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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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 第207章 第6章 艤装の迷宮


1. 神の目(15メートル測距儀)

1940年(昭和15年)冬。

呉の艤装岸壁に係留された大和の艦橋最上部、海面から約40メートルの高さに、その「至宝」は据え付けられた。

「一五式一五メートル半測距儀」。

日本光学(現在のニコン)が総力を挙げて磨き上げた、世界最大の光学兵器である。

「レンズの曇り一つ許さんぞ! 呼吸をするな!」

技術士官の怒号が飛ぶ中、巨大な双眼鏡のような筒がクレーンで吊り下ろされる。

原理は「三角測量」だ。左右の対物レンズの間隔(基線長)が長いほど、遠距離の物体までの距離を正確に測れる。

当時の戦艦の標準は8メートルから10メートル。大和の15メートルは桁外れだった。

「理論上の測定誤差は、3万メートル先でわずか300メートル以内」

福田啓二は、設置されたファインダーを覗き込んだ。

遥か遠く、瀬戸内海を行く漁船の船名までが鮮明に読み取れる。

「凄まじい解像度だ。これなら、敵が豆粒に見える距離から初弾を命中させられる」

だが、牧野茂は少し浮かない顔をしていた。

「……福田さん。ドイツからの情報では、彼らは『電波探信儀レーダー』の実用化を急いでいるそうです」

「電波か。霧の中でも見えるというあれか」

「はい。我々の光学機器は世界一です。ですが、夜や荒天では無力です。もし敵がレーダー射撃をしてきたら……」

福田は沈黙した。

日本の「光」の技術は極致に達していた。だが、見えない「波」の技術において、世界はすでに別の次元へ移行しようとしていた。


2. 血管と神経のジャングル

艦の内部では、電気工と配管工による「陣取り合戦」が繰り広げられていた。

全長263メートルの中に、迷路のように入り組んだ通路と、1,000以上の水密区画がある。

そのすべてに、電気、水、蒸気、油、そして情報を送らなければならない。

* 総配線長: 地球半周分に相当すると言われた。

* 総パイプ数: 数万本。

「おい、ここのダクトと配線が干渉してるぞ!」

「図面通りだ! そっちがけろ!」

現場はカオスだった。

特に重要だったのが、**「注排水システム」**の配管だ。

もし片舷に魚雷を受けて傾斜した場合、反対側のタンクに海水を急速注水し、バランスを取り戻す(ダメージ・コントロール)。

そのための太いパイプが、船の血管のように張り巡らされていた。

牧野は懐中電灯を片手に、狭い二重底ダブル・ボトムを這い回った。

「バルブ一つ、スイッチ一つの配置ミスが、戦闘時には命取りになる。人間工学エルゴノミクスを無視するな」

非常時に真っ暗闇の中で、兵士が手探りで操作できる位置にあるか。

エンジニアの想像力が、極限状態での生存率を決める。


3. 「大和ホテル」の熱力学

大和には、もう一つ、日本海軍初の画期的な設備が導入されていた。

**「全艦冷房エア・コンディショニング」**である。

後に「大和ホテル」と揶揄されるほどの快適な居住性を生んだこの設備だが、導入の理由は「兵士への優しさ」などではなかった。

純粋な化学的・物理的要請によるものだ。

「火薬の安定性維持」

主砲弾の装薬(発射薬)に使われるニトロセルロースなどは、高温多湿に弱い。温度が上がると自然分解が進み、発射性能が不安定になるどころか、最悪の場合は自然発火する。

「弾薬庫(火薬庫)の温度を常に27度以下に保て」

これが絶対命令だった。

そのために、巨大な冷凍機(CO2冷媒式)が搭載された。

弾薬庫を冷やした冷気の「余り(排熱交換)」を利用して、士官室や兵員室にも冷風が送られるシステムが組まれたのだ。

「夏場の呉で、窓を閉め切って溶接作業をする工員たちは汗だくだ。だが、試運転中の艦内に入ると、そこは別世界のように涼しい」

技術員の一人が苦笑いした。

「皮肉なものです。人を殺すための火薬を守る装置が、結果として人を快適にしているとは」


4. 山本五十六の溜息

1941年(昭和16年)夏。

日米関係は修復不可能なレベルまで悪化していた。

艤装工事は突貫で行われ、夜間もアーク溶接の光が絶えることはなかった。

ある日、連合艦隊司令長官、山本五十六大将が視察に訪れた。

彼は航空主兵論者として知られ、巨大戦艦の建造には懐疑的だった男だ。

完成間近の46センチ砲塔を見上げ、山本は静かに言った。

「福田君。君たちが作ったこれは、間違いなく世界最強の剣だ」

「はっ。恐縮です」

「だがな……」

山本は視線を空へ向けた。

「世の中、変わる時は一瞬だ。いくら切れ味鋭い日本刀でも、機関銃の前では無力かもしれんぞ」

福田は言葉を詰まらせた。

エンジニアとして、与えられた要求仕様スペックを完璧に満たすものを作った自負はある。

だが、その「要求仕様」自体が、時代遅れになりつつあるのではないか?

その疑念は、技術者たちの心の中に、小さな棘として刺さっていた。

「まあいい。作ってしまったものは仕方がない。使い道は私が考える」

山本はそう言い残し、タラップを降りていった。

その背中は、来るべき戦争の重圧で小さく見えた。


5. 出航準備

1941年10月。艤装工事完了。

「第一号艦」には、正式に**「大和」**という艦名が与えられた。

奈良県の「大和神社」から分霊を迎え、艦内神社に祀る。

艦長室には、真新しい机と、空調の効いた快適な空気が用意された。

厨房には、数千人の食事を作るための巨大な電気釜や、パン焼き機、そしてアイスクリーム製造機までもが備え付けられた。

それは、海に浮かぶ一つの都市だった。

「動くぞ」

福田啓二は、完成した艦橋に立ち、眼下の呉港を見下ろした。

無数の技術的困難。

パナマ運河の制約を超えた設計。

土木工事のようなドック拡張。

限界を超えた製鋼と加工。

数百万のリベットと、数キロメートルの溶接。

それらすべてが、今、一つの巨大なシステムとして統合された。

あとは、このシステムが設計通りの性能パフォーマンスを発揮するかどうか、実地で試すだけだ。

公試トライアルだ。宿毛すくもへ向かう」

エンジンに火が入る。

12基のボイラーが唸りを上げ、4基のタービンが回転を始める。

いよいよ、エンジニアたちの「卒業試験」が始まろうとしていた。

(第6章 完)


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