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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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第183章 第6章:カオスの海 —— 中央部破断エリア


 警告音が、狭い船内に神経質に鳴り響いた。

 ノティール号のソナー画面が、真っ赤な警告色で埋め尽くされている。

「ストップ! これ以上は近づけない」

 パイロットのアンリが、反射的に操縦桿を引き、スラスターを逆噴射させた。

 船体がきしむような音を立てて制動がかかる。舞い上がった泥煙が、アクリル窓の外を茶色く染めた。

 泥が晴れるにつれ、その理由が明らかになった。

 ライトの先に広がっていたのは、鋭利な刃物の森だった。

 引きちぎられた鋼鉄の梁、ねじ曲がった配管、ささくれ立った外板。それらが幾重にも折り重なり、深海の闇に向かって突き出している。

 もし不用意に接近すれば、耐圧殻やアクリル窓を傷つけ、最悪の場合は絡まって動けなくなる(エンタングル)。ここは、有人潜水艇にとっての「死の領域」だ。

「ここが『第三のセクション』……船体中央部の破断エリアだ」

 コパイロット席のマルクが、額の汗を拭いながら言った。

 戦艦大和は沈没時、弾薬庫の誘爆によって船体が真っ二つに折れたとされている。だが正確には、前部と後部の二つに分かれただけではない。その繋ぎ目であった中央部分は、爆発のエネルギーで粉々に粉砕され、原形をとどめない瓦礫の山――カオスの海と化しているのだ。

「ここから先は、の出番だ」

 マルクは座席を回転させ、右側のコンソールに向き直った。そこには、ROV(遠隔操作無人探査機)「ロビン」の操作パネルと、高精細モニターが設置されている。

「ロビン、システム起動。テザー(有線ケーブル)接続良好。映像リンク、確立」

 ノティール号の前部バスケットに格納されていた小型ロボットが、青い光を放ちながら浮き上がった。

 全長六〇センチほどの直方体のボディに、カメラと照明、そして小型のマニピュレーターを備えた分身だ。

 マルクの指先が、ゲームコントローラーのような操作パッドを繊細に弾く。

 ロビンは魚のように身をひるがえすと、母船を離れ、鋼鉄のジャングルへと吸い込まれていった。

 マルクの視界は、肉眼からモニター映像へと切り替わった。

 カメラ(アイ)の位置が変わるだけで、世界の見え方は一変する。

 巨大な全体像ではなく、微細なディテールが迫ってくる。ロビンのLEDライトが、至近距離にある破壊の痕跡を鮮明に映し出した。


「潜入する。テザーの繰り出しを頼む、アンリ。絡まったら一巻の終わりだ」

了解ダコール。テンションは常にモニターしている」

 ロビンは、めくれ上がった鉄板の隙間――人間一人がやっと通れるほどの亀裂へと侵入した。

 そこは、機械たちの墓場だった。

「……酷いな」

 後ろでモニターを覗き込んでいた賢治が、呻くように言った。

 画面に映し出されたのは、原形を留めないほどに圧縮され、ねじ切れた金属の塊たちだ。

 かつて高角砲と呼ばれた一二・七センチ連装高角砲の残骸が、飴細工のように曲がって転がっている。シールド(防盾)は紙くずのようにクシャクシャになり、精密な照準器のレンズが割れて散乱している。

