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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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第168章 第8章:報復の論理


視点:ロバート・ケイン(国家安全保障会議 欧州・ソ連担当軍事顧問)

場所:ワシントンD.C. ホワイトハウス 地下危機管理室(Situation Room)

日時:1983年11月7日 11:20 EST(東部標準時)/16:20 Z


「NUDET(Nuclear Detonation / 核爆発探知)。確認されました」

その報告は、叫び声ではなく、事務的な囁きとして届けられた。だが、その言葉の質量は、部屋の中の空気を完全に凝固させた。

「場所は?」大統領の声が震えている。

「西ドイツ、フルダ近郊。出力推定、0.1キロトン以下。……スペクトル解析により、味方のW48核砲弾と推定されます」

沈黙。

誰もが、その意味を噛み砕くのに数秒を要した。

「我々が……撃ったのか?」

大統領が信じられないという顔で統合参謀本部議長(CJCS)を見る。「私は許可していないぞ!」

「閣下」議長が沈痛な面持ちで答える。「通信途絶下における交戦規定(ROE: Rules of Engagement)と、戦術核の使用権限委譲(Pre-delegation)のプロトコルが作動したと思われます。前線の指揮官は、部隊が壊滅する寸前に『パッケージ』の使用を決断したのでしょう」

ケインは、胃の腑が焼け付くような感覚を覚えた。

パンドラの箱が開いた。しかも、我々の側から開けてしまった。

だが、問題は「誰が始めたか」ではない。「次はどうなるか」だ。

「ソ連軍の反応は?」ケインが鋭く問う。

「SAC(戦略航空軍団)の早期警戒衛星が、東ドイツおよびチェコスロバキア国境付近での熱源を探知。……スカッドB(R-17 Elbrus / 短距離弾道ミサイル)およびSS-21(OTR-21 Tochka / 戦術弾道ミサイル)の複数発射を確認」


スクリーンに赤い軌道ラインが走る。

1本、2本ではない。数十本だ。

「彼らは『マッシブ・リタリエーション(Massive Retaliation / 大規模報復)』に出ました」

CIA長官が呻くように言った。「前線の戦術核に対する、戦域(Theater)レベルでの飽和攻撃です。目標は、NATOの司令部、空軍基地、そして核貯蔵施設……」

「被害推定は?」

「ラムシュタイン、スパンダーレム、フランクフルト……壊滅します。数百万人の民間人が巻き添えになります」

「ちくしょう!」大統領が拳でテーブルを叩く。「ホットラインはまだ繋がらんのか! 誤解だ、これは全面戦争への招待状ではないと伝えろ!」

「繋がりません。……それに、閣下」

議長が一歩前に出た。彼の顔には、軍人特有の冷徹な仮面が張り付いていた。

「もはや『誤解』の段階は過ぎました。欧州の我々の戦力(Assets)は、あと数分で消滅します。ソ連は『エスカレーション・ラダー(Escalation Ladder / 紛争拡大の階段)』を一気に駆け上がろうとしています。ここで躊躇すれば、彼らは次の段階――米本土への攻撃――に踏み切るでしょう」

議長は、テーブルの上に置かれた分厚い黒革のバインダーを開いた。


SIOP-6(Single Integrated Operational Plan / 単一統合作戦計画・第6版)。

アメリカ合衆国の核戦争計画書。そこには、人類を数回滅ぼせるだけのシナリオが、デニーズのメニューのように整然と並べられている。

「オプションを提示します」議長の声は機械的だった。

「MAO-1(Major Attack Option 1 / 大規模攻撃オプション1):対核戦力攻撃(Counterforce)。

ソ連のICBMサイロ、爆撃機基地、潜水艦基地を標的とします。敵の第2撃(Second Strike)能力を削ぐためのものです」

「MAO-2:対軍事・政治中枢攻撃。

クレムリンを含む指揮統制機能、および通常戦力を標的とします」

「MAO-3:対産業・都市攻撃(Countervalue)。

ソ連の主要都市、産業基盤を破壊し、国家としての回復を不可能にします」

大統領はバインダーを見つめたまま、凍りついている。

「都市を焼くのか? モスクワを? レニングラードを?」

「MAO-1であれば、都市への直接攻撃は避けます。しかし、付随的被害(Collateral Damage)により、数千万人の死傷者は避けられません」

ケインは補足した。「ですが閣下、ソ連のSS-20(中距離弾道ミサイル)が欧州を焦土に変えている今、我々が沈黙すれば、それは『敗北』を意味します。抑止(Deterrence)の論理は、『確実に報復される』という恐怖によって成り立っています。報復しなければ、抑止は崩壊します」

