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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン1

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首里最終戦――玉砕を拒む者たち



昭和二十年四月二十一日、午前七時。

沖縄本島中南部、首里主陣地帯を巡る前線。


払暁の薄暗い空を切り裂いたのは、慶良間沖に展開する米第5艦隊の戦艦部隊が放った十四インチ巨砲の地響きであった。

それに呼応するように、浦添、嘉数、西原後方の稜線に布陣した米第24軍団砲兵の155mmカノン砲「ロング・トム」、ならびに八インチ重榴弾砲群が一斉に火炎を吹き上げた。


空気を押し潰す重低音が幾重にも重なり、首里城北方の丘陵地帯――前田高地から首里外郭にかけての稜線に、鋼鉄と炸薬の絨毯が叩きつけられた。

樹木は根こそぎ薙ぎ払われ、炸裂煙と赤土の微粒子が太陽の光を遮り、戦場は鉛色の黄昏のような暗闇へと呑み込まれていく。

安謝川河口の座礁要塞「むらさめ」「矢矧」が沈黙したことを確認した米第10軍司令部は、首里中枢を正面から粉砕すべく、保有する全地上火力を投入した最終総攻撃を発動したのである。


首里城地下深く、石灰岩層を掘り抜いた第32軍司令部壕。

分厚い岩盤を通して伝わる砲撃の振動により、坑木がミシミシと悲鳴を上げ、天井の裂け目から赤土の粉塵が絶え間なく降り注いでいた。

裸電球のフィラメントが激しく明滅する作戦室で、高級参謀・八原博通大佐は、壁に広げられた二万五千分の一作戦図の前に直立していた。

その双眸は、外の地獄を映すかのように冷徹に研ぎ澄まされていた。


「観測所より通報! 敵第24軍団隷下部隊、M4シャーマン戦車二十両を先頭に、前田高地の鞍部へ向け前進を開始! さらに西原街道沿いにも歩兵一個連隊が展開中!」

通信兵の張り詰めた報告が飛び交う中、参謀長・長勇少将が軍刀を杖のように突き立て、血走った目で八原を睨みつけた。

「八原参謀! 敵は全戦力で首里の喉元へ爪を立てにきているぞ! 予備隊を繰り出し、敵前衛に夜襲逆襲を仕掛けるべきだ! このまま地下で撃ち込まれ続ければ、壕ごと生き埋めにされるぞ!」


「自重してください、長参謀長」

八原は静かに、しかし断固とした口調で遮った。

「敵の準備砲撃が続いている間、兵を一歩でも外へ出せば、瞬時に破片と爆風で蒸発します。我々が頼るべきは、反斜面の坑道と、事前に構築したキルゾーンのみです。大和が呉へ入港し、東京で事態を動かすまでの時間を稼ぐ――その基本方針に、一分の揺らぎもあってはなりません」


作戦卓の端には、泥にまみれた海自迷彩服を着た情報幕僚・山名三等海尉、そして安謝川の座礁要塞から退艦して合流した護衛艦「むらさめ」艦長・渡会二佐の姿があった。

二人の前には、バッテリーの残量低下を示す警告灯が点滅するタフブック端末と、手書きの電文帳票が並んでいる。


「山名三尉、塩屋湾の『いずも』からの通信状況は」八原が問う。

「有線直結ライン、依然として維持されています」山名が即答した。

「『いずも』のOPS-50レーダーが、三十分おきの限定パルス走査により敵地上部隊の集結軸を捕捉中。前田高地南斜面の狭隘部に敵の主力が集中しています。……ですが、本艦隊からの打電によれば、沖合の空母ロナルド・レーガンが第三カタパルトを復旧させ、航空打撃隊を放つべく沖縄東方へ急行中とのことです。残された時間は、長くありません」


八原は頷き、鉛筆で作戦図の前田高地南側を丸で囲んだ。

「渡会艦長、貴隊の隊員の配置状況は」

「了解しております」渡会が引き締まった声で応じた。

「退艦した海自隊員六十余名は、第32軍の通信壕、工兵隊、ならびに衛生所へ分散配置を完了しています。通信線の断線復旧、非常用バッテリーの電圧管理、ならびに負傷者のトリアージ処置を支援中。三八式歩兵銃を扱える掌帆要員二十名は、反斜面壕の銃眼に就かせました」


