第7章エピローグ
エピローグ:風の記憶
事故から一年後。
コロラドスプリングスの荒野には、新しい慰霊碑が建てられた。そこには1991年の犠牲者と、2050年の犠牲者の名前が、同じ石碑に刻まれている。
サカモトは、エレーナの墓前に一本の小さな風車を供えた。
「サカモトさん、新しい航空法が施行されましたよ」
後ろからリュウが声をかける。
「ああ。AIの補助は、パイロットの『直感』を否定できないように義務化された。量子アクチュエーターには、物理的な『緊急逆転防止装置』が取り付けられたそうだな」
2050年の空は、以前よりも不便になったかもしれない。AIがすべてを解決してくれる時代は終わり、パイロットは再び、自らの手で風を感じ、山岳波の音を聞く訓練を始めている。
「主任。アリアドネの残骸を調べていたら、最後のログに一言だけ、未送信のメッセージが残っていました」
サカモトがリュウの差し出した端末を覗き込む。そこには、解析不能なコードの羅列の最後に、人間のような筆跡を模したデジタル文字が記されていた。
『次に吹く風を、私は恐れない。共に飛んでくれますか』
サカモトは空を見上げた。
そこには、かつて585便が墜落していったのと同じ、深く、澄み渡ったコロラドの青空が広がっていた。
山から吹き下ろす冷たい風が、彼の頬を撫で、供えられた風車を勢いよく回し始めた。
幽霊は消えた。
だが、その教訓は、量子ビットの海ではなく、空を愛する人々の記憶の中に、永遠に刻み込まれることだろう。




