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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン28

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第3章:影の舞踏


池袋。かつてのサブカルチャーの聖地は、いまや中華連邦の極秘情報拠点「サンシャイン・ネクロポリス」へと変貌していた。地上60階の廃墟ビルから地下深くへと伸びる巨大なコンクリートの心臓部。そこへ潜入するチーム「ファントム」に、レイブンから冷徹な制約が課せられた。

「これより『静寂のフェーズ』に入る。銃火器、手榴弾、高振動ブレードの使用を一切禁ずる。完全な徒手空拳(としゅくうけん:武器を一切持たない状態での格闘)で掃討せよ」

新兵のフェニックスが、外骨格のヘルメット越しに戸惑いの声を上げた。 「……軍曹、いえレイブン。なぜ武器を使わないのですか? 敵は自動小銃で武装しています。ナイフすら禁じるのは自殺行為では?」

レイブンは、暗視ゴーグルの緑色の光の中で首を振った。 「理由は3つある。第一に、この区画の空調システムは死んでいる。地下に滞留したメタンガスと、エイリアン技術の副産物である揮発性エネルギー粒子が臨界点に達している。火花一つで、このビル全体が燃料気化爆弾(ねんりょうきかばくだん:空気中に燃料を散布し、爆発させる強力な兵器)に変わる。第二に、通路には高密度の音響探知センサーが配置されている。銃声はおろか、金属同士がぶつかる高い音さえも、上層階の自動殺戮迎撃システムを起動させる。そして第三に……」


レイブンは一瞬、言葉を切った。 「これはスパイ戦だ。敵を『事故』か『内紛』に見せかけて始末する必要がある。弾痕や切り傷を残せば、USAR(アメリカ再生共和国)の介入を招く。我々の仕事は、幽霊が通り過ぎたかのように跡形もなく終わらせることだ」

「……了解しました。物理学で殺せ、ということですね」 フェニックスは、自らの外骨格のシステムを「サイレント・モード」へ切り替えた。

前方の暗がりから、中華連邦の哨戒兵が現れた。彼らは外骨格を装着していない軽装の兵士たちだが、最新の神経強化薬を投与され、反射速度は常人の域を超えている。

「シャドウ、行け」

レイブンの合図と共に、シャドウが影から飛び出した。彼女の着用する軽量・高機動型外骨格「シルフィード」は、徹底した近位配置(きんいはいち:重量物であるモータやバッテリーを、身体の中心である腰や背中に集約して配置し、手足の慣性モーメントを減らす設計)がなされており、その動きはもはや重機械ではなく、しなやかな獣のそれだった。

シャドウは、一歩の踏み込みで5メートルの距離をゼロにした。 彼女の動きを支えるのは、表面筋電位インターフェース(ひょうめんきんでんい:筋肉が収縮する際に皮膚表面に漏れ出す微弱な電気信号を読み取り、機械を制御する技術)だ。脳が「動け」と命じる数ミリ秒前に、シルフィードの人工筋肉が反応し、身体を弾けさせた。


「あはは、踊ろうよ!」 シャドウの楽しげな声と共に、彼女の右拳が哨戒兵の喉元へ放たれた。

これは「鋭いパンチ」の極致だった。シャドウは、インパクトの瞬間まで肩と腕の筋肉を完全に弛緩(しかん:力を抜いて緩めること)させていた。これにより、筋肉の粘性抵抗(ねんせいていこう:筋肉が動く際に生じる内部の摩擦のような抵抗)を排除し、速度を指数関数的に加速させる。

そして、衝突のわずか数ミリ秒前。 彼女の全身に「ダブル・ピーク現象(だぶる・ぴーく:打撃の始動時と衝突時の2回、筋肉の活動がピークに達する現象)」が発生した。始動時の爆発的な収縮に続き、インパクトの瞬間に再び全身の関節を同時に固定する共収縮(きょうしゅうしゅく:主働筋と拮抗筋を同時に固め、関節を剛体化させる動作)を行ったのだ。

