28 加害者と被害者
※ほんのりグロ注意?
住民たちと別れた後、カルラは相変わらず碧の手を引いて歩いていた。パーカーのフードにポジションを移したケットシーも一緒だ。街並みを通り過ぎていけば、だんだんと人の声も遠ざかっていく。
不意にケットシーがフードから顔を出して鼻先を細かく動かした。碧でもわかるほどに、潮の匂いが近づいている。道の先は小高い丘になっていて良く見えなかったが、海が近いのだろう。
「ほら、ここだ」
カルラがぐい、と碧を引き寄せる。碧はたたらを踏みながらもカルラの隣に立った。そして息を呑む。
眼下に広がっていたのはギムレーの港だった。陽の光を反射してキラキラと輝く海。大きな船が立ち並ぶ港は真っ白で眩しい。初めて来た時と同じように大勢の漁師が声を交わしながら漁をしていた。
「仕事に行き詰まるとよくここに来るんだ」
カルラは地面から顔を出していた岩に腰かけると優雅に脚を組んだ。碧もそれに倣って岩に腰を下ろす。
「最近は特によく来るようになった」
カルラの表情が少し陰る。最近と言うのは例の事件が起こってからのことなのだろう。義肢に肘をついたカルラは目を細めて港の方を見つめる。
「……さっきはほんとゴメンな」
間を置いて重ねられた謝罪に碧は首を横に振る。むしろ困らせて、気を遣わせてしまったのはこっちの方だ。膝に下りてきたケットシーが不思議そうに見上げてくる。何となくふわふわの頭を撫でてやれば、ゴロゴロと喉が鳴る。
「いや、こっちもちょっとばかし参っててね。親からギムレー代表継いだばっかのところに例の事件だったから、さ」
カルラは頬を掻きながらそう言った。そう言えば、と碧は不意に浮かんだ疑問を口にする。
「そう言えば、カルラさんの御両親は今、どちらにおられるんですか?」
屋敷の中ではキースを筆頭に使用人しか見ていない。引退して2人別のところに住んでいるのだろうか。そんなことを考えながら問うと、カルラは眉を下げて笑った。そうして、頭上高くを指差す。
「案外どっかその辺にいるかもな」
「そ、うなんですか……すみません」
カルラは気にするなと言わんばかりに手を振った。
「アオイの方は親のことも覚えてないんだったか?」
「……はい」
一瞬反応が遅れてしまったが、取り敢えず肯定する。
「魔物に好かれるのは生まれつきのなんかなのかね? その辺もわかんないのか?」
「どう……でしょう。魔物に会えるようになったの自体が最近のことだと思うので……」
何せ元の世界にはいなかった生物だ。元の世界にいた時からそれなりに動物には好かれやすい性質ではあったが、それが彼らに適応されるかは正直わからない。
「あァ、ミズガルドじゃ山ん中にしかいないんだっけか」
「アクアさんのところに預けられてからですかね。ここまで触れ合えるようになったのは」
膝の上で丸まって眠る構えに入ったケットシーを撫でる。最初にリンドヴルムを見たときこそ怖かったが、今ではワイバーンの背に乗って空を飛べる。ナーガを怖がっていたが、スキュラーを普通に抱き上げるようになった。
我ながら変われば変わるものだと感心すると共に、何も変わっていない部分が余計に目について少し嫌になる。
結局、自分は自分に都合の良い人たちが好きなだけなのだろう。そのままで居ていいと言ってくれる強い人に甘えているだけなのだ。
「あぁ、いた! お嬢!」
暗く重くなった思考に声が割り込んだ。カルラと見合わせた顔を音源に向ければ、こちらに向かってバリーが走ってきている。慌てた様子のバリーにカルラの顔が引き締まる。立ち上がるとバリーの息が整うのを待って問いかけた。
「トラブルかい?」
「いや、それが……」
バリーが碧の方をちらりと見る。それで何となく察したのだろう、カルラの眉間に深いしわが寄った。それを見た碧も理解してしまう。バリーが諦めたように緩く首を横に振った。
「……アクアさんらが見つけました」
「場所は」
「東区です」
碧とバリーが今朝行ったばかりの地区だ。ひやりとしたものが背筋を這い上り、碧は思わず膝の上の体温に手を伸ばした。
『だいじょうぶ?』
身体の震えに気づいたのか、ケットシーが手を舐めてくれた。色の違う瞳が心配そうに見上げてくる。
「大丈夫」
