第31話 「害悪戦法」
「だから、お前には女神と戦ってもらう。」
劣呉がそう言った直後だった。
凍り付いた湖の中央から、まばゆい光が立ち上る。
『神域を穢した者。』
『その罪、万死に値します。』
白い翼を広げた女神が静かに空へ舞い上がる。
斎藤は氷を砕きながら鼻で笑った。
「知らん。」
『言い訳は不要です。』
女神が右手を掲げる。
空に巨大な魔法陣が浮かび上がり、光が一点へと収束する。
『消えなさい。』
次の瞬間、純白の極太の光線が斎藤へ放たれた。
森が昼のように明るく染まる。
「ふん。」
斎藤は懐から例のパンツを取り出した。
「《パンティクル=ビッグバーン》」
世界が、ぐにゃりと歪む。
神聖だった空気が、一瞬で不快な違和感へと塗り替えられた。
女神の身体が揺らぐ。
『な……何を……』
光が黒く濁っていく。
聖なる力が意味を失い、存在そのものが崩壊し始めた。
『そんな……私が……』
女神は光の粒となり、そのまま跡形もなく消滅した。
静寂。
「終わったぞ。」
斎藤は何事もなかったかのようにパンツをしまう。
「さて。」
ギロリ。
その視線が劣呉へ向く。
「次はお前じゃ。」
「やっぱそうなるよなぁぁぁ!」
劣呉は泣きそうな顔で叫びながら飛びかかった。
ドゴッ。
「うおっ!」
斎藤の頬に拳が当たる。
「効かん。」
バキッ。
今度は斎藤の拳が劣呉の肩へ当たる。
「痛ぇ!」
お互い魔力も体力もかなり消耗していた。
必殺技を撃つ余裕はない。
結果として始まったのは、あまりにも低レベルな殴り合いだった。
「おらっ!」
「このっ!」
ペチッ。
ドンッ。
バシッ。
泥だらけになりながら、お互いに拳を振り回す。
しかし劣呉は、このまま正々堂々と戦う男ではない。
「《筋肉攣縮》!」
ピキッ。
「ぐっ……足がつった!」
その隙に一発。
「ていっ!」
ペチッ。
「《目の前に水たまり》!」
斎藤が踏み出した瞬間。
ズルッ!
「ぬおっ!」
体勢を崩したところへ、
「おらぁ!」
ボスッ。
腹に軽い一撃。
「《羽虫召喚》!」
ブーン……
大量の羽虫が斎藤の顔の周りを飛び始める。
「鬱陶しい!」
ブンブン腕を振り回す斎藤。
「《靴の中に小石》!」
「……ん?」
一歩踏み出した瞬間。
「痛っ。」
靴の中で小石が絶妙な位置に入り込む。
「なんじゃこれ!」
歩くたびにコツ、コツと足裏を刺激する。
「《鼻だけ異常にかゆくなる魔法》!」
「くっ……!」
鼻をかけば殴られる。
我慢すれば猛烈にかゆい。
「《前髪だけ視界に入る魔法》!」
「邪魔じゃああ!」
前髪を払っても、また目の前へ落ちてくる。
「おのれぇぇぇ!!」
斎藤は叫ぶ。
「真正面で勝てないなら!」
劣呉は拳を構える。
「相手が最高に嫌がることを、延々とやるだけだ!!」
「この害悪野郎がぁぁぁ!!」
「お前にだけは言われたくねぇ!!」
森の奥では、世界の命運を賭けた戦いとは思えない、あまりにもくだらない殴り合いが続いていた。




