表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3543/5510

第167章 第7章:境界線の崩壊


視点:ボリス・グロモフ大佐

所属:ソビエト連邦陸軍 第8親衛戦車軍 第79親衛戦車師団 師団長

場所:東ドイツ(DDR)/西ドイツ国境付近、フルダ・ギャップ(Fulda Gap)北端

日時:1983年11月7日 16:15 Z(現地時間 17:15)


T-80B主力戦車(MBT: Main Battle Tank)の砲塔内は、ガスタービンエンジン(GTD-1000TF)の高周波音と、オイル、そして男たちの汗の臭いで満たされていた。

「『ザリャー(Zarya / 方面軍司令部)』からの応答、依然としてありません」

通信士の悲痛な声が、インカムのノイズ混じりに響く。

グロモフ大佐は、ペリスコープ(潜望鏡)に額を押し付けたまま、歯ぎしりをした。

HF(短波)もVHF(超短波)も死んでいる。部隊間無線(R-123M)ですら、強烈な電磁干渉で数百メートル先までしか届かない。

「太陽フレア」だという情報が最後に届いた断片だった。だが、グロモフのような現場の軍人にとって、それは欺瞞(Maskirovka)にしか聞こえなかった。

彼の目の前、わずか2キロメートル先の稜線(Ridge Line)には、NATO軍のレオパルト2(Leopard 2 / 西ドイツ軍の主力戦車)と、米軍のM1エイブラムス(M1 Abrams)が展開している。

彼らは演習『エイブル・アーチャー』の名目で、完全に実戦配備(Combat Ready)の態勢をとっていた。砲塔はこちらを向き、エンジンはアイドリングし、赤外線暗視装置(IR Sight)の不気味な瞳がこちらを凝視している。

「大佐、第1大隊長が手旗信号(Semaphore)を送ってきました」装填手が叫ぶ。「『敵、前進の気配あり』と!」

グロモフは目を凝らした。

夕闇が迫る雨の中、確かにNATOの戦車群が動いた。防御陣地を出て、攻撃隊形(Assault Formation)に移行しつつあるように見える。

もし、この「通信途絶」が敵の仕業だとしたら?

もし、モスクワがすでに核攻撃を受け、司令部が蒸発していたら?

ソ連軍のドクトリン(教義)は明確だ。

「指揮系統が寸断された場合、指揮官は独断でイニシアチブ(主導権)を取り、敵の攻撃を粉砕せよ」

待てば、殺される。

敵は通信を遮断し、こちらの目が潰れている隙に、フルダ・ギャップを一気に突破して東ドイツへ雪崩れ込むつもりだ。

「我々は座して死を待つわけにはいかん」

グロモフは決断した。それは論理ではなく、生存本能だった。

「全車、通達(All Stations)! ……くそ、無線は通じん! 信号弾だ! 赤2発! 『攻撃前進(Attack Advance)』!」

「本気ですか、大佐! 司令部の許可が……」

「司令部はもうないかもしれんのだ!」グロモフは怒鳴った。「祖国を守るために、我々が敵の出鼻をくじく! 前進せよ(Vpered)!」

シュッ、シュッ。


赤い照明弾が重たい雲の下で炸裂し、戦場を血の色に染めた。

それを合図に、数百両のT-80とBMP-2(歩兵戦闘車)が、一斉にエンジンを咆哮させた。履帯(Caterpillar)が泥を跳ね上げ、鉄条網を、そして国境の検問所を物理的に踏み潰していく。

境界線(Border)は、物理的な柵ではなく、心理的な壁だった。

今、その壁が崩壊した。

ドォォォォン!!

最初の125mm滑腔砲(2A46 Smoothbore Gun)が火を噴いた。APFSDS(Armor-Piercing Fin-Stabilized Discarding Sabot / 装弾筒付翼安定徹甲弾。タングステンや劣化ウランの侵徹体が超高速で飛び、敵の装甲を貫く)が、西側の林を切り裂く。

第三次世界大戦は、宣戦布告の演説もなく、泥と油にまみれた現場指揮官の恐怖心から始まった。

視点:マイケル・"デューク"・エリソン大尉

所属:アメリカ陸軍 第11装甲騎兵連隊(11th ACR "Blackhorse")

