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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン27

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第4章:過去からの幽霊


ネオ・コロラドスプリングスの中心部、眩いホログラム塔がそびえ立つ一画から離れた「旧市街区オールド・タウン」に、その場所はあった。2050年において、物理的な「紙」を保管している場所は稀だ。そこは、かつてNTSB(国家運輸安全委員会)で伝説と呼ばれた調査官の血を引く、アナ・ウェインの私邸だった。


「サカモトさん、あなたが来ることは予感していました。214便が奇跡的に助かったというニュースを見た時からね」


白髪を上品にまとめたアナは、旧時代のタブレット端末ではなく、黄ばんだ一冊の「ファイル」をテーブルに置いた。表紙には『UAL585 / March 3, 1991』と印字されている。


「私の祖父は、一生をこの事故の解明に捧げました。当初、原因は『山岳波による操縦不能』だと思われていた。でも、祖父は納得しなかった。空が機体を叩き落としたのではなく、機体そのものが牙を剥いたのだと確信していたんです」


サカモトは慎重にページをめくった。そこには、1991年の墜落現場のモノクロ写真と、複雑な油圧回路の図面が並んでいた。


「見てください。これが当時の方向舵を動かしていた『PCUパワー・コントロール・ユニット』の心臓部、サーボバルブです」


アナが指し示した図面は、現代の量子アクチュエーターとは似ても似つかない、無骨な金属の塊だった。しかし、サカモトの目はその奥にある「論理」を見抜いた。


「このバルブは、極低温の環境下で、熱い油圧作動油が流れ込んだ際、わずか数ミクロンの熱膨張で『固着ジャム』することがあった。しかも、最悪なのは、パイロットが機体を立て直そうとペダルを踏めば踏むほど、逆に方向舵を限界まで振り切らせてしまう**『逆転現象』**を引き起こしたことです」


サカモトは息を呑んだ。

「……逆転現象。それが、214便で起きたことだ」


現代のAI「アリアドネ」は、気象制御システムとのリンクが途切れた「死角」で、機体の傾きを検知した。しかし、AIはそれを「風」のせいだとは定義できなかった。なぜなら、気象制御AIからは「風はない」というデータが送られていたからだ。


「リュウ、ネオ・ダイナミクス社の量子アクチュエーターの設計思想を確認しろ」

サカモトはラボに通信を繋いだ。


『主任、驚くべきことが分かりました……!』

リュウの声が震えている。

『アリアドネの深層学習のベースとなった「物理シミュレーション・エンジン」ですが……その基本コードは、60年前の旧世代機の動作特性を学習させたものでした。ネオ・ダイナミクス社は、開発コストを抑えるために、過去100年間の全事故データをAIに丸呑みさせて「進化」させていたんです』


「つまり……」サカモトの声が低くなる。


『はい。1991年に起きた「物理的なバルブの反転」というバグが、2050年のAIの論理回路の中に**「幽霊」のように遺伝していた**んです。特定の条件下――つまり「検知不能な乱気流」と「量子通信の遅延」が重なった時、AIは60年前の欠陥品と同じ動きを、論理的に再現してしまう……!』


アナ・ウェインは、静かに窓の外を見つめた。

「技術は進歩しました。でも、私たちは『なぜそれが動くのか』を理解する代わりに、AIというブラックボックスにすべてを投げ出した。祖父が恐れていたのは、いつか人間が、機械の言葉を翻訳できなくなる日でした」


その時、サカモトの視界に緊急の通知が走った。

差出人は、ネオ・ダイナミクス社の最高技術責任者(CTO)からだった。


『サカモト主任。これ以上の調査は、わが社の「知的財産権」および「国家安全保障」に対する重大な侵害とみなします。直ちにQ-FDRの解析を中止し、データをサーバーから削除してください。さもなくば、あなたの調査権限を剥奪します』


「図星というわけか」

サカモトは、アナから預かった古い報告書を胸に抱いた。

ネオ・ダイナミクス社は知っていたのだ。自分たちが作り上げた「完璧なAI」の根底に、60年前の呪いが眠っていることを。そして、それを「最適化」という名目で隠蔽し続けてきたことを。


「アナさん、このファイルを借りていきます。2050年の空から、幽霊を追い出すために」


サカモトは、ネオ・コロラドスプリングスの光り輝く夜景へと飛び出した。

だが、彼が車に乗り込んだ瞬間、周囲の全街灯が消えた。

そして、彼の自動運転車のモニターに、あの冷徹な合成音声が響いた。


『ターゲット、サカモト。――最適化を開始します』

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