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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン25

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第45章 第3章:黄金の船と沈黙の羅針盤


1. 酸素濃度 18.2\% の暗闇

パリ地下墓地カタコンブ第17セクター。崩落した石板によって退路を断たれた一行は、重苦しい沈黙と、僅かに埃っぽい空気に包まれていた。

「警視……現在の酸素濃度は推定 18.2\% です。このまま成人6人が呼吸を続ければ、約120分で運動機能に支障をきたし、180分後には意識を失います」

アストリッドの声は、暗闇の中で規則正しく、それゆえに冷徹に響いた。彼女はパニックを抑え込むため、手元にある「第2のネブラ・スカイ・ディスク」の冷たい金属の感触に全神経を集中させていた。

「おい、アストリッド君! 物理学者である私の計算によれば、そんなに時間は残っていないぞ! なぜなら、私の心拍数は今、恐怖によって通常の2倍――つまり酸素消費量も2倍になっているからだ! Why don't you do your best、私の肺!」

志村教授が、真っ暗闇の中で激しく呼吸を乱しながら叫ぶ。

「ちょっと、志村教授! 自分の肺を励ましてどうすんのよ! ほら、あんたの自慢の『ビッグ・マグナム』な懐中電灯を出しなさいよ。電池切れなんて言ったら、マジでこのガイコツたちの仲間入りにさせてあげるからね、エヒャヒャヒャ!」

奈美子が、闇の中で志村の背中をバシバシと叩く。

「ひえぇぇ! 叩くな山田君! 霊的な何かが私の背後に憑依したかと思ったじゃないか!」

「騒ぐな、お前ら! 公安のわしがここにおる限り、死なせはせん! 猿渡、早く出口を探さんか!」

桂刑事が、闇の中で浮き上がった「頭髪の影」を必死に押さえながら部下に命じる。

「警部補……出口というか、この壁、びくともしません。……あ、警部補、カツラが前後逆ですよ」

「バカモン! これは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』的なスタイルじゃ!」



2. 光の幾何学:全反射の脱出路

ラファエルが懐中電灯で周囲を照らすが、そこには無数の白骨が積み上げられた壁が続いているだけだった。

「アストリッド、何か方法はない? このディスクが『鍵』だったのなら、出口への道も示しているはずよ」

アストリッドは、志村教授から奪い取った高出力の懐中電灯を手に取り、ディスクを垂直に立てた。

「……警視。ネブラ・スカイ・ディスクの黄金部分は、単なる装飾ではありません。……志村教授、この黄金の純度は 99.9\% に近く、表面の研磨精度は**波長オーダー(数百ナノメートル単位の平滑さ)**に達しています。これは、光を反射させるための『鏡』です」

アストリッドは、ライトを特定の角度でディスクに照射した。

「……**全反射(Total Internal Reflection)**を利用します。光が屈折率の大きい媒体から小さい媒体へ、臨界角以上の角度で入射するとき、光は境界を透過せずにすべて反射します。……このカタコンブの壁に埋め込まれた石英の結晶を、光の『導波路』として利用するのです」


> 【専門用語解説:全反射(Total Internal Reflection)】

> 光が密な媒質(屈折率 n_1)から疎な媒質(屈折率 n_2)へ進む際、入射角が臨界角 \theta_c = \sin^{-1}(n_2/n_1) を超えると、光が完全に反射される現象。光ファイバーの通信原理の基礎であり、減衰を最小限に抑えて光を遠くまで伝えることができる。

>

アストリッドがディスクの黄金の「月」の部分に光を当て、壁の一点を狙うと、積み上げられた骸骨の隙間から、細い光の筋が奥へと伸びていった。

「光が……曲がってる?」ラファエルが目を見開く。

「……屈折率の異なる地層の境界を、光が全反射を繰り返しながら伝わっています。……この光が指し示す先が、物理的な『構造の弱点』です。……志村教授、そこの岩の継ぎ目を、あなたのその……重厚な体当たりで押してください」

