未来同士の空戦――F-35B対スーパーホーネット
昭和二十年四月二十一日、正午。
沖縄東方沖約四十海里、太平洋上。
雲底二千メートルを覆う重い乱層雲を裂くように、十万トンの巨大な鋼鉄の島――米海軍ニミッツ級原子力航空母艦「ロナルド・レーガン」は、二十四ノットの高速航行を維持していた。
艦首が切り裂く白波が舷側を洗い、後方には幅数十メートルに及ぶ白濁した航跡が、一直線に水平線の彼方へと伸びている。その気泡のカーテンの直下深く、海上自衛隊の潜水艦「そうりゅう」が音もなく魚雷射点へ滑り込んでいることなど、甲板上の誰も知る由はなかった。
飛行甲板の斜角甲板。
前日の大和による四十六センチ徹甲弾の被弾で歪曲した前部一番・二番カタパルトは黄色い立ち入り禁止テープで閉鎖され、工作班による生々しい鋼板パッチが当てられていた。
だが、徹夜の突貫工事で息を吹き返した「第三カタパルト」のガイドスリットからは、高圧蒸気が激しい唸りとともに白煙を噴き上げていた。
「第三カタパルト、アキュムレーター蒸気圧規定値到達! キャリッジ接続、ロック完了!」
黄色と緑のプレッサーを着た飛行甲板要員たちが、強烈な向かい風の中でハンドシグナルを交わす。
カタパルトのシャトルに前脚を固定されているのは、第2戦闘攻撃飛行隊(VFA-2)所属のF/A-18Eスーパーホーネット初号機であった。
両翼下にAIM-120Dアムラーム空対空ミサイル、胴体下に五百ポンドレーザー誘導爆弾GBU-12を懸吊した機体のコクピットで、編隊長が酸素マスク越しに息を整え、キャノピー越しに右手を上げた。
カタパルト・オフィサー(シューター)が甲板に片膝をつき、二本指を前方の水平線へと力強く振り下ろす。
バシューッ……!
凄まじい高圧蒸気の解放音とともに、シャトルがガイドレールを一気に疾走した。
二十トンを超える鋼鉄の機体が、わずか二秒余りで時速二百五十キロメートルへ叩き出され、甲板端から海風の渦巻く虚空へと射出される。
機首をもたげた一番機は、F414ターボファンエンジンの乾いた咆哮を残して一気に急上昇に入った。
「一番機、エアボーン! 蒸気アキュムレーター、再充填シーケンス開始!」
単一カタパルトによる連続運用のため、次の機体を据え付けるまでには数分間の蒸気圧充填を待たねばならない。
それでも、工作班と甲板員の研ぎ澄まされた連携により、二番機、三番機、そして四番機が、一機ずつ間隔を空けて灰色の空へと撃ち出されていった。
雲上三万フィートへと駆け上がった四機のスーパーホーネットは、APG-79アクティブ・フェーズドアレイ(AESA)レーダーを相互データリンクで同期させ、鋭利な楔形編隊を組んで音速を突破した。
マッハ一・五。
目標は、沖縄北部・塩屋湾に着底固定化された護衛艦「いずも」、そして首里城地下の第32軍司令部中枢。
1945年のレシプロ防空網など意に介さぬ現代の怪鳥たちが、一撃離脱の精密爆撃を敢行すべく、一直線に沖縄本島へ向けて殺到を開始したのである。
***
同時刻。沖縄本島北部、塩屋湾。
山肌に囲まれた静まり返る入り江の奥深く。
浅瀬に船腹を預け、動かぬ通信・防空ハブとなった護衛艦「いずも」の司令部作戦室(FIC)に、けたたましい電子警報が鳴り響いた。
「パッシブESM、高高度より接近するミリ波レーダーパルスを探知!」
電子戦士官・三条律二尉が、叫ぶように報告を叩きつけた。
「APG-79のAESA走査パターンです! 方位〇八八、高度三万フィート、速度マッハ一・四! レーガンの復旧した第三カタパルトから射出されたF/A-18スーパーホーネット四機! 本艦、ならびに首里へ向けて直線進入中! 到達まで、あと八分!」
