第120章 中国の兵役制度
第一幕:ファミレス「ジョリーズ」・アイドルタイム
~店内は静か。野本がドリンクバーのノズルを分解清掃している~
富山「あー、野本さん、そこまで分解しなくていいよ。……そういえばさ、最近テレビで中国のニュースよく見るけど、中国の軍隊ってすごい人数だよね。あれって全員、無理やり連れて行かれてるの? 人口多いから大変そう。」
野本「(部品をアルコール消毒しながら)富山さん。その認識は半分正解で、半分は『巨大数のパラドックス』に陥っています。中国の兵役制度を一言で表現するなら、『法的には厳格な徴兵制だが、実態は超高倍率の就職試験』なのです。」
亀山「(おしぼりを巻きながら)就職試験? 軍隊が? 嫌がる若者を無理やり引っ張っていくんじゃないのかい?」
野本「亀山さん、中国の人口は約14億人です。そのうち、毎年軍隊に入隊可能な年齢(18歳前後)に達する男性は、およそ1000万人以上います。一方で、人民解放軍が必要とする新兵の数は年間約40万人程度と言われています。」
富山「えっと……計算すると、全然枠が足りない?」
野本「その通りです。全員を徴兵したら軍隊がパンクしてしまいます。ですから、中国では『行きたくても行けない』人の方が圧倒的に多いのです。結果として、形式上は『徴兵』という言葉を使っていますが、実質的には志願者の中から優秀な人材を選りすぐる『選抜徴兵制』、あるいは完全な『募兵(志願)制』として機能しています。」
亀山「へぇ〜、選ばれた人しか行けないんだ。なんかエリートっぽいねえ。」
野本「まさにエリートへの登竜門です。特に農村部の貧しい若者にとって、軍隊に入ることは『人生逆転のゴールドチケット』を手に入れることを意味します。入隊すれば衣食住はタダ、給料も出る。そして何より、除隊後に公務員や警察官への就職が有利になり、エリート党員である『中国共産党』への入党パスポートにもなるのです。」
富山「なるほどねえ。日本の公務員試験みたいなもんか。」
野本「ただし、その試験は過酷です。かつては『好男不当兵(良き男は兵にならず)』という言葉がありましたが、今は違います。習近平政権以降、軍人の待遇は劇的に改善されました。そのため、身体検査の基準も厳しく、視力が悪い若者はレーシック手術を受けてまで入隊しようとします。北京などの都市部では、入隊倍率が数十倍になることもあるんですよ。」
亀山「レーシックしてまで! それはもう、就活の整形みたいなもんだね。」
野本「はい。ですから、『中国は人海戦術で攻めてくる』というイメージは過去のものです。現在の人民解放軍は、選抜された高学歴・健康優良児たちによる、極めてスマート化された組織へと変貌しつつあるのです。」
第二幕:大学・「暇つぶしサークル」部室
~小宮部長が窓の外を眺めながら、デッサン用の鉛筆を削っている~
小宮部長「野本……。中国の映画とか見ると、大学生がいきなり迷彩服を着て行進してるシーンがあるじゃない? あれ、なんだかシュルレアリスムよね。日常の中に突然現れる非日常というか……。」
野本「(部室の隅で分厚い書物を開きながら)部長、それは『軍事訓練(軍訓)』と呼ばれる行事ですね。中国の大学では、新入生に対して入学直後の約2週間〜1ヶ月間、軍事訓練を行うことが法律で義務付けられています。」
橋本副部長「えっ、大学生全員? 女子も?」
野本「はい、男女問わず全員です。キャンパス内が迷彩服一色に染まります。現役の軍人が教官として派遣され、整列の仕方、行進、軍歌の合唱、そして『内務』と呼ばれるベッドメイキングまで徹底的に叩き込まれます。」
小宮部長「ベッドメイキング……。布団を四角く畳むあれね。豆腐みたいで美しいわ。」
野本「そうです。『豆腐塊』と呼ばれる、布団を直方体に畳む技術です。これができないと教官に布団を中庭に投げ捨てられます。この訓練の目的は、軍事技術の習得というよりは、『集団行動への適応』と『愛国心の涵養』、そして一人っ子政策で甘やかされた『小皇帝』たちの精神を鍛え直すことにあります。」
橋本副部長「うわ、体育会系の極みだな。俺なら初日でバックれるわ。」
野本「バックれることは許されません。単位認定されますし、これをサボると卒業に響きます。最近のニュースでは、あまりの暑さに熱中症で倒れる学生が続出し、保護者からクレームが入ることもあるそうですが、それでも『国防教育』の要として制度は維持されています。」
小宮部長「汗と涙と迷彩服……。青春の光と影ね。」
野本「ただ、最近の学生はスマホ世代ですから、訓練の休憩中に教官と一緒にTikTok(抖音)を撮ったり、ダンスバトルをしたりと、以前よりは和やかな雰囲気も見られるようです。厳格な規律の中にも、チャイナ・ジェネレーションZのしたたかさが垣間見えます。」
第三幕:大学の並木道
~重子と山田が歩いている。野本が後ろから追いつく~
