第31章 迫りくる二重の脅威(上):絶望と選択の時
沖縄本島上空でのB-29編隊壊滅から数日。奇妙な静寂が戦線を包んでいた。米軍は新たな戦術を模索し、日本軍は地下陣地の強化と、得られたわずかな資材での補給に追われていた。しかし、その静寂は、新たな、そしてより深刻な危機の前触れだった。
東京、大本営作戦会議室。疲弊しきった軍令部の将校たちが、重苦しい空気の中で報告を聞いていた。薄暗い電灯の下、煙草の煙が充満し、憔悴した顔が並ぶ。沖縄方面からの無線傍受と、残存するわずかな偵察機からの報告は、彼らを戦慄させた。
「報告します!沖縄東方海域より、これまで観測されたことのない巨大な艦影が高速で接近中!空母と推測されますが、その規模は我が国のいずも型空母の倍以上、米軍の正規空母『エセックス級』をも遥かに凌駕します!高速で航行しており、通常の蒸気タービン艦とは異なる推進機関と思われます!」
通信士官の声が、極度の緊張と驚きを滲ませながら響き渡った。その報告は、ただでさえ重苦しい会議室の空気を、さらに凍り付かせた。
軍令部総長は、報告書を掴む手が震えるのを抑えきれなかった。「馬鹿な……米軍にそのような艦は存在しないはずだ。太平洋艦隊の全戦力を掌握しているはずではないのか!」彼は即座に、この情報を「いずも」艦隊司令官の片倉大佐に直接伝達するため踵を返した。
沖縄での「奇妙な敵」(海自艦隊)との交戦に加え、今度は「未知の巨大空母」の出現。それは、彼らの理解を超える超常現象が続いていることを示唆していた。すでに壊滅したはずの米軍の航空戦力が、もしこの巨大空母から再編されるとすれば、沖縄への第三次攻撃は、これまでの比ではない規模と速度で仕掛けられるだろう。それは、日本軍に残された最後の抵抗力を打ち砕く、絶望的な未来を暗示していた。
「この艦影は……まさか、沖縄で我々と共に戦った『未来の艦』と同じ類のものか?彼らと同じ『時代』の艦が、今度は敵として現れるとでもいうのか……?」
大本営からのこの緊急報告は、直ちに沖縄の第32軍司令官、牛島満大将の元へと届けられた。通信兵が持ってきた暗号化された電文を読み解く牛島の顔に、驚愕と困惑の色が広がった。
「馬鹿な……米軍がこのような艦を隠し持っていたとでもいうのか……」
牛島は呟いた。巨大空母の出現は、沖縄本島へのこれまでの攻撃とは比較にならない規模の空からの脅威を意味した。
「山名三尉を呼べ!」
数分後、第32軍司令部の地下壕に、情報幕僚の山名三尉が駆けつけた。牛島は、彼に電文の内容を手渡した。
「これを見てもらいたい。大本営からの緊急報だ。沖縄東方海域に、これまで我々の知る艦艇とは異なる、巨大な空母らしき艦影が高速で接近しているという。貴官たちの『未来の艦』と同じような、信じがたい存在だ」
牛島の言葉を受け、山名はその報告書に目を走らせた。その瞬間、彼の顔から血の気が引いた。
「原子力空母、ドナルド・レーガン……!」
山名は、その名を聞いた瞬間に、それが何を意味するかを理解した。彼らと共に2025年の合同演習に参加していた、米海軍の最新鋭原子力空母。それが、まさかこの時代に、我々と同様にタイムスリップしてきたのだ。しかもおそらく日本軍の敵として。