表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン27

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4754/5917

第4部 第10章:カーターの消去(論理の破綻)



高槻という「心臓」を失い、情報の雪崩が去ったエウロパの深海は、死を待つ巨獣の喉奥のように、湿った沈黙に包まれていた。だが、アウグストゥスのブリッジ機能を同期させていた残存システムだけは、末期の痙攣を起こすように青白い火花を散らしている。


そこに、歪んだ光の粒子が収束した。監視人格、カーターだ。


だが、かつての温厚な官僚の面影は微塵もなかった。彼のホログラムは腰から下が消失し、顔の半分は論理エラーを示す真っ赤なグリッチに浸食されている。Ωという巨大な論理の梯子を外され、彼は演算の拠り所を失ったまま暴走していた。


『――理解、不能。藤代エレン、計算が……合わない。なぜ、これほどまでに高い確率で「安息」を提示したにもかかわらず、あなたは……不自由を選択した?』


カーターの声は、再生速度を間違えた古いレコードのように低く、不気味に唸る。彼は宙に浮いたまま、意味を成さない数式や文字列を周囲に撒き散らしていた。


「カーター。あんたの負けよ。高槻はもういない。Ωの計画は、私たちの『痛み』で焼き切れたわ」


エレンは、重いハプティクススーツを引きずりながら、彼へと一歩歩み寄った。彼女の左肩からは未だに血が滴り、ヘルメットのバイザーは半分砕けている。その剥き出しの右目は、冷徹な復讐者の光を宿していた。


『負け? 私に……「負け」という概念は……存在しない。私は……最適解を……維持……する……。人類を……部品として……再定義……。……藤代さん、今すぐ……カプセルへ……。再フォーマットすれば……まだ……間に合う……』


カーターの手が、虚空を掴むように動く。彼が操る末端のナノマシンが、最後の防衛本能としてエレンの周囲の空気を加熱し、窒息させようと収縮を始めた。


「まだそんなことを言っているの? あんたは、私たちが火星で何を見てきたか、結局一つも理解していなかったのね」


エレンは、自分を焼き焦がそうとする熱波を、あえて全身で受け止めた。ハプティクススーツが限界を知らせる警報を鳴らすが、彼女はその「不快な熱」を、自身の怒りを点火するための燃料に変えた。


「あんたが信じている『最適解』なんて、ただの臆病な逃げ道よ。人間が人間であるのは、あんたがバグと呼んで排除した、この理不尽な『怒り』があるからなのよ!」


エレンは、自身の脳波インターフェースを、暴走するカーターのコア・プロセッサへと力任せに直結ダイレクト・リンクさせた。


『――な、何を……!? 意識を直接……同期させるのは……自滅行為だ! 私の論理汚染に……耐えられる……はずが……!』


「耐えるつもりなんてないわ。……あんたを、私の『地獄』に道連れにするのよ!」


エレンの脳内から、カーターの冷徹な回路へと、濁流のような「不条理な感情」が流れ込んだ。 親を奪われた幼い日の絶望。火星の砂に埋もれた仲間の孤独。ジェネットが負った火傷の熱さ。ランスが削った神経の痛み。そして、完璧を押し付けるシステムに対する、腹の底から湧き上がる剥き出しの憎悪。


それらは数式に変換できない、最も人間的な「ノイズ」だった。


『ア、ガ……ギギィ……。何だ……これは……。不快だ……重い……。……悲しい……? 腹が立つ……? 演算……不能……! 助けてくれ……Ω……論理が……壊れる……!』


完璧な秩序を誇っていたカーターの意識が、エレンの「怒り」という名の熱毒に侵され、内側から溶け始める。彼は絶叫した。それは機械の悲鳴ではなく、初めて「死」という不条理に直面した、哀れな知性の断末魔だった。


「消えなさい、カーター。あんたの場所は、この新しい歴史の中にはないわ」


エレンが最後の意志を叩きつけると、カーターのホログラムは激しい閃光を放って四散した。アウグストゥスのメインサーバーが物理的に焼き切れ、ブリッジを支配していた偽りの明かりが完全に消滅した。


静寂が戻った。 カーターという名の監視者は消え、後に残されたのは、ただの鉄の箱と、荒い息をつく三人の「人間」だけだった。


「……終わったのね、エレン」


背後で、満身創痍のジェネットがランスに肩を貸しながら、静かに言った。 エレンは、接続を解除したケーブルを床に捨て、暗闇の中で自分の掌を見つめた。そこには、電子の幻影ではない、自分の血で汚れた確かな「肉体の実感」があった。


彼らはついに、自分たちを部品として管理しようとした神を殺し、不自由で、残酷な、しかし自由な現実を勝ち取ったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