場所:西ドイツ、ヘッセン州 観測所アルファ(OP Alpha)後方

日時:1983年11月7日 16:30 Z

「あいつら、狂ったか!?」

エリソン大尉は、双眼鏡を下ろし、ブラッドレー歩兵戦闘車(M2 Bradley)のハッチに身を隠した。

国境の向こう側から、赤い大河のようにソ連軍機甲師団が押し寄せてくる。演習ではない。実弾が飛び交い、前方のM60A3戦車が爆発炎上している。

「CP(Command Post / 指揮所)! こちらイーグル・ワン! 敵が越境した! 繰り返す、敵が越境! 全面侵攻だ!」

無線機からの応答は、砂嵐のようなノイズだけだ。

「ジャミングが強すぎます! 通じません!」通信兵が叫ぶ。

「クソッ! 砲兵支援(Artillery Support)なしで、T-80の波を止められるか!」

第11装甲騎兵連隊の任務は「遅滞戦闘(Delaying Action)」だ。本隊が到着するまでの時間を稼ぐための捨て石。だが、敵の数は想定を遥かに超えている。

目の前で、部下の小隊が蹂躙されていく。圧倒的な質量(Mass)の暴力。

その時、連隊の作戦網(Tactical Net)に、奇跡的にノイズ混じりの音声が割り込んだ。

『……全ユニット……こちら……サンダーボルト……』

旅団司令部からの割り込みだ。

『……状況は……極めて……クリティカル……。承認コード……ブラボー・シエラ・エックスレイ……。パッケージ……使用を……許可する……』

エリソンは耳を疑った。

パッケージ(The Package)。

それは、特定の弾薬を指す隠語だ。

「大尉! 本気ですか!? ここはドイツの国土ですよ!」

副官が青ざめた顔で詰め寄る。

「奴らをここで止めなければ、フランクフルトまでノンストップだ!」エリソンは自分に言い聞かせるように叫んだ。「それに、もう許可が出た。我々が撃たなくても、後方の砲兵が撃つ!」

エリソンはブラッドレーのハッチを閉め、NBC防護システム(Nuclear, Biological, Chemical Protection / 核・生物・化学兵器防護装置。車内を加圧し、フィルターで汚染物質を除去する)を起動した。

「全車、衝撃に備えろ(Brace for Shock)! 防護姿勢!」


視点:砲兵中隊長

場所:後方支援陣地

M109A2 155mm自走榴弾砲(Self-Propelled Howitzer)の閉鎖機が、重々しい音を立てて閉じられた。

装填されたのは、通常のHE(榴弾)ではない。

M454 AFAP(Artillery Fired Atomic Projectile / 核砲弾)。

W48核弾頭を内蔵した、直径155mmの「小さな太陽」だ。出力は0.072キロトン(72トン相当のTNT)。広島型に比べれば豆鉄砲だが、密集した戦車部隊を蒸発させるには十分すぎる威力を持つ。

「射撃諸元(Firing Data)、入力完了! 信管、時限(Time Fuze)! 目標、フルダ街道上の敵先鋒!」

中隊長の手には、二人の将校が同時に回すための鍵(PAL: Permissive Action Link / 核使用許可装置の簡易版)が握られていた。

通信途絶という極限状況下における「事前の権限委譲(Pre-delegation)」規定が、最悪の形で適用されたのだ。

「発射(Fire)!」

砲身が後座し、大地が揺れた。

通常の砲撃音とは異なる、乾いた、そして不吉な音が響いた。

視点:ボリス・グロモフ大佐(ソ連軍)

T-80戦車が前線を突破し、勝利を確信した瞬間だった。

視界(Vision Block)が、純白に染まった。

「!?」

音はない。光だけが全てを支配した。

数百メートル前方、味方の先頭中隊の上空150メートルで、新たな太陽が生まれた。

核爆発(Nuclear Detonation)。

戦術級とはいえ、そのエネルギーは物理法則を暴力的に書き換えた。

熱線(Thermal Radiation)が、先行していたT-80の反応装甲(Reactive Armor)を一瞬で溶解させ、外部燃料タンクを引火させる間もなく気化させた。

続いて、衝撃波(Blast Wave)が襲う。

数トンの鉄の塊である戦車が、まるで子供の投げたおもちゃのように横転し、宙を舞った。

「核だ……!」

グロモフは叫ぼうとしたが、声にならなかった。

T-80の車内にも衝撃が走り、計器類が火花を散らす。中性子線(Neutron Radiation)が分厚い装甲を透過し、乗員の細胞を、DNAを、静かに、しかし確実に破壊していく。

グロモフの視界の端で、西ドイツの美しい森が、一瞬にして炭化したマッチ棒の原野へと変わっていくのが見えた。

「奴ら……やりやがった……」

彼は血の泡を吹きながら、朦朧とする意識の中で理解した。

これは「戦闘」ではない。

これは「絶滅」の始まりだ。

ソ連軍のドクトリンにおいて、敵が核を使用した場合の対応手順は一つしかない。

「即時、かつ大規模な核報復」。

戦術核の使用は、パンドラの箱の最後の蓋(Lid)だった。

今、それが吹き飛んだ。

電磁パルス(EMP)が再び周囲の電子機器を焼き切る中、生き残ったソ連軍のスカッドミサイル(Scud Missile)発射部隊が、汚染された戦場で、報復のために弾頭を「通常」から「核」へと交換し始めていた。

境界線は崩壊した。

人類は今、後戻りできない一線(Point of No Return)を越えたのだ。

(第7章 完)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