重子「ねえねえ、聞いた? 私の好きな中華アイドルのオーディション番組、なんか最近『男らしさ』みたいなのをめっちゃ推してこない? 前はもっと中性的なイケメンが多かったのに。」
野本「(早口で割り込む)重子さん。それは中国政府、特に国家広播電視総局による『娘炮(ニャンパオ=女性っぽい男性)』排除の動きと連動しています。軍事的な観点からも、中国は今、『尚武の気風(武を尊ぶ気風)』を取り戻そうと必死なのです。」
山田「うおっ、野本びっくりした。……尚武の気風って、なんか戦前みたいだな。」
野本「山田君、中国にとって『台湾有事』や米中対立はリアルな脅威です。しかし、一人っ子政策で育った若者たちは、親や祖父母(計6人)の愛情を一身に受けて育っており、軍隊の厳しい訓練に耐えられない『軟弱化』が懸念されてきました。」
重子「まあ、大事に育てられたらそうなるよね。」
野本「そこで軍は今、従来の『肉体労働としての兵士』ではなく、『ハイテク兵器を操る技術者』を求めています。2021年からは徴兵(募集)を年に1回から『年に2回(春・秋)』に増やしました。これは、大学の卒業シーズンに合わせて、理系の大卒者を青田買いするためです。」
山田「へぇ、頭脳戦にシフトしてるってこと?」
野本「そうです。ドローン、サイバー攻撃、宇宙開発。これらを担うのは筋肉隆々の兵士ではなく、メガネをかけたオタク……失礼、高度な専門知識を持つ理系学生です。彼らを優遇するために、大卒で入隊すると、学費の免除や、除隊後の大学院入試での加点など、破格の特典が用意されています。」
山田「大学院の加点!? それ日本の就活でも導入してほしいわ……。」
野本「中国の学生にとって『考研(大学院入試)』は人生を賭けた戦いですから、その加点は喉から手が出るほど欲しい餌なのです。国家は若者の『上昇志向』を巧みに利用して、軍事力の高度化を図っているのです。」
第四幕:ファミレス「ジョリーズ」・閉店作業
~野本、亀山、富山が片付けをしている。野本は真剣な顔でゴミを分別している~
亀山「野本さん、さっきから難しい顔してゴミ分けてるけど、中国の話の続き? まだなんかあるの?」
野本「亀山さん。中国の軍隊、すなわち『中国人民解放軍(PLA)』について語る時、絶対に忘れてはならない決定的な特徴があります。それは、彼らが『国軍』ではなく『党軍』であるという事実です。」
富山「党軍? 共産党の軍隊ってこと?」
野本「その通りです。欧米や日本の自衛隊は『国家』や『国民』を守る組織ですが、人民解放軍は『中国共産党』を守るための武力組織です。兵士たちは入隊時、国への忠誠よりも先に『党への絶対的服従』を誓わされます。」
亀山「へぇ、なんか昔の映画みたいだねえ。政治委員とかいるの?」
野本「素晴らしい知識です、亀山さん! まさにその『政治委員』制度が現存しています。部隊長(軍事指揮官)と同じ権限を持つ政治委員が各部隊に配置され、兵士の思想教育や、クーデターの防止、党への忠誠心の維持を監視しています。」
富山「うわ、めんどくさそう。上司が二人いるみたいなもんでしょ? 板挟みになりそう。」
野本「現場では指揮系統の混乱を招くという批判もありますが、習近平氏は『党による軍の絶対的指導』を何よりも重視しています。どれだけハイテク化しても、この『党の軍隊』というDNAが変わらない限り、彼らの行動原理は西側の軍隊とは根本的に異なるのです。」
野本「例えば、軍隊の中に『文工団』と呼ばれる歌や踊りの専門部隊があり、有名歌手が将軍と同じ階級を持っていたりするのも、プロパガンダを重視する党軍ならではの特徴ですね。」
亀山「歌う将軍様かい。華やかでいいねえ。」
野本「しかし、近年の腐敗撲滅運動で、そういった『七光り』的な要素は排除されつつあります。今の中国軍は、党への忠誠心と、冷徹なプロフェッショナリズムを兼ね備えた『戦って勝てる軍隊』への脱皮を急いでいます。そのプレッシャーは、末端の兵士一人一人に重くのしかかっているはずです。」
富山「なるほどねぇ……。広い国だから、いろんな事情があるんだね。でも野本さん、そろそろ現実に戻って。」
野本「はい?」
富山「3番テーブルの下にポテト落ちてるよ。あと、店長が『野本さん、シフト希望まだ?』って怒ってた。」
野本「……! 国家の安全保障を憂うあまり、自己のシフト管理という防衛ラインがおろそかになっていました。ポテトの回収およびシフト提出、直ちに遂行します。」
亀山「あはは、野本さんは軍隊入ったら『行進中に考え事してて溝に落ちるタイプ』だね。」
野本「(真顔で)否定できません。私は前線よりも、後方で兵站データの分析、あるいはプロパガンダ用ポスターのキャッチコピー考案に従事したいです。『ジョリーズのポテト、万里の長城のごとく』……どうでしょう。」
小宮部長「(いつの間にか店に来ている)……野本、それ美しくないわ。却下。」
野本「部長!? いつの間に……。了解しました、再考します。」
(完)