小さく呟いたのが聞こえたのか、バリーと話していたカルラがこちらを振り返った。
「悪いけど、バリーと一緒に屋敷に戻っててくれ。アタシは現場まで行ってくる」
「……わかりました」
アクアたちの事も気がかりだが、現状で碧に出来ることもない。余計な心配事を作らないように大人しくしているのが一番だろう。
「エスコートしっかりな、バリー」
「アイよ、お嬢もお気をつけて」
冗談めかしてそう言ったカルラに、バリーもおどけて額に手を当てる。幼馴染というだけあって気心知れた仲なのだろう。少し表情を明るくしたカルラはそのまま走り去っていった。
「僕らも戻ろうか」
「あ、はい」
「……ところで、その仔はどうするの?」
バリーの指に釣られて自分の膝に視線を落とす。うつらうつらと舟を漕いでいるケットシーが動く気配はない。仕方がないのでそっと抱き上げると腕に尻尾が巻き付いてきた。
「連れて帰っても大丈夫だとは思うよ。お嬢は気にしないだろうし」
「……すみません」
碧はうにゃうにゃと寝言を言うケットシーを抱えたまま帰路に着いた。
◆◆◆◆◆
一方カルラはバリーの言っていた東区の路地裏へと向かっていた。荒くれ者の集団とは言え、ギムレーの代表であるカルラに喧嘩を売る者は流石に多くはない。遠巻きに何か言ってくる者や唾を吐いてくる者はいるが、それに関しては無視を貫けば彼女的には無害だった。
義足とは思えない速度と体捌きで目的地に向かって疾走するカルラ。やがて一軒の廃屋が見えて来たので更にスピードを上げる。その玄関口にはフードを被った大男が立っていた。こちらに気づいたらしく、振り返ってフードを背中に落とす。
「早いね」
「ウチの部下は優秀だからな」
カルラはそう答えると、アクアマリンを見上げる。男は黙ったまま、蝶番で辛うじてぶら下がっている扉を指差した。
「中に16人。全員左胸に穴が開いてる」
「そうか」
言葉少なにそう返したカルラは躊躇いもせずにドアを開け放った。生ぬるい空気に鉄錆の匂いが混ざって頬を撫でていく。踏み出した足元で水音が鳴った。
両手に女を侍らせてにやついている者、幹のような腕に枝垂れかかる者、襲撃に気づかなかったのかドアに背を向けた者。まるでその瞬間を切り取ったように時間を止めたヒューマーが折り重なって倒れている。
大半が何が起こったのか理解できないままに死んだのだろう。争った形跡は全くなかった。そして奥の壁には写真に写っていたのと同じ、赤い文字。
「一方的だね。相当の手練れだ」
玄関から顔を覗かせた男が顔をしかめる。カルラは床に染み込んだ血の跡を指先で掬うと確かめるようにこすり合わせた。指の間にかかった赤い橋は直ぐにぷつりと切れた。
「死んでからそう時間は経ってないね」
「多分まだ1時間も経ってないよ」
シャオの声が頭上から降ってくる。カルラが見上げると一陣の風が吹き抜けた。咄嗟に顔を庇ったカルラの目の前で砂埃が渦を巻く。ゆらり、その中心が陽炎のように揺らいだ。
「シャオが血の臭い嗅ぎつけて直ぐに来たんだ。今、周りを見てきたが逃げたり隠れたりしている奴は居なかった」
姿を現わしたエドワードはシャオを肩車していた。エドワードが空を飛ぶにもシャオが陽炎で2人を隠すのにも、この体勢が丁度いいのだ。するりと肩から下りたシャオはカルラに駆け寄る。
「途中で色んな臭いに邪魔されちゃって、ちょっと時間かかっちゃったんだ」
ごめんよ、と頬を掻くシャオにカルラは首を横に振った。
「バハムーンはあんまり鼻が効かないからな、こんだけ早く見つけられたのはまだいい方だ」
言いながらカルラはもう一度惨状を振り返る。大抵の被害者は少なくとも2,3日は気づかれないまま、もしくは気づいていながらも放って置かれることが多かったのだ。
もっと悪いと身ぐるみ剥がされた死体なども見つかっているような状況だ。その上、身よりなどない彼らは多くが野ざらしにされる。ギムレーの調査員が見つけた場合は一応弔いはするのだが、無縁仏としてまとめて供養されていた。
「しかし、こんだけの人数が一辺に殺されるとはね……」
これまでは1人ずつ、人目につかないところで殺され放置されていた。今回はただのごろつきとは言え、それなりに屈強な輩も数名混じっている。それを死に気づかれないほどに一方的に殺す者が、確かにいるのだ。