これが「狂気の論理」だ。

核を使われたら、使い返さなければならない。さもなければ、相手は「勝てる」と誤認し、さらなる核を使うからだ。


平和を守るためには、戦争を拡大しなければならない。

「緊急報告(Flash Traffic)!」

通信士官が悲鳴を上げた。「BMEWS(Ballistic Missile Early Warning System / 弾道ミサイル早期警戒システム)のグリーンランド・チューレ局、およびアラスカ・クリア局からのデータ! ……多数の物体を探知!」

メインスクリーンが赤一色に染まる。

北極点を超えて、無数の放物線が北米大陸へ向かって伸びてくる。

「ICBMです! ソ連領内、ウラル山脈以東のミサイルフィールドから一斉発射(Mass Launch)! SS-18《サタン》(R-36M / 世界最大のICBM。10個の核弾頭を搭載)、およびSS-19《スティレット》!」

「数は!?」

「……計測不能(Uncountable)。数百発以上。飽和攻撃です!」

部屋中が絶望に包まれる中、ケインの頭脳だけが、皮肉にも冷静に回転していた。

なぜだ?

欧州での戦術核の応酬から、いきなり本土決戦へ飛躍した?

ソ連のドクトリンでも、そこまで急激なエスカレーションは想定されていないはずだ。

考えられる理由は一つ。

LUA(Launch Under Attack / 攻撃下の発射)。

ソ連もまた、通信途絶と「西側の先制攻撃」の幻影に怯え、ミサイルサイロが破壊される前に撃ってしまうことを選んだのだ。あるいは、自動報復システムが作動したか。

「着弾まで、あと何分だ?」大統領の声は、もはや老人のように掠れていた。

「ミニットマン・サイロのある中西部まで、約25分。ワシントンD.C.まで……約15分から20分です」

「閣下!」議長が叫ぶ。「決断を! **『使用か、喪失か(Use it or Lose it)』**です! 我々のミニットマン・ミサイルがサイロの中で破壊される前に発射しなければ、我々は無防備になります!」

大統領は震える手で、傍らに立つ軍事補佐官が差し出した「フットボール(Presidential Emergency Satchel / 核発射指令用カバン)」を見つめた。

中には、「ビスケット(Biscuit / 認証カード)」と呼ばれるプラスチックのカードが入っている。これを割り、中にある認証コード(Gold Codes)を読み上げなければ、ミサイルは発射できない。

ケインは知っていた。


この期に及んで、「撃たない」という選択肢は、国家指導者として「背任」に等しいと見なされることを。

国民を守ることはもう不可能だ。できるのは、敵にも同等の地獄を与えることだけ。

それが、冷戦の40年間、彼らが積み上げてきた「安全保障」の正体だった。

「……ケイン」大統領が、うつろな目で彼を見た。「他に道はないのか? 交渉は?」

「回線がありません、閣下」ケインは静かに、死刑宣告のように告げた。「相手の耳は塞がっています。聞こえるのは、ミサイルの轟音だけです」

「……わかった」

大統領は、ビスケットを手に取り、パキリと割った。乾いた音が、世界の終わりを告げる号砲のように響いた。

「認証コード……デルタ、オスカー、ウィスキー……」

議長が復唱し、NMCCへの回線を開く。

「NCA(国家指揮権限)より、全軍へ。SIOP実行指令(Execution Order)。プラン:MAO-1、およびMAO-2。……神よ、許したまえ」

ケインはスクリーンを見上げた。

赤い放物線は、ゆっくりと、しかし確実にこちらへ近づいてくる。

あと15分。

彼はポケットの中の家族の写真に触れた。

「これが『論理(Logic)』の帰結か」

人間が作り出したシステムが、人間の制御を超え、数理モデル通りの破滅へとひた走る。

ワシントンD.C.の地下深くで、彼らはただ、自分たちが放ったブーメランが戻ってくるのを待つことしかできなかった。

(第8章 完)


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