御文庫への証言――未来から来た日本
## エピソード97 皇宮の謁見
昭和二十年四月二十三日、午後一時三十分。
東京・皇居、御文庫。
厚い扉が閉じられると、外の戦争の音は遠のいた。
地下の一室。
上座には昭和天皇。
傍らには木戸幸一内大臣、鈴木貫太郎首相、東郷茂徳外相、米内光政海相らが控えていた。
御前には、二人の軍人が座している。
第二艦隊参謀長・森下信衛少将。
そして呉の護衛艦「まや」から派遣された海上自衛官。
二人の間には黒い耐衝撃ケースが置かれていた。
森下が頭を下げる。
「恐れながら申し上げます。戦艦大和は現在、呉にあります」
室内に小さな緊張が走った。
「伊藤第二艦隊司令長官、有賀艦長以下、生存しております。私もまた、同艦にて沖縄より帰還いたしました」
大和が生きている。
それ自体が、未来側の主張をただの怪情報では済ませなくしていた。
森下は続ける。
「また、大和と共に帰投した護衛艦『まや』を、私は直接確認しております」
レーダー。
誘導兵器。
ガスタービン機関。
電子計算機。
どれも昭和二十年の工業技術では説明できない。
だが海自特使は、それらの性能を誇示しなかった。
「陛下。本日お持ちしたのは、兵器の説明ではございません」
ケースを開く。
取り出されたタフブックを内蔵電池で起動する。
青白い液晶画面が灯った。
海自特使は、まず言った。
「これからお見せするものは、これから必ず起きる未来ではありません」
東郷が顔を上げた。
「我々がいた時代に残されていた、本来の歴史の記録です」
画面が切り替わる。
一九四五年八月。
広島。
市街地の中心部が、ほとんど形を失っている。
次の画像。
長崎。
山に囲まれた街の上に巨大な雲が立ち上っている。
昭和天皇は無言だった。
鈴木の手が微かに動いた。
「これが……一発の爆弾で?」
「はい」
海自特使は答えた。
「核分裂反応を利用する原子爆弾です」
その説明は必要最小限だった。
爆弾の構造も製造方法も語らない。
必要なのは、兵器技術の移転ではない。
この戦争を続けた先に存在した結果を示すことだった。
森下が低く言った。
「未来の者たちは、当初の歴史において広島と長崎が原爆攻撃を受けたと申しております」
そして付け加えた。
「しかし、今後同じ日に、同じ都市へ投下される保証はありません」
昭和天皇が海自特使を見る。
「歴史が変わったからか」
「はい」
「大和が生きていることも?」
「本来の歴史にはありません」
レーガンの出現も。
首里での持久も。
中立国ルートを通じた講和工作も。
すでに未来側が知っていた歴史から外れている。
「ですから我々にも、この先は分かりません」
その言葉に、室内の空気が変わった。
未来人は未来を知っている。
誰もがそう思っていた。
だが彼ら自身が、その優位を失ったと認めたのである。
「では」
天皇が静かに問うた。
「何を伝えるために来たのか」
海自特使は画面を切り替えた。
そこに映ったのは、別の広島だった。
川沿いに建物が並び、道路を車が走っている。
次に長崎。
港には船が浮かび、斜面には家々が広がっていた。
さらに東京。
高層建築の下を、無数の人々が行き交っている。
「これは?」
「我々の時代の日本です」
沈黙。
「日本は戦争に敗れました」
海自特使は言った。
「ですが、日本という国も、日本人も、そこで終わったわけではありませんでした」
子供が学校へ行く。
列車が走る。
人々が街を歩く。
ただの日常。
その映像の方が、未来兵器よりも昭和二十年の人々には異様なものだった。
「大和は」
昭和天皇が尋ねる。
森下が答えた。
「我々は大和を、もう一度戦わせるために呉へ帰したのではありません」
森下の脳裏に、有賀の言葉が蘇る。
――我らは彼らから時間を預かった。
「沖縄の将兵が命を削って稼いだ時間を、本土へ届けるためであります」
オリジナルで片倉たちが選んだ答えも同じだった。
勝つためではない。
敵を全滅させるためでもない。
限られた弾薬と燃料を、政治決着のための時間と証拠へ変える。
海自特使が深く頭を下げた。
「恐れながら、我々が申し上げたいのは一つだけです」
誰も動かなかった。
「戦争の後にも、日本には時間があります」
昭和天皇は再び画面を見た。
焼け野原となった広島。
復興した広島。
破壊された長崎。
人々が暮らす未来の長崎。
同じ国の、二つの姿。
長い沈黙の後、
天皇は静かに目を閉じた。
そして、ゆっくりと深く息を吸った。
まだ、決断は下されない。
だがこの瞬間、
大和が沖縄から運んできたものは、
四十六センチ砲でも、勝利の報告でもなくなった。
それは、
「戦争を終えた後にも国は続く」
という、昭和二十年の日本がまだ見ることのできなかった未来だった。
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