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【完結】せめて異世界では普通になりたかった  作者: 四片紫莉
第1章 普通じゃない人たち

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21 雑貨屋と魔法使い

「お前、親父から魔法教わったのか……」


 こくりとケルピーが首を縦に振る。じゃあ、とワイバーンの方を振り返ると、鼻先でケルピーの方を指した。


『我はケルピーに教わった。他の者にも教えていたようだが、習得できたのは我だけだ』


 魔物の中でも魔法使いになれるか否かの資質というのはあるらしい。今のところはこの2体だけのようだ。


「そうか……そういや、名前は貰わなかったのか?」


 それだけ仲が良かったのなら、()()していてもおかしくはない。エドワードがそう尋ねれば、ケルピーはぱちぱちと瞬きをする。


『ううん。ボクはボク以外にはいないから、必要ではないんだよね』


 唯一種であるケルピーには()()()()()()は必要ない。再び懐古しているのか、目が少し遠くなる。


『うん。でも、そうだなぁ……チビやベリルのこと、羨ましいと思う』


 自分に答えを教えるように、ケルピーは小さく呟いた。そうしてうつむきがちだった顔をぱっと上げた。視線の先はエドワードだ。


『名前、欲しいな。エドがつけて』

「……俺がか?」


 少し間を開けて応えたエドワードにケルピーは頷く。エドワードは碧の方をちらりと盗み見るも、ケルピーは特に反応を見せずにじっとエドワードを見つめている。


「んん……後で文句つけんなよ?」

『内容によるかな』


 クソ、と小さく毒づいたエドワードがケルピーに向き直る。ワイバーンや碧もその様子を見守っていた。ベリルに至ってはワイバーンの頭で羽を休めながら食い入るように見つめていた。

 そんな少しだけ居心地が悪いような空気の中で、エドワードはケルピーへと与える名を口にする。


「グレイ……でどうだ」


 偉大なる水の魔法使い。彼の師。種族を越えて愛し合ったその片割れ。その名を、エドワードはケルピーへと与える。


『うん……うん。それでいいよ。それがいい』


 ケルピーは嬉しそうに笑っていた。釣られたエドワードの頬も少し赤い。熱を誤魔化すように高度を上げた1人と1匹を見上げて、ワイバーンも楽しそうに笑う。


『いいな、我も後で貰おうか。ニダウェに着くまでに考えておいてくれ』


 え、と驚いたように声を上げた碧を尻目に、ベリルが楽しそうに鳴いて大きく羽ばたいた。



◆◆◆◆◆



 空路組の和やかな道中と打って変わって、地下通路組は戦闘真っ最中だった。


「シャオ! 頭上落ちてくる、気をつけて!」


 つららのようにせり落ちてきた岩盤に、男は大きく剣を薙いだ。斬り落とされた先端を追うように新しいつららが生え、トロッコに大穴を開けようとする。

 が、チビが力強く地を蹴れば、それははるか後方へと置いてけぼりになった。その足元からも棘が突き出してきてはチビの脚を貫こうとしていたが、触れる前に障壁に阻まれて砂へと還っていく。


 今のところトロッコにも乗組員にもダメージはないが、きりもない。そうこうしている内に、目の前の空間を閉じるように壁がせり上がって来る。それを一瞥したシャオは両手を体の前で合わせた。集まった熱が渦を巻き、大きくなっていく。


「チビ、そのまま突っ込ん、で!」


 そう叫ぶと同時に両手を前へと突き出す。火球は尾を引きながら飛んで行き、通路を閉じた壁に当たって炸裂した。もうもうと砂煙が立ち込め、壁の残骸が降りしきる中をチビが駆け抜ける。小石を噛んだトロッコが大きく跳ねたがそれだけだ。


「チビ、大丈夫?」


 砂煙から顔を庇いながら声をかければ、元気な鳴き声が返ってきた。ふぅ、と隣から小さな溜息が聞こえたのでそちらを見ると、シャオが一息ついているところだった。


「予想通りとは言え、ちょっときつい?」

「んーん、ちょっと楽しいかも。ミズガルドじゃ、あんまり派手な魔法って使ったことないし」


 男たちはこの展開を予想していた。地下通路の存在がバレていることと、それを使ってミズガルドを出るつもりであること。それらを知られていることも、知っていた。風がエドワードの耳に運んだ情報ではもう少し行ったところに騎士たちの待ち伏せがある予定だ。


 そこを避ければ、目的の人物に会えることも知っていた。


 トロッコが軋みを上げながら方向を変える。横道へと逸れ、しばらく走ると辺りが大きく開けた。ちょっとした建物なら入りそうなくらいのドーム状の空間だった。シャオの設計図にはない場所だ。そしてそれを創り出した魔法使いが、その中心に立っていた。