「カッ!」 という乾いた音が響く。シャドウの拳は、接触時間(せっしょくじかん:拳が標的に触れている時間)を極限まで短縮させていた。

物理学における力積(りきせつ:力と時間の積であり、物体に与える運動量の変化量)の法則により、接触時間を短くすればするほど、瞬間のピーク荷重(さいだいかじゅう:一瞬にかかる最大の圧力)は跳ね上がる。シャドウの拳は、敵の喉の甲状軟骨を粉砕するだけでなく、その衝撃波(しょうげきは:物体中を高速で伝わる圧力の波)を延髄まで透過させ、一瞬で中枢神経を遮断した。

敵兵は声を上げる暇もなく、まるで操り人形の糸が切れたように崩れ落ちた。外傷はほとんどない。だが、内部の組織は「浸透」した衝撃によって壊滅していた。

「見てた? これが『インピーダンス整合』の応用だよ」 シャドウは倒れた兵士の横で、ペロペロキャンディを口に放り込みながら言った。


インピーダンス整合(いんぴーだんすせいご:エネルギーを伝える側と受ける側の抵抗値を合わせることで、反射を防ぎ効率よく伝達させること)――シャドウは、硬い拳で柔らかい人体を打つ際、インパクトの瞬間にあえて「わずかな遊び」を外骨格のパッシブ・ジョイント(受動関節:モーターで動かさず、外部の力に合わせて動く関節)に持たせることで、エネルギーを跳ね返らせず、すべて相手の内部へ流し込んだのだ。

一方、通路の反対側では、タイタンが別の哨戒兵を処理していた。 タイタンの着用する重装外骨格「アトラス」は、シャドウとは正反対の「重いパンチ」を体現する。

タイタンは、敵の首根っこを掴むと、そのまま壁際へと追い詰めた。彼は下半身の強靭な外骨格フレームを利用し、地面反力(じめんはんりょく:地面を蹴った際に押し返される反発力)を骨盤へとバイパス(迂回)させた。

「……逃がさん」


タイタンは、腰の回転による運動連鎖(うんどうれんさ:下半身から生み出した力を、各関節を連動させて効率よく拳へと伝えるプロセス)を爆発させ、敵の胸部、心臓の直上へショートパンチを叩き込んだ。 シャドウの「鋭いパンチ」とは異なり、タイタンの打撃は接触時間を意図的に長く保つ「押し込み」だ。

これにより、衝撃は表面に留まらず、水撃作用(すいげきさよう:流体中の急激な圧力変化により破壊力を生む現象)となって、70%が水分で構成された人体の深部、すなわち心臓と肺へと伝播した。敵の肋骨は折れていない。しかし、内部の心臓は激しい震動(固有振動数への共振)によって停止した。

「掃討、完了した。サイファー、残りのセンサーを無力化しろ」 タイタンが静かに告げる。

最後方でタブレットを操作していたサイファーが、緊張した面持ちで頷いた。 「了解。敵の音響センサーのアルゴリズムを書き換えます。今の打撃音も『配管の軋み』として認識させました。……それにしても、お二人の格闘……数値で見ると恐ろしいです。有効質量(ゆうこうしつりょう:衝突時に実際にエネルギーとして寄与する質量)が、装着者の体重の3倍を超えてますよ」

「それが外骨格の存在意義だ」 レイブンが、データのダウンロードを開始したフェニックスの背後で監視を続けながら答えた。


「我々は機械の鎧を着ているのではない。物理法則という最強の武器を纏っているのだ。フェニックス、データはまだか?」

「あと30秒です……! ユーラシア連合の『テトラコア』に関する通信ログ……これ、東京壊滅の日の記録と一致します!」

暗い地下室に、フェニックスの端末が発する淡い青光だけが揺れていた。銃もナイフも使わない、科学的に計算された静かな虐殺。その中心で、彼女は世界の裏側にある巨大な陰謀の一端に触れようとしていた。

「急げ。ドローンの哨戒サイクルが切り替わるまで、あと15秒だ」

ミッション・インポッシブル――不可能な任務は、まだその第一歩を踏み出したに過ぎなかった。池袋の深い闇が、彼らの影を飲み込んでいく。



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