海自隊員の価値は、銃を撃つ兵員の数ではない。

近代工学の知識を持った彼らが地下陣地の保守と通信の維持に回ったことで、首里の坑道網は、激しい砲撃に晒されながらもその「神経」を寸断されずに保ち続けていた。


***


地上、前田高地の稜線直下。

米軍の猛烈な準備砲撃がわずかに延伸し、弾着の破裂音が後方の首里城周辺へと移った瞬間、稜線の向こうから米軍のM4シャーマン戦車部隊が砂煙を巻き上げて前進してきた。

歩兵が戦車の陰に隠れ、長大な砲身が洞窟陣地の銃眼を捜索しながらジグザグに進出してくる。


「敵戦車、距離二百! 前進してきます!」

前進観測壕の中で、泥水に顔を半分埋めた日本陸軍の観測将校が叫んだ。

しかし、壕内の将校の手元にあったのは、無謀な突撃ラッパではなかった。

山名と八原が策定した「精密迎撃グリッド図」である。


「まだ撃つな! 引きつけろ!」

観測将校が怒鳴る。

シャーマン戦車の先頭が、急峻な谷間の斜面――九三式対戦車地雷が高密度で埋設された隘路へと踏み込んだ瞬間であった。


ズドォォォォンッ!


激しい地響きとともに、先頭のシャーマンの右履帯が吹き飛んだ。

車体が激しく横滑りし、後続の戦車が前進を阻まれて急停車する。

その停止した瞬間を、反斜面の洞窟陣地が待ち構えていた。


ガコン、と重い鉄扉が開き、石灰岩の岩陰から一式四十七ミリ対戦車砲の黒い砲身が突き出された。

「目標、停止した二番車! 徹甲弾、撃てッ!」

乾いた発射音とともに放たれた砲弾が、停止していたシャーマンの側面装甲――最も薄い履帯上部のスポンソンを真横から撃ち抜いた。

内部の弾薬に引火し、戦車のハッチから真っ赤な火炎が吹き上がる。


さらに、反斜面壕の奥深くに据え付けられた九八式臼砲と九七式曲射歩兵砲が一斉に火を噴いた。

稜線を飛び越えた砲弾の束が、立ち往生した米歩兵の頭上へと正確に降り注ぎ、濃密な破片の雨を降らせる。

敵の艦砲射撃が届かない地形の死角を徹底的に利用した迎撃。

米海兵隊と歩兵部隊は、煙幕を展開して後退しようとしたが、狭隘な谷道の中で前後の退路を塞がれ、猛烈な十字砲火に晒された。


だが、米第10軍の兵站力はあまりにも圧倒的だった。

一隊が撃退されても、後方から新たな戦車小隊と火炎放射装甲車が次々と投入されてくる。

さらに、上空には慶良間沖の護衛空母群から発進したF4Uコルセア戦闘爆撃機の編隊が飛来し、洞窟の入口を狙って五インチロケット弾と五百ポンド爆弾を叩き込み始めた。


ドガァァァン!

至近弾の爆炎が洞窟の入口を吹き飛ばし、陣地の一角が土砂に呑まれる。

「第四中隊の対戦車砲、全滅!」「小銃弾、残余一箱!」

前線からの悲痛な伝令が、地下の作戦室へと相次いで転がり込んできた。


***


午前十一時。

首里城地下の作戦室。

机の上に置かれた弾薬備蓄グラフの棒線は、もはや底辺に張り付いていた。


「……野砲弾、完全払底」

八原博通のペンが、集計用紙の数値をなぞる。

「歩兵銃弾、各大隊平均して残余十発未満。対戦車地雷、残数ゼロ」

数字は冷徹であった。

知恵と反斜面陣地を駆使して敵の総攻撃を半日押し留め、米軍に膨大な出血を強いたものの、物理的に撃ち出すべき火薬が、首里の地下から完全に消え去ろうとしていた。


「八原参謀……もはや銃剣突撃しかありません」

第32軍の参謀の一人が、唇を噛み切りながら進言した。

しかし八原は、微動だにせず首を振った。

「玉砕突撃は、敵の重火器の前に命を捨てるだけの利敵行為です。銃弾が尽きても、この地下の迷宮がある。坑道の入口を閉鎖し、落とし穴と肉薄爆破で地下持久戦へ移行する」


その時、作戦室の有線電話が鋭く鳴り響いた。

受話器を取った山名三尉の表情が、一瞬にして凍りついた。

「……山名です。片倉司令か!」

受話器の向こう、塩屋湾の「いずも」FICから、片倉一佐の緊迫した声が届いた。


『山名、首里守備隊へ至急伝達せよ。……敵空母ロナルド・レーガン、沖縄東方海域へ進出。復旧した第三カタパルトから、F/A-18スーパーホーネット四機が発進した! 敵機は超音速で首里、ならびに塩屋湾へ向け突進中!』


山名は受話器を握りしめたまま、八原を見つめた。

「八原参謀……来ます。レーガンのジェット戦闘機です」


作戦室の空気が張り詰めた。

地上を埋め尽くす米陸軍の重砲火、そして空から迫り来る二一世紀最強の超音速打撃機。

弾薬を使い果たし、退路を断たれた首里の要塞に、歴史の特異点がもたらした最大の鉄槌が、いま容赦なく振り下ろされようとしていた。


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