第25章 未来の艦隊:枯渇へのカウントダウン
沖縄沖でのB-29迎撃戦の後、旗艦「いずも」の作戦室は、勝利の余韻から現実的な問題へと直面していた。モニターにはF-35Bの燃料残量、ミサイル残弾、そして各護衛艦の燃料消費量が、冷徹な数字で表示されている。それは、限られた未来の資源が、容赦なく枯渇へ向かっていることを示唆していた。
「艦長、F-35Bの各機はミサイル残弾ほぼゼロ。機関砲弾も最低限の残量です。航空機用燃料(JP-5)も、予備タンクを含めて残り僅か。再出撃には、最低でも数日間の整備と燃料補給が不可欠です」
航空隊の連絡員が、重い口調で報告した。その声は、これまで圧倒的な性能を見せつけてきたF-35Bが、今やただの鉄塊になりかねないという危機感を滲ませていた。
「護衛艦隊の燃料も同様です。通常の任務を継続するには、備蓄燃料ではあと一週間が限界でしょう」
神谷一佐が、別の報告を加えた。あたご型DDGやいずも型DDHのガスタービン推進システムは、この時代に存在しない高品質な燃料を大量に消費する。艦内に備蓄している分だけでは、太平洋の広大な海域で行動を続けるにはあまりにも心許なかった。
片倉大佐は、作戦室の中央に立ち、各報告を静かに聞いた。彼の表情は厳しい。「弾薬の補充は絶望的だ。F-35Bの精密部品、電子機器の交換部品も、いずも艦内の在庫だけではいつか尽きる。このままでは、我々は自壊する」
作戦室の隅で、電子戦士官の三条律が、時折自身の腕を掴む仕草を見せた。
彼女だけでなく、疲労困憊の隊員の中には、精神的な不安定さを見せる者もいた。タイムスリップという非現実と、極限の戦場での活動が、彼らの心をじわじわと蝕んでいる。しかし、今は個人の弱さに囚われている暇はない。
「これより、今後の作戦の維持に関する緊急会議を開始する。各部門、現実的な対応策を提示せよ」
片倉は、声に力を込めて言った。「我々は、この時代で自活する道を模索しなければならない。未来の技術をこの時代に適合させ、資源を最大限に活用するのだ」
会議は、まず「燃料問題」から始まった。
「旧海軍が保有する重油や、九六式航空機用の航空燃料を、我々の艦艇が利用できる形に改質することは可能か?」
片倉が工兵・整備担当の士官たちに問いかける。
「艦長、短期間での完全な精製は困難です。しかし、簡易な蒸留プラントをいずも艦内に構築し、重油をディーゼル燃料に近い成分に加工する試みは可能です」工兵士官が、模型と設計図を示しながら答えた。「燃焼効率は著しく低下し、ガスタービンエンジンへの負荷も大きいでしょう。艦の寿命を削る覚悟で、応急対応用としてならば……」
「よし。即座に『簡易燃料精製試行計画』を立ち上げろ。フィールドラボを設置し、できる限りの加工を試みる。エンジン寿命を削ってでも、艦を動かし続ける」
片倉は即断した。それは、まさに背水の陣の覚悟だった。
次に議論は「弾薬問題」に移る。F-35Bのミサイルは事実上枯渇し、護衛艦のミサイルも温存対象だ。
「我々の精密な索敵能力は依然として有効です。この『目』を、旧海軍の『火力』と連携させることはできないか?」
神谷一佐が提案した。
「具体的には?」片倉が促す。
「はい。すでに一部で実施されていますが、例えば、F-35BのAESAセンサーや、小型無人偵察ドローン(RQ-20 Puma等)で収集した敵情を、旧海軍の戦艦・巡洋艦の砲撃誘導に活用する。デジタルデータでは理解できませんが、今までの紙や無線ベースの口頭指示ではなく、より精密なアナログ地図や写真として情報を提供し、彼らの火器管制を徹底的に支援すれば、現代のミサイルに匹敵する精度で旧軍の砲撃が可能となります」
神谷は、モニターにF-35Bのセンサー画像を映し出しながら説明した。敵艦の正確な位置、陣地の詳細な配置が、立体的に表示されている。
「つまり、我々は『未来の照準』となり、彼らの『過去の火力』を最大限に引き出す、ということか」片倉は目を閉じ、その可能性を脳裏でシミュレートした。それは、弾薬の物理的枯渇を、戦術的柔軟性と知識で補う、苦肉の策であり、唯一の道だった。