作戦卓の前に立つ艦隊司令・片倉一佐の顔筋が、鋼のように引き締まった。
「……ついに放たれたか」
背後に立つ戦術幕僚の神谷一佐が、青ざめた手帳を握りしめる。
西海岸の座礁要塞「むらさめ」「矢矧」は弾薬と電力を使い果たして沈黙し、乗員は首里の地下陣地へ合流している。
深海から戻る潜水艦「そうりゅう」は、距離と蓄電池の限界により、この第一波の迎撃には物理的に間に合わない。
そして本土へ向かった大和と「まや」は呉に到達しつつあるが、彼らの政治戦が実を結ぶまで、この沖縄が持ちこたえねばすべては水泡に帰す。
「迎撃する」
片倉は冷徹に言い放ち、甲板直結の内線マイクを掴んだ。
「飛行甲板、スクランブル! 佐伯一尉、上がれ!」
***
「いずも」の広大な全通飛行甲板。
艦尾寄りの発艦ラインに据え付けられたF-35BライトニングII、四番機のコクピットで、第321飛行隊副隊長・佐伯一等海尉はヘルメット・マウント・ディスプレイ(HMD)の照合シーケンスを完了させていた。
バイザーの視界に、緑色の蛍光グラフィックで機体ステータスが立ち上がる。
機内ウェポンベイには、規定通り四発のAIM-120D空対空ミサイル。
機内燃料タンクには、艦内から抜き取られた最後のJP-5ジェット燃料が満載されている。
「いずも」に残された、唯一にして最後の出撃。
だが、それは無謀な垂直離陸による燃料浪費でも、二度と帰らぬ片道特攻でもなかった。
『佐伯一尉、短距離滑走離陸(STO)チェック完了。甲板風速クリア。発艦を許可する』
管制室からのクリアランスが耳朶を打つ。
佐伯はスロットルレバーを前進させた。
プラット&ホイットニーF135ターボファンエンジンが凄まじい吸気音を響かせ、胴体前部のリフトファン吸気ドアが油圧で跳ね上がった。
三方向ベアリングノズル(3BSN)が斜め下方に偏向され、全通甲板に猛烈な熱風が吹き荒れる。
ブレーキ解除。
F-35Bは、全通甲板の滑走路を力強く蹴立てて滑走を開始した。
わずか百数十メートルの短距離滑走で主翼に十分な揚力を得ると、リフトファンが生み出す強大な垂直推力に押し上げられるようにして、機体はふわりと塩屋湾の空へと舞い上がった。
「ギアアップ(車輪格納)」
佐伯はノズルを水平に戻し、リフトファンドアを閉鎖した。
通常飛行モードへ遷移したステルス戦闘機は、最小限の燃料消費率を保ちながら、山影を抜けて急上昇を開始する。
アフターバーナーは焚かない。
片倉司令の命じた通り、敵の全機撃墜を競うための速度など不要であった。
機載のAPG-81アクティブ・フェーズドアレイレーダーは低被探知(LPI)モードを維持し、電子光学照準システム(EOTS)と分散開口システム(DAS)が、東の空から飛来する四つの超音速熱源をパッシブで捉えていた。
『目標、F/A-18E四機。方位〇九〇、距離四十マイル、高度三万二千』
ヘルメットのバイザーに、敵機の編隊シンボルが赤く投影される。
佐伯は操縦桿を握り直し、酸素マスクの奥で静かに息を吸い込んだ。
相手は、かつて合同演習で幾度となく空を共にした米海軍の最新鋭戦闘攻撃機。
だが、この昭和二十年の空において、彼らは自衛隊の母艦と首里を焼き払わんとする絶対的な脅威であった。
「敵の攻撃軸を壊す。……そして、必ずあの甲板へ帰る」
雲海を突き抜けた高度八千メートルの青空の中、最後の一機のF-35Bは、迫り来る四機のスーパーホーネットの進行軸を遮断すべく、鋭利なノーズを東の水平線へと向けた。
同時代兵器同士の、空前絶後の一撃離脱戦の火蓋が、いま切って落とされようとしていた。




