表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン1
41/2052

第18章 アニメ風



シュガーローフでの米軍再攻撃を退け、大和の砲撃が海からの脅威を沈黙させてから数日。

沖縄戦線は一時的に静けさを取り戻していた。だが、それは嵐の前の凪に過ぎない。


第32軍司令部は防衛線の再構築と負傷者の手当に追われていた。

海自の情報幕僚・山名三尉は、座礁艦《朝霜》の陸上部隊を率いる田中中尉と合流し、前線の視察に向かっていた。


二人が歩く丘は砲弾に抉られ、赤土はまだ湿った血で黒ずんでいる。

その間を縫うように新しい塹壕が掘られ、疲弊した兵士たちが黙々と鍬を振るっていた。


「海自殿のおかげで敵の奇襲は防げました。座礁艦からの援護砲撃も、兵たちの支えになっています」

泥で顔を汚した田中中尉が、ほっとした表情で言った。


山名は頷いたものの、表情は硬い。

無線から流れるのは、未来の日本なら平和なニュースが飛び交うはずの周波数。

しかし今、彼が立っているのは死と隣り合わせの過去の戦場だった。


――その時。


丘の頂にある簡素な野戦病院から、か細い歌声が聞こえてきた。

懐かしい旋律、日本の古い童謡。


二人が近づくと、土嚢で囲まれた小さな空間が現れた。

中には、白いブラウスにモンペ姿の少女たち。腕には赤十字の腕章。

包帯を運び、負傷兵の額に水を含ませ、必死に看病している。


田中中尉が低く言った。

「……ひめゆり学徒隊だ。看護のために志願し、ここで働いている」


山名は息を呑んだ。

歴史の教科書で読んだ名が、いま目の前で血と汗にまみれていた。


その中の一人が、山名たちに気づき顔を上げた。

戦場の苦しみにさらされながらも、その瞳には澄んだ光が宿っていた。


「なにか、ご用でしょうか……?」

まだあどけなさを残す声。


田中中尉が答える。

「任務の巡回だ。皆、よくやってくれている。何か困ったことはないか?」


少女は首を振った。

「いいえ。少しでも、お役に立てればと……」


山名はふと、ポケットに手を入れた。

そこにあったのは、小さなチョコレート。

《いずも》の医療班から非常用に託されたものだった。


彼は、それを差し出した。

少女の目が驚きに見開かれる。

鮮やかな包装紙、甘い香り。彼女たちの日常には決してないもの。


「ほんの気持ちだ。疲れた時に、少しでも力になれば」

山名は声を柔らかくした。未来から来たことなど言えるはずもない。


別の少女が恐る恐る手を伸ばし、包みを受け取った。

指先が山名の指に触れる。

「……ありがとうございます」

その声は震えながらも、確かな温もりを帯びていた。


歌っていた少女も、目を輝かせながらチョコレートを見つめていた。


田中中尉は、黙ってその様子を見ていた。


「君たちは……本当に勇敢だ」

山名は思わず言葉を絞り出した。


少女は、小さく微笑んだ。


田中中尉が山名の肩に手を置く。

「行こう。我々には、まだやることがある」


山名は頷き、振り返らずにその場を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