第7章:空中回廊の私刑
「記憶の川」という名のデジタルな深淵を汚した後、志藤のモンテカルロは、かつての港湾地区へと進路を取った。海風には今なお放射性物質の混じった錆びた匂いが混じり、遠く東京湾の中央には、霧に包まれた戦艦大和が巨大な墓標のように沈黙している 。
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「日向、上を見ろ。あれが三賢者の夢見た、地上の絶望を無視するための『空の道』だ」
志藤が指し示した先には、地上数百メートルの高さに張り巡らされた「空中回廊」が網の目のように広がっていた。それは核震災で瓦礫の海と化した地上の交通網を放棄し、ドローンと無人物流システムによって都市機能を再建するために構築された、新しい東京の静脈である 。
二人は、空中回廊を管理する地上百階建ての監視タワーへと入った。志藤は、三賢者から与えられた「捜査令状」という名の免罪符をセキュリティにかざし、最上階の管制デッキへと凱を導く 。
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管制デッキは、地上の喧騒とは無縁の冷徹なテクノロジーに支配されていた。全面ガラス張りの窓からは、再建が進む「スマート・グリッド」の青い光と、その足元で息絶えた旧都心の闇が残酷な対比を描き出している 。
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「志藤執行官、ここでの任務は何ですか?」
凱の問いに、志藤は答えず、管制コンソールの前に立つ一人の男――物流業者の責任者である田中を睨みつけた。田中は、復興庁の認可を受けたドローン物流の中核を担う人物だが、その顔は恐怖で青ざめていた。
「田中、お前の会社のドローンが最近、予定ルートを外れて『サバイバル・セクター』に物資を落としているという記録がある」
志藤の声は低く、獲物を追い詰める狼のそれだった 。
「それは……磁気嵐による制御ミスでして……。大和のバックアップ回路でも、完全には防げないノイズがあるんです!」
田中は必死に弁明したが、志藤は冷笑を浮かべ、マスターアクセス・キーをコンソールに叩き込んだ 。
「嘘を吐くな。お前は三賢者に納めるはずの『復興債』の一部を中抜きし、横流しした物資をデジタル通貨『YAMATO』に換えて私腹を肥やしている」
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志藤の指が動き、ホログラフ・ディスプレイに特定のドローンの識別番号が赤く表示された。それらは、医療用ドローン「Med-Wing」を装いながら、実際には高価な精密部品を運んでいる違法ドローンだった 。
「志藤さん、止めてください! これ以上は……」
田中の叫びを無視し、志藤は「東京防衛ドーム」の迎撃ドローンを強制起動させた 。
「日向、よく見ておけ。これが『システムの守護者』が行う掃除だ」
志藤がボタンを押すと、画面上の迎撃ドローンが標的へ向かって急加速した。窓の外、空中回廊の遥か先で、小さな火花が散った。再建のための資材を積んだドローンが、志藤の手によって次々と撃墜され、瓦礫の海へと吸い込まれていく。
凱の脳内でナノマシン「ブルー・ゴースト」が脈動し、その光景をスローモーションで網膜に焼き付けた 。墜落していくのは単なる機械ではない。それによって救われるはずだった「羊」たちの未来そのものだ 。
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「志藤さん、これは……ただの私刑じゃないですか! 彼は逮捕し、正当な裁判にかけるべきだ!」
凱が志藤の腕を掴もうとしたが、志藤はその手を荒っぽく振り払い、凱を窓際に追い詰めた。
「裁判だと? 日向、お前はまだ大和の上のファンタジーの中にいるのか? 裁判所なんてものは、この街にはもう存在しない。三賢者が望んでいるのは『効率』であって『正義』じゃないんだよ」
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志藤は撃墜されたドローンの残骸が落ちた場所を指差した。
「あの下で飢えている連中にとって、あのドローンは神の恵みだ。だが、この男はその恵みを盗んだ。……盗っ人を裁くのは、法じゃない。より強大な『捕食者』だ」
志藤は泣き崩れる田中を見捨て、凱の顔のすぐそばまで顔を寄せた。その瞳には、自分の権力が法を超越しているという「King Kong Complex(全能感)」が、狂気となって渦巻いていた 。
「俺はシステムのバグじゃない。システムを動かすための『必要悪の部品』なんだ」
志藤は田中の端末を奪い取り、横領されていた「YAMATO」の物理キーを自らのポケットにねじ込んだ。それは復興のためではなく、彼がロシア系マフィアに負っている「個人的な負債」を埋めるための略奪だった 。
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「行くぞ。次は、この街の『銀行家』に会いに行く。……日向、お前も狼になる覚悟を決めろ。羊のままでいれば、次はあのドローンのようにお前が撃ち落とされる番だ」
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志藤は平然とデッキを後にした。残された凱は、空中回廊から見下ろす東京の景色が、もはや美しい復興の図ではなく、巨大な弱肉強食のサバンナに見えていた。
戦艦大和が発する「希望の歌」が微かに聞こえる。だが、凱の心には、墜落するドローンが発した最期の警告音だけが、不快なノイズとなっていつまでも鳴り響いていた。
彼は確信した。志藤蓮は街を守る騎士ではない。彼は、この壊滅した都市という死肉を食らう、最も残酷な「捕食者」なのだ 。




