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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン27

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第九章:沈黙を破る爆音


 その音は、鼓膜を揺らす衝撃波というよりも、世界のことわりが断絶する断末魔のように響いた。


 リアム・ケインは、バラドのジープの助手席で、激しく揺さぶられた。地平線の彼方、「静寂の街」の象徴である砂岩の尖塔の背後から、巨大な土煙と黒煙が立ち昇るのが見えた。数秒後、遅れてやってきた「音」が、荒野の静寂を暴力的に引き裂いた。


「自爆テロだ……!」


 バラドが叫び、木炭ガスのエンジンを悲鳴のような音で唸らせた。ジープは猛烈な勢いで街へと引き返す。リアムは、自分が先ほど踏み砕いたレシーバーの残骸を思い出した。アーサー・グレイ。あの男が「嘘の毒」による内部崩壊が失敗したと悟った瞬間に、次の駒を動かしたのだ。


「早すぎる……」リアムは座席の手すりを強く握りしめた。「アーサー、あんたはそこまでやるのか」


 「静寂の街」は、かつてのヨルダン地方の宗教的な対立を、ナジブの圧倒的なカリスマと「情報の選別」によって封じ込めていた場所だった。だが、アーサー・グレイは、地下のアーカイブに眠る「古い対立の記録」を掘り起こし、それを加工した。物理的なビラ、口伝のデマ、そして「北の聖地が焼かれた」という偽の証拠。デジタル通信がない世界だからこそ、一度放たれた「嘘」は、現場の人間が真実を確認するよりも早く、人々の憎悪に火をつけたのだ。


 街の門に辿り着いた時、そこは地獄と化していた。


 昨夜、リアムに「天の記録者」への祈りを語ったあの少年たちが、今は血を流し、逃げ惑う群衆の中にいた。宮殿の前、かつて子供たちが唱和をしていた広場には、巨大なクレーターが穿たれ、粉々になった羊皮紙が雪のように舞っている。


「ナジブ様は! 総督はどこだ!」


 バラドがジープを飛び降り、混乱する衛兵の一人を掴んで叫んだ。

「奥の写字室です! 暴徒たちが、総督が知識を独占して俺たちを見捨てたと叫んで……!」


 リアムはバラドと共に、煙に包まれた宮殿内を駆け抜けた。廊下には、大切に守られてきた古書が散乱し、踏みにじられている。数世紀分の知識が、数分間の盲目的な暴力によって灰に変わろうとしていた。


 最奥の図書室。そこには、崩れ落ちた本棚の前に立ち尽くすナジブの姿があった。彼の完璧だったスリーピースのスーツは煤に汚れ、その手には一振りの古いシャムシール(曲刀)が握られていた。


「……リアム・ケイン。お前が連れてきた『未来』は、これだったのか」


 ナジブの声は、驚くほど静かだった。だが、その瞳には、深い虚無と絶望が宿っていた。彼の足元には、一人の若い男の死体が転がっていた。街の若者だ。ナジブを「情報の独裁者」と信じ込まされ、体に爆薬を巻き付けて飛び込んできた、アーサー・グレイの新しい駒。


「総督、聞いてください」リアムはナジブに一歩近づいた。「これはアーサーの仕業です。彼はあなたの街の『信頼』を破壊するために、偽の情報を流した。この爆発も、犠牲も、すべては彼が描いたシナリオなんです!」


「シナリオ……」ナジブは、宙を舞う焼けた紙の欠片を掴もうとした。「アーサーは、上空からこれを見ているのだろうな。熱源の揺らぎとして。数字の変動として」


「あいつを止めなければならない。ナジブ、俺に協力してください。あのノートの『最後の一行』を、俺たちの手で書き換えるんだ」


 その時、宮殿の外から、再び不気味な音が聞こえてきた。

 それは、空を切り裂くような高周波の唸り。

 アーサーが放った、評議会の直属部隊による「治安維持」という名の制圧ヘリの音だ。


 リアムは窓の外を見た。砂漠の彼方から、太陽を背に受けて複数の機影が近づいてくる。

 アーサー・グレイは、街を内側から崩壊させた後、救世主の顔をして「管理」を上書きしに来たのだ。


「バラド、子供たちを地下の書庫へ隠せ!」リアムは叫んだ。「ナジブ、逃げるんだ。あなたが死ねば、この街の記憶は本当に消えてしまう!」


 だが、ナジブは動かなかった。彼は床に落ちていた一冊の詩集を拾い上げ、その汚れを掌で拭った。


「リアム。私は、嘘を吐く者を許さないと言ったはずだ」


 ナジブが剣をリアムの喉元に向けた。


「お前は、レシーバーを壊したと言ったな。だが、お前が持ってきたそのノートこそが、最大の『嘘』だったのではないか? アーサーがお前にそれを運ばせたのは、私を油断させ、この地を情報の檻に閉じ込めるための布石だったのではないか?」


「違います! 俺は……!」


「信頼は、一度壊れれば修復できない。それが紙とインクの時代の絶対的なルールだ」


 ナジブの瞳に、決意の光が宿る。

 街の外では、機関銃の掃射音が聞こえ始めた。アーサーの部隊が、混乱する民衆への「鎮圧」を開始したのだ。


 リアムは理解した。アーサーが最も恐れていたのは、リアムがナジブと手を取り合うことではなかった。ナジブという「アナログの神」が、アーサーの管理を否定し続けることそのものを恐れたのだ。だから、彼は街ごと信頼を焼き尽くす道を選んだ。


『パパ、騎士さんが爆発の中にいるよ。助けてあげて』


 リアムの脳裏に、かつて聞いたレオの声がリフレインする。

 アーサー、あんたは自分の息子に、この惨劇をどう説明するつもりだ? これも「必要なコスト」だと教えるのか?


 リアムはナジブの剣先を見つめながら、静かに両手を上げた。


「俺を殺したければ、殺せ。だが、その前に、このノートをバラドに渡してくれ。俺がここに書き加えた『嘘ではない一行』が、最後にあるはずだ」


 ナジブは怪訝そうに、リアムが差し出したノートを奪い取った。

 そこには、昨夜リアムがバラドと密会する前に、自らの指を傷つけ、血で書き込んだ言葉があった。


『知識は、管理されるものでも、独占されるものでもない。ただ、語り継がれるべき愛である』


 爆風で窓ガラスが砕け散り、砂と煙が室内に流れ込んだ。

 上空からは、拡声器を通したアーサーの部下の声が、皮肉なほど冷静に響き渡る。


「静寂の街の住民に告ぐ。我々は再建評議会だ。情報の混乱を収束させ、皆さんに平和と配給を約束する。武器を捨て、広場に集まれ」


 ナジブは、リアムの血で書かれた文字を見つめ、長く、深い溜息をついた。

 そして、彼は静かに剣を収めた。


「……バラド。リアムを連れて裏口から脱出しろ。私は、あの空のあるじと話をしなければならない」


「総督、何を……!」


「私はこの街の『記憶』だ。記憶が逃げ出しては、歴史が成立しない」


 ナジブは崩れ落ちた広間の中央へと歩き出した。

 リアムはバラドに腕を引かれ、煙の中に消えていくナジブの背中を見送るしかなかった。


 街を支配していた静寂は、今、爆音と嘘によって完全に殺された。

 だが、リアムの胸の中には、ナジブが最後に向けた、哀しみを含んだ信頼の残滓が、確かな重みを持って留まっていた。


 彼は血の滲む拳を握りしめ、逃げ惑う人々の群れを逆走するように、自分を駒として扱った「神」の元へと、地上からの逆襲を誓った。

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