「飛び道具じゃなさそうだね。痕跡がない」
部屋に入り込んで壁や床を調べていた男がそう告げる。壁は傷んでこそいたが、死体と同じような穴は見当たらなかった。
「刺突系の武器にしても、ヒトの速さで出来る芸当じゃねぇな……となると」
エドワードが言葉を切った。その先をカルラが継ぐ。
「魔法……か」
「あぁ……傷口に火傷や砂の痕はねぇから、炎と土の魔法使いは候補から外して良いだろうな」
顔をしかめながらも死体を調べていたエドワードが立ち上がった。
「じゃあ、容疑者は風か水の魔法遣い?」
「はっきりそう決まったわけでもねぇだろうが……可能性として高いのはそうだろうな」
エドワードは片手を掲げると軽く開いた。その手のひらの中で空気が渦を巻き、圧縮されていく。
「空気や水なら痕跡は残らねぇからな」
立てた人差し指で空気の弾丸を弾く。それは真っ直ぐ飛んで行って、部屋の隅にあった木箱にぶら下がっていた南京錠を破壊した。
「きゃあッ!」
悲鳴に4人の視線が音源へと集中した。エドワードはつかつかと木箱に歩み寄ると蓋を開ける。
「大丈夫か?」
木箱の中に差し込まれた手が、柔い力で握られる。よ、と勢いをつけて持ち上げられたのは、1人の幼い少女だった。蓋を閉じた木箱の上に座らされた少女の視線はあちらこちらへと動いて落ち着きがない。エドワードは背後の惨劇が見えないよう、自分の上着を頭から被せてやった。
「外に出ようか」
エドワードが優しい声でそう言うとてるてる坊主のような頭が微かに上下した。頭を胸に抱き込むように抱き上げると、小さな手が縋り付いてくる。目配せを受け取ったカルラも廃屋を出る。
「怖かったな、もう大丈夫だ」
声をかけながら歩けば、強張っていた身体から力が抜ける。適当な場所でドラム缶に少女を下ろして上着を取れば、未だ恐怖に揺れる赤茶色の瞳が見上げてくる。カルラを映したそれが少しだけ大きくなった。
「アタシのことは知ってるな? こっちはエドワード、アタシの仲間だ。アンタの名前は?」
自分とエドワード、少女を順々に指しながら問えば、蚊の鳴くような声がキノ……と答える。
「……キノは何であんなところにいたんだ?」
薄々解ってはいながらも一応そう尋ねれば、視線が膝の上へと落ちる。
「閉じ込められてたのかい?」
カルラの問いに首肯が返る。2人は一度顔を見合わせるとキノへと視線を戻す。
「何かおかしな音を聞かなかったか?」
小さな拳がきつく握られる。震える唇が、ゆっくりとだが開いた。
「ドアが、開く音がしてすぐに……ぐちゃぐちゃって、気持ち悪い音、がして……それで、重いのが倒れて」
耳の中で音がするのか、キノは両手で耳を塞いだ。記憶ごと吐き出したいのだろう、微かにえずいた喉がおののく。
「赤い、赤いの、が……見えたの。あの、人たちは……?」
「アイツらはな、せっかく獲った獣の肉を落としちまったんだ」
キノの言葉を遮るようにエドワードは嘘を吐いた。美麗の唇が幼子の記憶を塗りつぶす。目を覗き込むように傍らに膝をつく。
「で、それに気づかずに踏んじまって、転んじまったんだよ。ぐちゃぐちゃした音とか、倒れた音がそれだ」
「そう……なの?」
救いを求めるようにキノはカルラを見る。あぁ、とカルラが薄く笑いながら頷く。
「せっかくのメシに勿体ないことしちまったからな。皆、伏せて反省してたんだ」
その額は地に擦りつけられたまま、二度と上がることないが。
両側から綺麗に微笑まれ、少女はぽぅっと呆けたように2人の目を見つめる。
「ま、反省してても誘拐は誘拐だしな。アイツらはアタシが叱っとくから、アンタはもう帰んな」
「そうだな、送っていくよ」
エドワードが立ち上がって手を差し伸べれば、小さな手のひらが重なる。もう一度アイコンタクトを交わすと、エドワードはフードを浅く被って耳を隠した。
「じゃ、後頼むよ」
「おー、直ぐ戻る」
ミズガルドではありえなかった小さな体温。何とも言えない気持ちを抱きながら、エドワードはキノの進む先へと足を向けた。
加害者が被害者になることと、普通の人が被害者になることは同じはずなのに何かが違うんですよね。




