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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン1
98/2056

第42章 深海の邂逅:漆黒の契約


1945年4月、マリアナ諸島東方。北緯12度、東経134度付近の広大な太平洋は、漆黒の闇に包まれていた。月齢は新月に近く、空には満天の星が瞬いているが、その光は深海から浮上した巨大な潜水艦の存在を照らし出すにはあまりにも弱々しかった。


そうりゅう型潜水艦「そうりゅう」は、AIPシステムによる静寂な航行を終え、微かに波を立てながら洋上にその艦橋を現した。艦体からは、長時間の潜航で冷え切った鋼鉄の匂いと、最新の合成樹脂の微かな香りが混じり合い、夜の潮風に乗って拡散していく。


「水測長、伊58の接触は?」竹中二等海佐の問いに、石倉先任伍長の声が張り詰めた緊張感を伝えた。

「艦長、音紋捕捉。距離三海里、方位2-7-0。ディーゼルエンジンの特有の拍動と、古いタイプの冷却水循環音、そしてスクリューキャビテーション。間違いありません、B3型潜水艦『伊58』です」石倉はヘッドセットを耳に押し付け、パッシブソナーの微細なノイズの中から、確実に目標の「声」を聞き分けていた。


その音紋は、未来の「そうりゅう」が持つ高精細なソナーにとって、過去の潜水艦の「指紋」のように明確であった。

「よし」竹中艦長は短く命じた。「針路2-7-0。浮上状態を維持し、会合ポイントへ向け微速前進」。


艦橋のハッチが開き、竹中艦長と深町副長が冷たい夜の潮風を受けながら外に出た。波が艦体に打ちつける音が、船体を微かに揺らす。深町は双眼鏡を構え、闇の彼方に目を凝らした。遠く、波間に浮かぶ黒い影が、ゆっくりとこちらへ近づいてくるのが見えた。


それは、闇夜に溶け込むかのような巨大な鉄塊、全長約108.7mを誇る伊号第五十八潜水艦(I-58)であった。艦橋のシルエットが、星空を背景に鈍く浮かび上がっている。


「伊58、予定通り接触。問題なし」深町が報告した。

やがて、両艦は互いの姿を目視できる距離まで接近した。数メートルの間隔を保ち、並行して洋上を漂う。伊58の艦橋に立つ橋本以行中佐の姿が、双眼鏡越しに確認できた。


「伊58より『そうりゅう』へ。橋本以行だ。遠路ご苦労。貴艦の存在は、我々の常識を遥かに超えている。原子力とやらを動力とする潜水艦か?」橋本中佐の声は、ノイズ混じりの無線越しに問うてきた。


竹中艦長は、伊58へ向けた信号を送るよう指示した。


「伊58艦長、本艦『そうりゅう』は、貴艦同様、エレクリック潜水艦だ。しかし、本艦の高性能ソナーとAIPシステムにより、長時間の潜航と精密な目標探知が可能となっている。貴艦と共に、極秘裏に原爆輸送任務を帯びた米重巡洋艦インディアナポリスを撃沈する。史実では貴艦が成し遂げた戦果だが、今回は搭載後の阻止だ。米軍は多数の対潜艦艇を護衛につけているだろう。

貴艦は、九五式酸素魚雷を17本搭載していると聞く。その強力な『牙』が必要だ」。


伊58の艦橋から、橋本中佐の声が応答した。「インディアナポリス 確かに、我々の九五式酸素魚雷は、炸薬量と雷跡の少なさにおいて、敵艦に回避の余地を与えない。


石倉は、ソナーの情報から伊58の稼働状況を把握し、竹中艦長に耳打ちした。「艦長、伊58の電動航行音は極めて静音です。特に潜航時の探知困難性は高いと判断します。ただし、当時の潜水艦はバッテリー依存度が高く、連続潜航時間は我々に比べて限定されるでしょう」。


「承知している」竹中艦長は頷き、無線に語りかけた。


本艦は、AIPシステムによる長時間の潜航で目標の予想航路を先回りし、待ち伏せポイントへ進入。貴艦は、その優れた静音性能と、我々からのリアルタイムの索敵情報を活かし、敵艦隊の対潜網を潜り抜け、攻撃態勢に入る。目標への最終的な魚雷攻撃は、貴艦に任せる」。


橋本中佐は、沈黙の後、力強く応じた。「了解した。貴艦からの情報に全幅の信頼を置く」。


漆黒の洋上で、未来の鋼鉄の巨鯨と、過去の鋼鉄の巨鯨は、互いの存在を認め合った瞬間だった。

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