく、錬金房とは名ばかりだが壁の強度が凄い。店売りに匹敵するクラスだ。
だが、防犯装置とは名ばかりの自爆装置が付いている。
「この防犯装置が価格を跳ね上げている原因ね?」
「ぼ、防犯自体は大事だぞ。伊達に魔法界で一番盗難される呪具と呼ばれていない。」
「二つ買うから半値で。」
「おぉい?!流石に暴利が過ぎるんじゃないか?!」
「でも買い手は付かないんでしょう?
部屋を壊す覚悟でこれを置ける学生が他にいるかしらね。」
むむぅと両手で頭を抱え込み、天井を見上げるように仰け反り悩むティーパーティ。
「せ、せめて原材料費回収したいので、八割!」
「二つセット価格だから各七割!」
「せ、せめて何か他の商品を相場で買って!」
ふむと取り敢えず他の商品も一通り観察する。
「そう言えば鉄生成の呪具や他の金属は無いの?」
「アレは鉄でしか成功していない。ちょっと原料費がお高くて研究用しか無いな。」
(恐喝するより本人に研究して貰った方が得か……。)
「この手袋みたいなのは発動具なの?」
「うむ。一応万人向けなんだが、『石壁』の呪文あるだろ?
アレの第一文にしか使えないが、石壁をサメの頭部形にする発動具だ。
どう工夫しても防御範囲が石壁以下で、強度もそれ以下にしか出来なかった。」
素人のグラトニーでも分かる。コイツ、才能を趣味にしか発揮出来ない天才馬鹿だ。
「これを買うわ。というか鮫顔なんだから襲わせれば十分凶悪でしょ。
呪文は同じなのよね。」
「おお有難う!言われてみればそうかもな!」
実演してグラトニーも使える事を確認し、想像以上のリアリティと強度に驚く。
消耗が大きい『生えろ』の文でしか使えないのも許容範囲だ。
手袋なのは間違いないが、よく見たらサメ型の手甲だった。普段は仕舞おう。
「ありありっした~~~!」
一応他の三学年も回ってみたが、流石に寮長を超えるインパクトの店は無かった。
本日二話更新、後半側です。
『石壁』の呪文には場所を選ばない『生えろ~』と、
土のある場所で使うと跡を残せる『伸びろ~』があります。
作中で詳しく解説があったかは覚えてないので念の為。