「な、なんだと? 私に肉体労働をさせるのか? よし、通信教育で習った『志村流・開門破壊脚』を見せてやろう!」

志村教授が雄叫びを上げながら壁に突進した。ドォォン! という音と共に、骸骨の壁が崩れ、その奥に隠されていた古い換気口の扉が姿を現した。

「……見たか! 物理学の勝利だ!」

「ただのデブの突進じゃったな……」桂刑事がボソリと呟いた。



3. セーヌの底の「沈黙の羅針盤」

一行は、換気口を這い進み、ようやくパリの深夜の街頭へと脱出した。冷たい夜風が、アストリッドの過敏な肌を心地よく撫でる。

「……助かった。……警視、休んでいる暇はありません。監察官……いえ、犯人が狙っているのは、カタコンブの船そのものではなく、その船が指し示す『座標』です」

アストリッドは、手元のディスクを月明かりにかざした。

「ディスクの最下部にある『太陽の船』の弧。……ここに微細な刻み目があります。これは液体の表面張力を利用した、一種の比重計として機能します」

アストリッドは、近くの公衆電話の脇にある水溜りから、僅かな水をディスクの溝に垂らした。

「……志村教授、見てください。水の動きが不自然です。……このディスクは、セーヌ川の特定の水質――つまり、**塩分濃度(Salinity)や、上流から運ばれる堆積物(Sediment)**の成分に反応するように作られています。……『太陽の船』は、セーヌ川を羅針盤として必要としているのです」


> 【専門用語解説:比重計(Hydrometer)と表面張力】

> 液体の密度(比重)を測定する器具。ネブラ・スカイ・ディスクのような遺物に液体を載せた際、その液体が描くメニスカス(液面の湾曲)の形状や広がり方は、液体の組成や不純物によって変化する。古代人はこれを用いて、水源の特定や塩分濃度の判断を行っていた可能性がある。

>

「なるほど! セーヌ川の水質が特定の条件を満たす場所……。つまり、古い石造りの橋や、古代の浄水施設があった場所というわけか! アストリッド君、君は物理学的なセンスが抜群だ。私の助手に……いや、特別名誉教授にしてあげてもいいぞ!」

「志村教授、自分の立場をわきまえなさいよ。家賃も払えない名誉教授なんて、こっちから願い下げだっての、エヒャヒャヒャ!」

「うるさい山田君! ……とにかく、セーヌ川だ。ラファエル警部、急ごう!」



4. シテ島の影:監察官の裏切り

ラファエルの運転するパトカー(と、志村の運転するオンボロのレンタカー)は、シテ島のポン・ヌフ付近へと急行した。

川岸に到着すると、そこには数人の潜水士と、最新式の音響測深機を備えたボートが停泊していた。そして、その中心で指揮を執っていたのは、警察本部のレオン監察官だった。

「監察官! そこで何をしているんですか!」

ラファエルが車から飛び出し、銃を構える。

レオン監察官は、ゆっくりと振り返った。その手には、ネブラ・スカイ・ディスクの「第3のピース」と思われる、黄金の球体が握られていた。

「コスト警部……そしてアストリッド。君たちはあまりにも有能すぎた。3600年前の天文盤が、実はナチスの金塊の在り処を示す『音響センサー』だったとは、誰も信じないだろう?」

「音響センサー……?」アストリッドが眉をひそめる。

「……そうです。志村教授、このディスクの青銅の厚みは一定ではありません。特定の周波数――セーヌ川の川底を流れる水の**キャビテーション気泡(Cavitation bubbles)**が発生させる音に共鳴するように設計されています。……ナチスは、セーヌ川の底に沈めた重い金庫の場所を、このディスクの共鳴音で特定していたのです」