「じゃ、一旦バイバイ」

「ん、後でね」


 2人が短く言葉を交わすうちに、石つぶてが飛来してくる。が、それはチビの障壁に負けて粉々に砕け散った。つぶてに紛れるようにシャオがトロッコから飛び降りる。そうして歯噛みする魔法使い――スペイスの前に舞い降りた。


「……足止めのつもりか?」

「うん。キミをどうにかしないと、オイラたちここから安全に出れないし」


 ドームの外周を駆け抜けていったトロッコを見送りもせず、シャオは一歩を踏み出した。スペイスも同様だ。


「ここで私に勝てるとでも?」


 ずん、と地面が揺れる。そこらじゅうの地面が蛇のように盛り上がって、シャオに牙を剥いた。シャオはそれをぼんやりと見つめ、口を開く。


「進撃の精霊よ、加護を受けし者に応え、我に徒成すものを焦がせ」


 静かな詠唱とは裏腹に、凄まじい爆炎が上がった。燃え盛る炎はシャオの命に従い、土の蛇()()を爆散させ焼き尽くしていく。ともすれば天井ごと崩落させそうな威力であったが、スペイスの魔法以外には焦げ跡一つ付けていない。


「な……対象指定だと!?」


 炎の魔法は4つの魔法の中で最も苛烈だ。威力も大きければ範囲も大きい。故にこのような狭い場所では圧倒的に不利な筈。少なくともスペイスはそう踏んでいた。

 その予想を大きく裏切り、シャオは事も無げにスペイスの魔法だけを消し去った。スペイスは彼のレベルの高さに舌を打つと、両手を勢いよく地面に叩きつける。


「生命の精霊よ、加護を受けし者に応え、奈落の門を今ここに!!」


 スペイスが触れた地面が揺れ動く。シャオは一瞬足元に目を落とした。刹那、地面が大きくひび割れ、奈落への門が口を開く。落ちれば絶壁、上るのは不可能だ。現段階でスペイスの使える魔法の中では最も難度と威力の高い魔法だった。


 だが、それはシャオの瞳を少しばかり丸めただけだった。


 シャオは地割れが自分の足元に到達する直前に軽く地を蹴り、回避していた。足元で小爆発を繰り返して滞空しながら、地面に手のひらを向ける。


「進撃の精霊よ、加護を受けし者に応え、灼熱の大地を開け」


 地面が再び揺れ動いた。スペイスの顎先から汗が滴り落ちる。妙に暑いと気づいた時には、奈落の底から灼熱が這いあがって来るのが見えていた。どぷりと噴き出した溶岩は、ひび割れを埋めるように満ちると急速に冷えて固まっていった。シャオはそこに舞い降りると再びスペイスの方へと向き直った。

 滴る汗に冷や汗が混じる。レベルの違いを否が応にも見せつけられ、自信が打ち砕かれていく。


「ミズガルド最強の魔法使いは伊達じゃないね」


 それは、シャオとしては素直な称賛だった。が、スペイスにとっては耐えがたい皮肉となって彼の自尊心を傷つける。血液が沸騰するような感覚に、スペイスは衝動的に石つぶてを放つ。が、それはシャオの前に出現した炎の壁に焼き尽くされて地面へと還った。


「何故……! 私は……私ではデミヒューマーに勝てないのか!?」


 雨のようにつぶてを降らせながらスペイスは叫んだ。魔法式の構築速度、詠唱の効率化、その全てにおいて、スペイスは優れていた。しかし、それは所詮ヒューマーという括りの中だけに過ぎない。

 彼は長年の研究の果てに、ヒューマーとデミヒューマーの間に越えられない壁があることに気付いていた。だが、こうして実際に対峙するまで、その壁の厚さ高さを知らなかったのだ。


「ッ、生命の精霊よ、加護を受けし者に――」

「進撃の精霊よ、加護を受けし者に応え、場を紅蓮に染め己と化せ」


 スペイスの詠唱に上書きするようにシャオが唱える。地面が震え、ひびが入っていく。体勢を崩したスペイスがひび割れに足を取られて尻もちを着いた。


 その目の前で、地獄の窯が蓋を開ける。


 蛇が鎌首をもたげるように、ひび割れから再び溶岩が噴き出した。今度は辺り一面に広がっていく。やがて溶岩はスペイスの周りに僅かな足場と、シャオの前に細い道を残して空間を埋め尽くしていった。


「な……」

「1時間経ったら、上歩けるくらいに冷ますから。しばらくそこにいてね」


 シャオの言葉にスペイスは息を呑む。それはつまり、1時間この魔法は持続するということだ。しかもそれだけの魔法を使ったにも関わらず、シャオは疲労の色一つ見せていない。


「じゃあ、バイバイ」


 シャオはそう言うと、溶岩に挟まれた小道を駆け出した。スペイスは奥歯を噛み締めると、地面に着いたままだった手を固く握りしめる。


「生命の精霊よ、加護を受けし者に応え、我が敵を切り刻め!!」


 シャオがちらりとスペイスを盗み見る。詠唱を終えたばかりの口は開いたまま固まっていた。何も起こらないのだ。シャオの足元を狙って、地面から生えるはずだった刃は影も形もない。


