第36章 希望への北上:最後の和平工作
第三の課題、加速する日本本土上陸作戦『ダウンフォール作戦』への対応について、片倉は、大型モニターに日本列島の地図を映し出した。
「これまでの沖縄での戦果、すなわち米軍の沖縄占領断念、B-29編隊の壊滅、そして座礁艦隊や地下陣地による陸上戦での粘り強い抵抗は、米軍に多大な損害と精神的な動揺を与えています。これは、史実ではありえなかった、日本側にとって極めて有利な状況です」
神谷一佐が説明を加えた。その言葉に、旧日本軍の将校たちの顔に、かすかな驚きが浮かんだ。彼らは勝利の実感を得ていたが、それが国際戦略においてどれほどの意味を持つかまでは理解していなかった。
「この有利な状況を最大限に活用し、日本に迫る原子爆弾投下と本土決戦を回避するため、超早期の条件付き和平交渉を締結する必要があります」片倉は、核心を突いた。
「しかし、米軍は無条件降伏を求めています。この状況で和平交渉を有利に進めるためには、さらなる『圧力』が必要となります」
その「圧力」として、片倉が示したのは、意外な提案だった。
「戦艦大和を、この沖縄から離脱させ、本土の母港・呉を目指して北上させます」
森下副長が、目を剥いた。「大和を?この戦況で沖縄から離脱させるなど……」彼の脳裏には、「大和の最期」という史実の記憶が、まざまざと蘇っていた。特攻という名誉ある散華ではなく、まさかの離脱という選択肢に、戸惑いを隠せない。
「史実において、大和は沖縄沖で沈みました。しかし、我々の介入により、大和は健在です。そして、その存在は、米軍に『未知の超兵器』と認識され、彼らの戦略に甚大な影響を与えています。もし、その『動く要塞』である大和が、沖縄を離れ、日本の心臓部へと向かえば、米軍はさらなる混乱と警戒を強めるでしょう」
「大和の北上は、米軍にとって本土へのさらなる脅威となり、彼らの軍事計画に計り知れない心理的圧力を与えるはずです」神谷が説明を続けた。
「海自のイージス艦『まや』が、その卓越した防空能力とレーダーで大和を護衛します。まやのイージスシステムと、大和の46cm主砲による戦略爆撃機への攻撃能力を組み合わせれば、本土へ向かうB-29に対する、ある程度の反撃は可能です。同時に、米軍が恐れる『未知の存在』が本土方面へ移動することで、彼らに早期和平の圧力をかけることが可能となります」
牛島大将は、深く頷いた。「なるほど……大和を『切り札』として動かし、和平交渉のカードとするか。我々だけでは為しえぬ、未来の知識と戦力あってこその発想だ」
「この和平交渉を実現するためには、天皇陛下への直接の上奏が必要です」片倉は、真剣な眼差しで言った。
「現在の日本は、本土決戦、一億総玉砕へと向かっています。しかし、沖縄での我々の戦果は、降伏条件を有利にするための『手札』となり得ます。米軍がまだ沖縄を占領しておらず、原爆も投下されていないこの有利な状況下で、陛下に和平のご決断を促す。これが、最悪の未来を回避し、日本の存続と、我々の知る未来を護るための、唯一の道だと確信しております」
片倉は、言葉を続けた。「史実では、広島、長崎への原爆投下後、そしてソ連の参戦後、陛下が国民に**『耐え難きを耐え、忍び難きを忍び』**と玉音放送で終戦を告げられました。その時の日本の状況は、全てが灰燼に帰し、国民は塗炭の苦しみにありました。
しかし、もし今、この時点で和平に踏み切れば、本土の壊滅を避け、何百万もの国民の命を救い、戦後の復興をより早く開始できる可能性があります。あの悲劇的な玉音放送を、より有利な条件で、そしてより多くの命を救う形で、実現させる。それが、我々がここに来た、真の目的かもしれません。」