 周囲には、無数の配管や電線が、まるでスパゲッティのように絡み合っていた。

 蒸気パイプ、油圧ライン、通風ダクト。

 それらは船体の「内臓」だ。爆発によって腹を割かれ、外にぶちまけられた内臓が、海水に晒されているのだ。

「映像補正。コントラストを上げる」

 マルクがタッチパネルを操作する。

 瓦礫の山の中に、巨大な円筒形の物体が見えた。

「これは……ボイラーか?」

「ああ、間違いない。ロ号艦本式缶だ」賢治が答える。「大和の心臓部だ。一二基あったボイラーのうちの一つが、ここまで吹き飛ばされている」

 厚さ数センチの鋼鉄でできたボイラーの外壁が、内側から破裂したように裂けていた。

 爆発の瞬間、ここには何千度という熱風と、数万気圧の衝撃波が走り抜けたはずだ。そのエネルギーの凄まじさを、静止した鉄塊が雄弁に物語っている。

「マルク、あの断面を見てくれ。右上の、外板の切れ端だ」

 賢治が画面の隅を指差した。

 ロビンのスラスターを吹かし、カメラをその箇所へ向ける。

 そこには、分厚い装甲板の断面があった。

 重要なのは、その「曲がり方」だ。

「外側にめくれている(ベント・アウト)」

 マルクが冷静に分析する。「外部からの魚雷攻撃なら、装甲は内側に凹むはずだ。だが、これは違う。内側からの強烈な圧力で、鋼鉄が外へ向かって引きちぎられている」


爆心グラウンド・ゼロが、船の内側にあった証拠だ」

 賢治は、七〇年前の光景を幻視した。

 一九四五年四月七日、一四時二三分。

 転覆し、キール(竜骨)を空に向けた大和の深部で、何が起きたのか。

 横転により、弾薬庫内で主砲弾や装薬が崩れ落ちたのか。あるいは火災が延焼したのか。

 いずれにせよ、数千発の砲弾と火薬が一斉に臨界点を超えた。

 そのエネルギーは、四六センチ砲の装甲さえも紙のように引き裂き、船体を中央から叩き割った。

 キノコ雲は上空六〇〇〇メートルまで達し、その爆音は鹿児島本土まで届いたという。

 今、ロビンのカメラが映しているのは、その爆発の「瞬間」が凍結された現場だ。

 赤錆びた鉄のとげ一本一本が、爆風の方向を示している。すべてのベクトルが、ある一点から放射状に広がっていた。

「さらに奥へ行けるか?」賢治が尋ねた。

「やってみよう。だが、テザーの余裕があと一〇メートルしかない」

 マルクは慎重にロビンを前進させた。

 入り組んだ鉄骨の迷路を、ミリ単位の操作ですり抜けていく。

 カメラが捉えたのは、焼け焦げたような痕跡のある床材だった。もちろん、海水に七〇年も浸かっていれば、ススや焦げ跡は洗い流されているはずだ。だが、金属の表面が高熱で変質し、独特の腐食パターンを描いているのが見て取れた。

 熱変性。

 一瞬にして鉄が溶けるほどの高温に晒された証だ。

「ここだ」

 賢治が呟いた。

「ここが、大和が死んだ場所だ」

 沈没ではない。

 これは「処刑」の跡だ。

 圧倒的な航空戦力によるリンチの末、自らの火薬によって腹を裂き、絶命した巨獣の最期の場所。

 ロビンのLEDライトが、黒い空洞を照らす。その奥は、もう何も形を留めていない。ただの空虚な闇が広がっているだけだった。

 そこにいたはずの機関科員たち、弾薬庫員たちの痕跡は、原子レベルまで粉砕され、海へと還っていったのだろう。


「……反応がある」マルクが計器に目を落とした。「放射線量計じゃない。磁気センサーだ。このエリア、磁場が狂っている」

「残留磁気か、あるいは熱による変質か。……この場所そのものが、巨大な特異点になっているのかもしれない」

 不意に、映像が激しく乱れた。

 ノイズが走り、画面がブラックアウトしかける。

信号干渉インターフェアランス! テザーが何かに触れたか?」

 アンリが警告する。「マルク、戻せ! ロビンを失うぞ」

 マルクは唇を噛み、素早く操作パッドを叩いた。

「ロビン、後退リトリート。オートパイロットで経路をトレースバックする」

 画面の中で、ロビンが反転する。

 カオスの海から脱出するその一瞬、カメラが最後にもう一度、あのひしゃげた高角砲の残骸を捉えた。

 泥に埋もれたその銃口は、なおも虚空を睨んでいるように見えた。

 テザーが巻き取られ、ロビンの青い光が、鉄のジャングルから抜け出してくる。

 ノティール号のバスケットに「カチリ」と収まる音がして、三人は一斉に息を吐いた。

「回収完了。……地獄巡りはこれぐらいにしておこう」

 マルクが操作パッドを置き、震える手を太腿で拭った。「あの中は、怨念が渦巻いているようだ。機械越しでも寒気がした」

「ああ。だが、必要なデータは取れた」

 賢治はノートPCのデータを保存した。

 内側からの爆発。船体切断のメカニズム。そして、この悲劇的な最期の証明。

「ありがとう、アンリ、マルク。……次へ進もう」

「次はどこだ?」

艦橋ブリッジだ。……まだ、会わなければならない人たちがいる」

 アンリがバラストを調整し、ノティール号を浮上させる。

 足元に広がるカオスの海――中央構造物切断エリアが、再び闇の中へと遠ざかっていく。

 それは、二度と閉じることのない、巨大な鉄の傷口だった。


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