第27章 未曽有の敗北:原爆の増産
沖縄上空でのB-29編隊の壊滅という、歴史上ありえない敗北は、米太平洋艦隊司令官レイモンド・スプルーアンス大将の焦燥を絶望へと変え、ワシントンD.C.の最高司令部を激震させた。旗艦「インディアナポリス」の作戦室は、重苦しい沈黙が支配していた。
「報告します。沖縄本島への戦略爆撃は、壊滅的な失敗に終わりました。B-29の半数以上が未確認の敵によって撃墜され、残存機も大きな損害を受けました。日本軍の地下陣地への有効な打撃は、ほとんど与えられておりません」
情報幕僚の声が、無情にも響き渡った。
スプルーアンスは、虚ろな目で宙を見つめていた。B-29による絨毯爆撃は、これまで本土の都市を灰燼に帰し、日本の戦意を挫くための決定打となるはずだった。しかし、沖縄の空で起きたことは、彼らの戦略の根底を揺るがす未曽有の事態だった。見えない敵、正確無比な砲撃、そして座礁した艦が要塞と化す奇策。沖縄は、もはや通常戦力では攻略不可能な「魔の島」と化していた。
「我々は、沖縄本島の占領を一旦断念する」
スプルーアンスは、絞り出すような声で告げた。その言葉は、彼にとって最大の屈辱であり、米軍の戦争計画における最も大きな転換点となるものだった。「これ以上の無駄な損耗は許されない。あの島には、我々の理解を超える何かが存在する」
この報告は即座にワシントンへ送られ、トルーマン大統領と統合参謀本部を震撼させた。沖縄での不可解な敗北は、ソ連の対日参戦が迫る中、日本を早期に降伏させるための新たな、そして決定的な手段を模索させることになった。
ホワイトハウスの地下作戦室では、緊迫した会議が続いていた。大統領補佐官、陸軍長官、海軍長官、そして「マンハッタン計画」の責任者たちが、テーブルを囲んでいた。
「沖縄の日本軍は、我々の戦力を凌駕する何かを獲得している。このままでは、本土上陸作戦『ダウンフォール』は、想像を絶する損害を我々にもたらすだろう」
陸軍参謀総長が重い口調で述べた。彼の言葉の端々には、いまだ沖縄で続く不可解な現象への恐怖が滲んでいた。
「マンハッタン計画の進捗はどうか?」トルーマン大統領が、机に置かれた資料に目を落としながら問うた。その視線は、既に「次の一手」へと向けられていた。
「順調です、閣下。既に2発の実戦用原子爆弾の製造が完了しております。広島と長崎への投下準備も整いつつあります」
「マンハッタン計画」の責任者が、その進捗を報告した。彼の声には、人類史上最大の兵器を生み出したことへの、複雑な感情が入り混じっていた。
トルーマン大統領は、ゆっくりと顔を上げた。その眼差しは冷徹で、もはや感情は読み取れない。「直ちに製造ラインを増強し、4発の原子爆弾を製造せよ。必要であれば、予算と人員は青天井だ」
大統領の言葉は、その場の空気を凍り付かせた。当初の計画から倍増となる原子爆弾の製造は、その決断の重さを物語っていた。
「そして、その全てを、日本の主要都市に投下する準備を整えよ。目標は、広島と長崎に加え、東京と北九州にも投下することを決定する。東京は日本の政治・軍事中枢、北九州は主要な工業地帯、そして朝鮮半島への玄関口だ。これらの都市を同時に、そして徹底的に破壊する。これは、日本に対し、一刻も早く無条件降伏を迫るための、最終かつ最も強力な手段となる。これ以上の抵抗は、彼らの国家そのものの消滅を意味すると、明確に伝えるのだ」