「不発!? いや、抑えられているのか……!」


 地面を覆いつくす溶岩がスペイスの魔法の発動そのものすら抑え込んだのだ。土の魔法は他の3つの魔法とは異なり、何もないところから土を生み出すことは出来ない。地面や砂、岩を操る魔法なのだ。操るものがなければ、発動することはない。どうして、食いしばった歯の間から漏れた呟きは溶けた岩に焼き尽くされていく。


「生命の精霊よ、加護を受けし者に応え、我が敵を貫く槍を!!」


 下が駄目なら上からだ。スペイスは素早く詠唱を切り替える。トロッコに攻撃を仕掛けた時と同じように、頭上から尖った岩がせり落ちる。次々と生まれ落ちた槍は切っ先を全てシャオに向けている。


「落ちろ!!」


 スペイスの言葉を指揮に従って、無数の槍がシャオを襲う。シャオは気付いていないのだろう、振り向きもしない。


 もらった、と。子供のような歓喜を覚えた胸は、直ぐに絶望で満ち満ちた。


「わっ……!」


 そんな小さな声を上げたシャオの目の前で、灼熱の蛇が独りでに立ち上がる。大きく顎を開いた蛇は槍を一つ残らず呑み込み、何事も無かったかのように溶岩溜まりへと戻っていった。

 シャオが足を止めたのは一瞬だった。振り返った琥珀と、それよりも色の濃い瞳が視線を交わす。


「……それほどの魔法使いが、デミヒューマーにはいるのか」


 走り去ろうとするシャオの背中へ、スペイスは覇気を無くした声を投げた。


「貴様、名は」

「……! オイラ、シャオだよ! キミは?」

「……スペイス」


 どこか嬉しそうに答えるシャオ。足を止め、身体ごとスペイスに向き直っている。それに対してスペイスは素っ気なく返した。が、しばし黙ってから再び口を開く。


「デミヒューマーの魔法使いはお前のような実力者ばかりなのか?」

「んー? オイラそんな強い方でもないと思うよ。本業は雑貨屋だし」


 スペイスの瞳孔がゆっくりと開かれる。拳に骨が軋むほどの力が入って、肩が小刻みに震えていた。様子がおかしいことに気付いたのだろう。シャオの首が傾いだ。


「どうし――」

「黙れッ!!」


 シャオの耳がびくんっ、と跳ね上がった。きょとりと丸まった目に映るスペイスは、言い表せないような表情を浮かべていた。髪を掻き乱し、呼吸は荒い。まるで幽鬼のようだった。


「何故だ……! 何故、ヒューマーとデミヒューマーにこれほどの()がある!?」

「んーと……そのね、キミは精霊にあんまり好かれてないんだよ」


 追い求めていたその答えを、あまりにもあっさりと与えられ、スペイスは呆然とした。顔を上げれば、困ったように眉毛を下げたドワーフがそこに立っている。


「どういう……意味だ?」


 一瞬この戦いの目的すら忘れていた。スペイスの問いに、シャオは答える。


「だって、キミらは魔物をいじめるだろ? 自分の好きなものいじめられたら、嫌いになっちゃうのも仕方ないと思うよ」


 だから精霊は、キミにあんまり手を貸してくれないんだ、と。シャオは何とも簡単にそう言った。


「何を馬鹿なことを! 魔法は我々ヒューマーに与えられた魔物への唯一の抵抗手段だ! それを……!!」

「でも、()()()()()()()()じゃ、魔物は倒せないよ」


 スペイスが言葉に詰まり、喉を鳴らした。シャオの言葉は事実だ。長いノアの歴史の中で、魔法使いが討伐した魔物の数は両手で足りるほどだった。それも魔道具に頼り、数人で集中砲火をかけてやっとのことで討ち取っている。スペイスでさえ、1人での討伐は果たしていない。


「そもそもヒューマーに魔法使い自体あんまりいないでしょ? それも年々減ってってる」

「それは……!」


 スペイスは反論の言葉を探すが、出てこない。暑さのあまり、舌が喉に張り付いてしまったようだ。ごくりと唾を呑み込んでも、頭の中に浮かんですらいない言葉が口から出てくることはない。


「1回精霊と、向き合ってみたらどうかな?」


 シャオはさらりとそう言うと、今度こそスペイスに背を向けて駆け出した。その背中がどんどん遠ざかっていく。

 最初から、手の届かないところにいたのに。見えなくなるほどに、遠くなっていく。


「あぁあああああ……っ」


 零れた呻きは溶岩に容易く食いつくされる。拳で地面を叩いても、魔法は応えてくれない。


「そんなはずはない……! 私たちは精霊の使役を許された存在なのだ。それが、獣ごときに劣るなどと……!!」


 シャオの言葉はどうやら届かなかったようだ。

思い込みの魔法を解くのは難しいのです。

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