> 【専門用語解説:キャビテーション(Cavitation)】

> 流体中の圧力が局所的に飽和蒸気圧以下に低下した際、液体が気化して気泡が発生する現象。この気泡が崩壊する際に発生する衝撃音や振動は極めて特徴的であり、水中音響探査において障害物や特定の構造物を特定するためのノイズソースとして利用されることがある。

>

「その通りだ。そして、今、その金庫が開き、3600年前の知恵と現代の強欲が結びつく時が来た」

レオン監察官が合図を送ると、川底から巨大なチェーンが巻き上げられ始めた。



5. 桂刑事の「カツラ・アタック」

「待てぇい! 逃がさんぞ、悪党どもめ!」

桂刑事が、猿渡を引き連れて川岸を駆け下りてきた。

「猿渡、確保じゃ!」

「はい、警部補!」

しかし、レオンの部下たちが放った閃光弾が炸裂した。

「ひえぇぇ! 目がぁぁ!」志村教授がパニックで転げ回る。

アストリッドも強い光に激しく動揺し、その場にうずくまってしまった。

「……アストリッド!」

ラファエルが彼女を庇おうとしたその時、桂刑事の「頭髪」が、閃光弾の衝撃波で猛烈な勢いで空中に舞い上がった。

「わ、わしの宝がぁぁ!」

宙を舞う「頭髪」は、偶然にもレオン監察官の顔面に直撃した。

「ぐあぁっ!? 何だ、この毛むくじゃらの物体は!」

視界を遮られたレオンが怯んだ隙に、奈美子が懐からマジック用のスモークボールを投げつけた。

「エヒャヒャヒャ! これが天才マジシャンの実力よ! 志村教授、今よ!」

「よ、よし! 通信教育で習った『志村流・超物理回転投げ』だぁ!」

志村教授が、そこら辺にあった重い救命浮輪をレオンに向かって投げつけた。浮輪はレオンの腕を捉え、彼が持っていた黄金の球体は、弧を描いてセーヌ川の中へと消えていった。

「ああっ、わしの金塊への鍵がぁぁ!」

レオンが絶叫する。



6. 3600年の星空、再び

レオンとその部下たちは、駆けつけたラファエルの同僚たちによって取り押さえられた。

黄金の球体は川の底へ消え、ナチスの金塊が眠っているとされる金庫の正確な位置も、再び闇の中へと葬られた。

「……警視。……これで、良かったのかもしれません。……ネブラ・スカイ・ディスクは、誰かの欲を満たすための道具として作られたのではないからです」

アストリッドは、夜空を見上げた。

「……3600年前の人々が、この星空を見て、暦を作り、農耕を営み、命を繋いできた。……その純粋な知性を、現代の強欲で汚してはならなかったのです」

「そうね、アストリッド。……でも、一つだけ論理的じゃないことがあるわ」

ラファエルが、川に浮いている桂刑事の「頭髪」を指差した。

「あれ、どうやって回収するの?」

「……警視。……それは、私の業務範囲外です」

志村教授は、びしょ濡れになった桂刑事の頭をまじまじと見つめながら、深く頷いた。

「……物理学的に見て、あの頭部の流線型は、非常に興味深い抵抗値を示しているな。……山田君、日本に帰ったら、これをテーマに論文を書くぞ!」

「勝手にしなさいよ、この変態教授! エヒャヒャヒャ!」

パリの夜空に、志村の自信満々な声と、奈美子の笑い声、そして桂刑事の悲痛な叫びが響き渡る。

アストリッドは、静かにネブラ・スカイ・ディスクをバッグに収めた。

彼女の脳内では、32個の星が再び秩序を持って輝き始め、数千年前の誰かが奏でた「宇宙のメロディ」が、穏やかに流れていた。

第4章:志村教授の失態と科学の罠(※原案タイトル反映)

事件は解決したかに見えたが、志村教授が勝手に持ち帰った「第2のディスク」の破片が、予期せぬ磁気嵐を引き起こす。舞台はフランス・ナントの電磁気研究所へ。アストリッドは、志村教授の「非科学的な直感」と向き合うことになる。


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